muy mejor
ぼくのスペイン語の目標は「ネイティヴの感覚を掴むこと」。18歳からスペイン語を母国語ではなく、外国語として学び始めた以上、ネイティヴが持つスペイン語感覚を100%手に入れるのは不可能だと諦めています。しかし、文法書などからの"机上の知識"に加えて、ネイティヴが話すスペイン語から学ぶ"経験値"を組み合わせることで少しでも彼らの感覚に近づくことはできるはず。
ぼくは普段からスペイン語に疑問を覚えたら RAE の辞書や文法書に頼るし、実際このブログでも大変お世話になっていますが、それでも RAE が教えるスペイン語が"正義"だとは思っていません。たとえ RAE が「この用法は間違えである」と見なしているとしても、ぼくにとっては、ネイティヴがその用法を使っているのであればそっちが"正義"だと思っています。
例えば「ら抜き言葉」は日本語の乱れと見なされていますが、それでもほとんどの日本人は普通に会話する際には「ら」を抜いて話しますよね。日本語の文法書に仮に誤用であると書かれていても、実際の日本語ネイティヴのぼくたちは「ら」を抜いて話しているということは、こちらの話し方の方が自然であるということ。ぼくが目指すスペイン語はまさにネイティヴが話す自然なスペイン語です。
もちろん机上の知識も大事ですが、学校や文法書などで教わったことがネイティヴにとっては不自然であるということは多々あるし、「"oír" vs "escuchar"」の記事で書いたように机上の知識だけを妄信する危険性も痛いほど理解しています。なので、このブログでは常にスペイン語ネイティヴからの意見を聞いて、机上の知識だけにならないようにしています。
【きっかけ】
つい先日、会社であるメキシコ人が、製品試験の結果が一回目より再び行った二回目の方が大幅に良くなったと言った際のスペイン語が
La segunda (prueba) salió muy mejor que la primera.
でした。その瞬間、MUY mejor にめちゃくちゃ違和感が。てか、その言い方は明らかな間違いで、正しくは MUCHO mejor ってスペイン語一年生で習ったぞ!
ただ、上でも述べた通り、それはあくまで机上の知識。簡単に「間違いだ!」と断罪するのではなく、ネイティブが使っているということは「もしかして。。。」のように常に可能性を忘れない姿勢が大切です。
「No sé si venga.」や「¿Crees que me puedas ayudar?」のようにスペインでは間違いだとされている接続法の使い方がメキシコでは普通に使われているといった具合で、スペイン語における地理的な差異は想像を超えてきます。なので、この muy mejor ももしかしたらメキシコでは"正義"なのかもしれません。
というわけで、今回はこの muy mejor という言い方について調べていきます。
【考察】
Nueva gramática から、まずは mejor を含める特殊な比較級について見ていきます。
その意味の中に比較を示す数量詞‹1›的な意味を内含する比較級を COMPARATIVOS SINCRÉTICOS と呼ぶ
スペイン語におけるこの種の形容詞的比較級は次の四つである : mejor, peor, mayor, menor(§45.2i)
‹1› 数量詞 (cuantificador) ... 数詞 (uno, dos)、副詞の nada、代名詞の algunos など数量を表す語。
通常、形容詞と副詞を比較級にする際は más か menos を付けたら完成ですが、ここに出てきた mejor, peor, mayor, menor の四つはそれぞれ más + bueno, malo, grande, pequeño という意味を表すように、その語の中に比較を表す más という意味が組み込まれていますよね。
西和辞書で sincrético を引くと「混合の, 融合の」という意味のようです。つまり、すでに比較を表す要素が「融合」していることからこれら四つは comparativos sincréticos と呼ばれているようです。ちなみに、いくら探しても日本語では何と呼ばれているのかは見つけられませんでした。。。なので、今回はそのまま SINCRÉTICOS と呼びます。
さて、ではなぜこれら四つの単語には muy ではなく、mucho が使われるのでしょうか?その理由は説明されるまでもないでしょうが、次の項で説明されていたので引用します ↓
SINCRÉTICOS の形容詞的比較級は副詞 muy の代わりに mucho での修飾が可能な点で、原級‹2›の形容詞(すなわち数量的な意味を含まない形容詞)と区別される
mucho más alto の mucho は比較対象との間に大きな差が存在することを表す一方で、muy は単純形容詞(すなわち原級)alto の数量詞であるため、muy alto (*mucho alto) という言い方をする
SINCRÉTICOS はその単語の中に数量詞 más の意味を含んでいるため、それ以外の形容詞とは異なり、mucho mejor, mucho peor, mucho mayor, mucho menor という組み合わせが可能になる(§45.2k)
‹2› 原級 (grado positivo) ... 比較級・最上級に対して形容詞または副詞の元の形。
más alto の比較の意をさらに強めるためには引用内で例に出されているように mucho más alto と言いますよね。ここでの mucho は alto を修飾しているのではなく、más に修飾してその意味に強意を与えているのです。つまり、比較の強意は "mucho más" という形なのです。muy más alto とは言いませんよね。
これは四つの SINCRÉTICOS に対しても同じ。mejor は bueno の比較級なので要は más bueno ということ。この「より良い」という比較の意味を強めたいのであれば、この mejor という語に融合されて隠れている más を修飾することが可能な mucho が付かなくてはならないのです。SINCRÉTICOS の場合、más が表に出てきてないので普通の形容詞と同じように muy で強調しようとすることで muy mejor のような間違いが生じてしまうのでしょうが、それだとつまり muy más bueno ということになり、明らかに間違いであると理解できますよね。
ぼくはメキシコ人の口から "muy mejor" と聞いたのですが、別の複数のメキシコ人に一応尋ねてみたところ、みんな「そんな言い方は絶対にしない」と言っていました。聞くと「子どもでもそんな間違いはしない」とのことですが、「でも間違えてそういう風に言っている人もたまにいる」んだとか。ただ、そのように聞くと「この人は教養がないんだなと思う」そうなのでやっぱり、これは明らかな間違いのようです。ヨカッタ :)
スペインでは言わないけどもしかしたらメキシコでは muy mejor とも言うのかなと思いましたが、これに関しては地域差はないようです。
しかし、次に引用する項によると muy mejor という形ではないものの、同じような間違いであるはずの形が使用されることもあるようで、、、
スペイン語圏の多くの国の田舎部で話されるスペイン語では SINCRÉTICOS と比較語彙 (=más) が組み合わされて使用される
しかし、Esto es más mejor que aquello や Lo más mejor de todo のような表現は避けることが推奨される(適切な形は Esto es mejor que aquella、Lo mejor de todo)(§13.3a)
más mejor だとつまり más más bueno ということなので más の重複ですよね。まあ、言っただけで違和感アリアリで気持ち悪さすら感じる muy mejor に比べたらまだ más mejor という間違いはマシかなと一瞬思いましたが、口に出していってみるとこっちもやっぱり気持ち悪いですね。ネイティヴに聞いてもやはり「más mejor なんて言わない」とのこと。
引用内に "En la lengua rural" ではこのように言う地域もあるとありますが、一般的には全スペイン語圏で避けるべき言い方なので使わないようにした方が賢明ですね。
さてさて。
muy mejor はやはり正しくないという事実を確認できましたが、今回のテーマを調べる中で、上でも二つの項を引用した比較級に関する節§45.2を一通り読んでいると más mayor, muy mayor という言い方が可能であると知りました。ナント!
上で見た通り mayor は mejor と同じですでに más という比較の意味を含んでいる SINCRÉTICOS のはず。muy mayor ということはつまり muy más grande であり、ここまでに確認した内容と相反します。。。とにもかくにも、次の項を見てみましょう ↓
形容詞 mayor は比較を表さない用法も認められるという点で他の SINCRÉTICOS 形容詞とは区別される
比較を表さない用法においては mayor は品質形容詞であり、caza mayor「大型の獲物」, órdenes mayores「(司祭の)上級叙階」, palo mayor「メインマスト」のような表現で用いられる
次の例文のように人の体の大きさや身長に言及する際には程度を強めることが可能である
Luego, cuando fui un poco más mayor, entré a trabajar de aprendiz en una tienda (ABC 2/11/1986); Julián ya está muy mayor, es posible que pronto nos falte (Santander, Ramona)(§45.2m)
例文を訳してみると、それぞれ「その後、私がもう少し大きくなった時にあるお店に見習いとして働き始めました」「フリアンはもうかなり大きいね、近いうちに私たちの手から離れちゃうだろうね」といった具合です。この引用部では「人の体の大きさや身長」と述べられていますが、結局のところ、成長して身体が大きくなったということは年齢を重ねたということですよね。つまり、mayor を年齢に関して、そして más grande という意味ではない場合においては más や muy で意味を強めることが可能ということです。
それにしても、引用内に出てきた比較の意味を表さない mayor を使った表現がどれも聞いたことのない何とも実用性のない例でガックシ。。。自分で少し考えてみると、例えば plaza mayor「中央広場」や fuerza mayor「不可抗力」なんかも比較を表しているわけではないのではないでしょうか?これらの表現では mayor は年齢に関する意味を表しているわけではなく、一種の決まった表現として使用されており、これらの場合は通常の品質形容詞として見なすことができると思います。
この次の項にも類似した内容が載っていました ↓
ラテンアメリカの多くの国々では ser もしくは estar とともに、形容詞 grande とその比較級 mayor が年齢について言及するために使用される: Estaba muy grande: había cumplido los noventa años
ヨーロッパの口語スペイン語では(ラテンアメリカではほとんどないが)mayor は年齢に関係する場合における体の大きさについて述べる際にも使用される: Tu hijo está muy mayor: casi llega al techo
そのため、このように使用される地域においては、mayor が原級の形容詞として使用される場合は más mayor, muy mayor という組み合わせは間違いではない: Estaba muy mayor, Era muy mayor
一方で、Esta muchacha está mucho más mayor que hace unos años という文のように mayor が比較級で使用される場合はこれらの組み合わせは正しくないと見なされ、避けることが推奨される
この用法は ーラテンアメリカではほとんど見られないもののー スペインにおいては一般的な話し言葉または地方での話し言葉として見られる(§45.2n)
考えてみると、確かに mayor には例えば un señor mayor (=anciano)「お年寄りの男性」や los mayores (=adultos)「成人、大人」のように比較の意味を含んでいない用法があります。
ぼくは「mayor は grande の比較級」というのを強く考えていたのか、そのような用法でも「お年寄り = 社会的に見て『より』年を取っている人」や「大人 = 子ども『より』年齢を重ねた人」のようにどこか比較の意味を含んでいると考えていました。おそらくこの考え方は間違ってはいないと思いますが、比較ではなく純粋に「年齢が高い (=anciano)」もしくは「(子どもが)成長した」という意味で mayor を使う場合は比較級ではなく通常の原級ということになるので alto などと同様に más mayor, muy mayor という言い方が許されているということです。
最後に、余談程度に。
今回初めて知った SINCRÉTICOS という四種類の形容詞(mejor と peor は副詞でもある)ですが、実は他にもこの SINCRÉTICOS に当てはまるものがあるようで、、、
antes (más pronto, más temprano) と después (más tarde) は SINCRÉTICOS の比較級副詞である
そのため、mucho antes, mucho después のように言い、*muy después とは言わない
また、これらの副詞は比較接続詞 que を取る (antes que, después que)(§45.2ñ)
確かに「〜よりもずっと前・後に」という時は muy ではなく mucho を使って mucho antes, mucho después のように言いますよね。これは antes と después もまた SINCRÉTICOS であり、すでに más が含まれているからなんですね。
同じように más を使わずとも比較の意味を表す形容詞は他にもありますよね。例えば superior とか。次の項ではそんな形容詞について説明されていました ↓
形容詞の superior と inferior は SINCRÉTICOS ではないため、*mucho superior, *mucho inferior とは言わない(正しくは muy superior, muy inferior)
また SINCRÉTICOS ではないため、これらの形容詞は接続詞 que とは用いられない
*anterior que el otro, *posterior que los demás, *ulterior que algunos といった組み合わせは非文法的であり、正しくは a とともに用いられる
しかし、これらの形容詞は語彙的に比較の意味を表すため、más とは組み合されない(más anterior, más posterior とは言わない)
同様に más inferior, más superior とも言わない
また、いくつかの国では一般的な話し言葉の中で、比較級の mejor が Te veo más mejor que antes のように用いられることもある
しかし、正式には両方の構文とも避けることが推奨される(§45.2l)
superior や anterior などは mejor や antes などと同様に、意味的にはすでに más という比較の意味が含まれているはずですが、これらは SINCRÉTICOS ではないんですね。なので、意味を強める場合は mucho ではなく muy superior になると。さらに、SINCRÉTICOS の mejor や antes では比較対象を表す際に que が使われますが、superior や anterior などでは確かに a を用いますよね。
ということは SINCRÉTICOS である条件は、強意する際は mucho を使い、比較対象を que で導く比較の意味を含んだ形容詞または副詞というわけですね。
高校英語で superior, inferior, prior, posterior, senior, junior などの語尾が -or の形容詞はラテン語が起源であり、比較の意味を表すけど than ではなく to を使って比較対象を表すという風に習い、少し特別な形容詞のような扱いをしていました。それはスペイン語でも同じで、比較の意味を含んでいるのに muy superior になり、他の比較級とは違って a を使うといったように -or で終わる形容詞はやはり特殊なんですね。
【今回の結論】
● 単語の中に比較の意味 (más) をすでに含んでおり、比較対象を que で導く形容詞 (mejor, peor, mayor, menor) または副詞 (mejor, peor, antes, después) を COMPARATIVOS SINCRÉTICOS と呼ぶ。これらが持つ比較の意味を強める場合は mucho を用い、más, muy は用いない。(そのため、MUY superior A... という構文を取る種類の -or で終わる形容詞はこの SINCRÉTICOS には当たらない。)
● muy mejor という形は "muy más bueno" ということになり、más を強意する副詞は mucho であるため不適切。正しくは mucho mejor 。
● muy mayor という形は「(サイズなどが)より大きい」という比較の意味で mayor を使用する際には不適切。しかし、mayor を「成長した、年齢が高い」という比較の意味を含まない意味で使用する際には muy または más で強意することが可能。
今回の疑問 muy mejor はスペイン語ネイティヴのメキシコ人が実際に言ったわけですが、この言い方は地域に関係なく間違いであり、避けるべき形であるということで安心しました。
冒頭に「ネイティヴが話すスペイン語が正義」と書きましたが、今回に関しては適用外。今後は「大多数のネイティヴが...」という条件にしておいた方が mucho mejor ですね :)