イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

Ni idea de de dónde es él...

ジャルジャルYouTubeチャンネル「ジャルジャルタワー」で4月24日に投稿された「生涯、名前イジり合う奴」というネタの中で、イッシキキヨシという名前の母音がほぼ「い」であること、そして「き」が連続していることをめちゃくちゃにイジられており、「二個いらんやん、イッシキヨシでええやん」と(笑)
ぼくも小学生の頃、よく友だちとお互いの名前の中に何かしらを見つけてイジり合っていましたが、その中にまさにこの"イッシキヨシ"のように同じ音を一つにするやつをしてました。あれから20年弱。以前の記事「『ラジオリスナー』はスペイン語で?」の中で、これを「重音脱落 (haplología)」という現象であるということを学びました。

この現象について Nueva gramática の §6.1ñ にて説明されていました。
形容詞を名詞化するための接尾辞に -dad という形があり、例えば sucio > suciedadbárbaro > barbaridad のように -o で終わる形容詞に付く際は語尾の -o を取り除いて -edad もしくは -idad という形で終わります。
しかし、húmedo「湿った」という形容詞はどうでしょうか?上の法則に従うならば humededad もしくは humedidad のようになるはずですが、実際は humedad「湿度」という形ですよね。理論通りに名詞化プロセスを経た形の場合、humededad, humedidad ともに -deda-, -dida- という類似した音が連続することになります。接尾辞 -dad という形を変更するわけにはいかないので、その直前の -de-, -di- という似た音が脱落させられたと解釈できるようです。
また、humilde「謙虚な」も同様に、humildedad または humildidad となりそうですが、名詞は humildad となっているように、この単語もまた重音脱落を経験しているようです。
というか、そもそもこの haplología という単語自体が -lolo- のように同じ音がかぶっており、「いや、お前は haplogía にせんのかい」と心の中でツッコんでます ;)

日本語でも、テレビとビデオが合体して「テレビデオ」、キムチとチーズが合わさって「キムチーズ」のように同じ音が連続する際は一つにしてしまった方が言いやすいですよね。つい最近、関西に住む友だちに「猿田彦珈琲(サルタヒココーヒー)」という東京を中心に展開しているコーヒー店奈良県にオープンすると聞いた際に「コ二個いらんやん、サルタヒコーヒーでええやん」と思ってしまいました(笑)

 

【きっかけ】

留学から帰ってきた後、スペイン語四年生の時にふいに「同じ前置詞の連続」ってどうなるのかという疑問が湧きました。別々の前置詞の連続は "voy a por ti" や "compromiso de por vida" のように多々ありますが同じ前置詞の連続はどうでしょうか?

この疑問を抱いたきっかけは「彼がどこ出身かさっぱり知らない」とスペイン語で言おうとした際に "No sé de dónde es" ではなく、敢えて "(No tengo) ni idea" という言い方をしようと思った時のこと。例えば「彼がどこにいるかなんて知らないよ」と言いたいのであれば "Ni idea de dónde está él" のように "ni idea de" に知らない内容 (dónde está él) を加えるわけですが、この表現に "de dónde es él" をつなげる場合、"Ni idea de de dónde es él" となってしまいますが、これを発音した際に「"de de" なんて聞いたことないような気が。。。」と不安に思い、すぐにスペイン人の先生に質問しに行きました。

それまで考えたことありませんでしたが、この「同じ前置詞の連続」は考えてみるといくらでも生じる可能性があります。

Habla de de lo que quieras hablar.「君が話したいことを話しな」
Quiero hablar con con quien hablabas.「君と話していた人と話したい」
Me refiero a a qué hora llegarás.「何時に着くのかを言っているんだ」

英語の場合、従属節の前置詞は節の最後に置かれるので一つ目の例文だと "Talk about what you want to talk about" となるため前置詞の連続は起こりませんが、前置詞が従属節の頭に置かれるスペイン語では、主節と従属節の動詞が同じであれば必然的に同一の前置詞の連続が発生します。
この文法のルールはどうなっているのでしょうか?

 

【考察】

今回の疑問に関しても Nueva gramática にしっかり答えが載っていました。

主節と従属節によって選択される前置詞が同じ場合、その同一の前置詞の繰り返しは避けられる傾向がある
depender に付く dehablar に付く de の二つの統語的に正しい前置詞が現れるとしても、*Eso depende de de quién quieras hablar のような構造は拒絶される
関係節においては、特に主節と従属節の動詞が同一の場合、二つの前置詞は一体化する: El uno siempre hablaba de lo que hablaba el otro(§43.8p)

*Eso depende de de quién quieras hablar という文ですが、主節の動詞 depender と従属節の動詞 hablar はともに目的語を取る際には前置詞の de を伴います。この例文「それは君が誰について話したいかによる」は【きっかけ】でも述べた通り、理論的には双方の動詞に付く de が連続するはずですが、どうやら「同一の前置詞の繰り返しは避けられる」ようで、この例文のように "de de" という形は適切ではないと見なされているようです。

また、引用内最後の例文のように主節と従属節の動詞が同じ場合は必然的にその一文の中に同じ前置詞が二つ現れることなりますよね。なので、ぼくの例文①「君が話したいことを話しな」という文もまた同様に "Habla de lo que quieras hablar" のように de は一つしか現れないということになります。

同じ項の続きで、フォーマルとインフォーマルでの違いについて書かれています。

類似した疑問従属節においては、フォーマルな言語使用の場合は同一の前置詞の一体化が避けられる傾向があるが、話し言葉ではその重複の回避は珍しくない: Fue terrible darme cuenta de qué manera habían sido asesinadas y sepultadas más de cien personas (Cortázar, Glenda)
この例文では darse cuenta に付く dede quá manerade が一つになっている(§43.8p)

先の引用で述べられていた、同一の前置詞が連続する「構造は拒絶され」て一つだけになるという現象は話し言葉でよく見られるもののようです。一方、フォーマルな場面では連続させる傾向があると書いていますね。すなわち、フォーマルでは理論通りに表記する(=重複させる)のが主流、インフォーマルでは一体化させるのが主流なんだそうです。

今回のテーマとなる疑問を抱いた際、まだ在学中だったのですぐに大学のスペイン人の先生に質問をしました。そして、その時に教えてもらったのがまさにここに出てくるインフォーマルな場面での対処法。つまり、同じ前置詞が連続する場合は一つだけ置くのが自然であり、先生曰く、同一の前置詞の連続は "Es una cacofonía." とのこと。

cacofonía とは、このブログでも何回か出てきましたが、発音上の心地悪さのこと。一つの単語や文に同じ音が連続していたり、複数含まれていると発音しにくかったりしますが、その発音のしにくさを解消するために冒頭に述べた重音脱落が生じて発音しやすいように簡素化していくのです。身近な例でいえば、a の音が連続するのを回避するために女性名詞の aguala agua ではなく el agua となるのも cacofonía を生まないための回避術なのです。
"Ni idea de de dónde es él..." のように理論上は重複するはずの "de de" が一つの de のみに一体化される理由については Nueva gramática で調べる限りでは見当たりませんでした。しかし、個人的には "de de" という同じ音の重なりが発音的に心地悪いため、重音脱落が起きているのではないかと考えます。


ところが!
「同一の前置詞の連続は一体化させる」ということで納得しようとしていたらその続きに書かれている内容で一気に振り出しに戻されました ↓

しかしながら、主節と従属節に導かれる二つの同一の前置詞の一体化および重複はともに避けるのが望ましいとされる
*Eso depende de de quién quieras hablar という容認されない選択肢の代わりに、二つの前置詞を一つでまかなう、もしくは二つの内一つを省略するという手段が推奨されているわけではない(§43.8p)

同じ前置詞を連続させるのは上で「拒絶される」と言っており、その代わりに一つだけにするという風に言っているにもかかわらず、ここにきてそのやり方は「推奨されているわけではない」だと?
八方塞がりのような状況になってきましたが、では一体どのようにすればよいのでしょうか?答えはこの項の最後述べられています。

両方の構造を避ける方法としては、Eso depende de quién sea la persona de quien quieras hablarFue terrible darme cuenta de cuál fue la manera en que habían sido asesinadas...(Cortázar の例文の改変)といったように、明示された先行詞を持つ関係節を含む名詞句を使用する(§43.8p)

ワオ、メンドイ。。。こんな長尺な言い方したくないし、聞きたくもないですよね。ただ、これが RAE としては"最も正しい"文構造のようです。
すなわち、例文①「君が話したいことを話しな」という例文で考えてみると、「君が話したいこと」という名詞句は "de lo que quieras hablar" であり、「を話しな」が "Habla de" なのでそのままいくと "Habla de de lo que quieras hablar" となるはずですが、上で見た通り、インフォーマルな場合は de を一つだけにしても良いと。
しかし、この項で述べている、何かしらの先行詞を(無理やりにでも)入れてやるという方法を採るとこの例文は "Habla de algo de lo que quieras hablar" のようになります。先行詞を入れることで二つの de が連続するという状況を避けることができると。
ぼくの例文②「君と話していた人と話したい」の場合だと "Quiero hablar con la persona con la que hablabas" のようにして con の連続を避けるという構文にした方が良いということですね。しかし、ネイティヴに確認したところ、やはりこの文も "Quiero hablar con quien hablabas" のように con を一つにした形も普通であると。

そして、ぼくの例文③ "Me refiero a a qué hora llegarás." のようなケースに関して、下の項で説明してくれています。

主節の動詞が従属節の動詞と同一でその前置詞が同じである場合、Piensa por un momento en lo que yo estoy pensando (*... en en lo que yo estoy pensando) のように同一の前置詞の一体化が生じる
一方で、二つの前置詞が同一であるものの、それぞれを導く動詞が異なる場合は、上の場合と比べて一体化は一般的ではない
また、同一前置詞の並列も自然ではない: *Eso es parecido a a lo que yo me refiero
そのため、これらの場合は前置詞格関係詞は先行詞を伴う: Eso es parecido al asunto al que yo me refiero; Me limito a hablar de aquello de lo que me acuerdo
しかし、前置詞の一体化した形 (Eso es parecido a lo que yo me refiero; Me limito a hablar de lo que me acuerdo) はラプラタ川流域、チリ、アンデス地域などでは正式な使用法とされており、拒絶されていない(§44.7u)

二つの動詞が異なる場合は同じ前置詞を一体化させることは避ける方が良いとのこと。
いつものようにネイティヴに聞いてみました。二人のネイティヴにぼくの例文と引用内の例文を見せてみると

(一人目)
 - Me refiero a, a qué hora llegarás.a 二つ、文字表記ならコンマを入れる)
 - Eso es parecido a lo que yo me refiero.a を一つにする)

(二人目)
 - Me refiero a qué hora llegarás.a を一つにする)
 - Eso es parecido a lo que yo me refiero.a を一つにする)

二人とも「文法的に正しいかは分からないけど」と前置きをした上でこのように答えてくれました。ネイティヴの中でも人によっては二つ並列させることもあれば、一つにしてしまうこともある模様。しかし、同じ前置詞を二つ連続で並べることは「変に聞こえる」そうで「一般的には一つにしてしまうのが普通だと思う」というコメントも。
そして、もし気になるのであればいっそのこと "Me refiero a cuándo llegarás." にして従属節に同じ前置詞を持ってこないようにしたらいいと。仰る通りです。そもそも今回のテーマに則して半ば無理やり作ったような例文ですからね ;)


さてさて。
同じ前置詞の連続については上記のように対応するとのことですが、考えてみると他にも "que que" という構造も生じますよね。que は前置詞ではありませんが、この場合はどういうルールになっているんでしょうか?

比較対象が人称活用された動詞を伴う名詞節の場合、同じ接続詞が二つ連続して現れる: Es mejor que vayas tú que que vengan ellos
形容詞 mismoも同様に接続詞 que を二つ並列させる: Lo mismo me da que nos llamen a votar que que no llamen (Galdós, Incógnita)(§45.4e)

"A es mejor que B" という比較文において que に続く比較対象となる B が、一つ目の例文「彼らが来るよりも君が行く方が良い」のように、「人称活用された動詞を伴う名詞節」であれば、名詞節の始まりを示す関係詞の que は欠かせません。しかし、比較文で「~よりも」を表す接続詞の que ももちろん欠かせないはず。
また「~と同じ」も "A es lo mismo que B" のように比較対象を que で導くので、「投票を呼びかけられようが呼びかけられまいが私にとっては同じだ」という例文であれば que が連続することになります。

この場合は前置詞の時とは異なり、"que que" という連続は許されている模様。これはおそらく並列する que の文中での統語的機能が異なるためではないでしょうか?つまり、"Es mejor que vayas tú que que vengan ellos" で連続している二つの que はそれぞれ接続詞の que と関係詞の que であり、前置詞の場合とは違って、両方の que が異なる機能を果たしているため、どちらも欠かすことができないのだと思います。
これが英語だと "It is better that you go than that they come" のように比較接続詞と関係詞がそれぞれ thanthat であるため重複は起こりませんが、スペイン語はこの二つが同じ que であるため必然的に重複が多発してしまいます。

次の項も見てみましょう ↓

Es mejor que vayas tú que vengan ellos のように二つの接続詞が一つに融合する場合もあるが、これは間違いであると見なされる
エレガントではないものの、Hay en esa obra mucho más que criticar que que alabar のように関係詞 que の前に比較接続詞を並置するのが正しい
次の例文のように、二つの同じ接続詞の連続を避けるためにそれらの間に虚辞の否定辞を挿入するのが好ましいことがある
Yo no sé si he traído mucha comida, pero mira, mejor es que sobre que no que falte (Martín Gaite, Fragmentos)(§45.4f)

前置詞の場合とは異なり、"que que" を que 一つにすることは「間違いである」と明言されています。そのため「その作品には賞賛されるべきことよりも批判されるべきことの方がずっと多い」の例文内の "que que alabar" という連続は「エレガントではないものの」省略すべきではないようです。

ただ、同じ音が連続するのはやっぱり居心地が悪いのか、que の連続を避けるために虚辞の否定辞 no を二つの que の間に置くことがあると。虚辞の否定辞 (negación explitiva) とは簡単に言うと、否定の意味は示さないけど文中に現れる否定辞のこと。そのため、引用内の最後の例文は "que no que falte" となっていますが、その意味は「私が食事をたくさん持ってきたかどうかは分からないけど、でも足りないよりも余る方がいいでしょう」のように否定の意味は反映されません。

また、好みの比較を表す動詞 preferir でも "que que" という連続を避ける方法があるようで、、、

他動詞 preferir は通常、比較対象を前置詞の a で導く
同様に本来は比較対象を導かない前置詞 ante もしくは entre が用いられることもあるが、これらの小詞‹1›の代わりに比較接続詞の que を伴うこともある
しかし、比較内容が名詞文ではなく名詞句の場合に比較接続詞 que を使用することは推奨されないため、Prefiero el vino que el agua よりも Prefiero el vino al agua の方が推奨される
これらの比較構文における二つの同一の従属接続詞 que の並列を避けるために、一つ目の que を前置詞の a と取り換えて Prefiero que estudies más a que salgas tanto por las noches のようにすることが推奨される
しかしながら、Prefiero que estudies más que que salgas tanto por las noches のように二つの同一の従属接続詞を連続で抱える形は間違いとは見なされない(§45.7m)

‹1› 小詞 (partículas) ... 語形が変化しない品詞。接続詞・前置詞・副詞などが相当し、接頭辞や接尾辞を含むこともある。

preferir の文でも "que que" という形は間違いではないものの、その連続を避けるために preferir が本来伴う前置詞 a を用いて "a que" とする方がおすすめのようです。間違いではないけれど、やはり同じ音の連続は避けたいようです。


最後に de arriba abajo という副詞句に付いて。
「上から下へ」を意味するこの表現ですが、「〇〇から××へ」と言う場合は "de 〇〇 a ××" となるはずですが、この表現では後半の a が省かれています。この表現を知った際に、この a がないことにすごく違和感を覚えました。"desde... hasta..." や "de... hacia..." のように対になる前置詞が置かれないことにネイティヴは心地悪さを感じないのかなと思っていました。
後に la aguael agua に代わる理由が、スペイン語では同じ音の繰り返しを cacofonía と見なすのでそれを避けるためだと学んだ時に、この de arriba abajo にもし a が入ったら "a abajo" のように a が被るから省略されるのかなと考えました。(今思うと、arriba の語尾も a なので arriba a abajo のように3連続になってしまいますね)
ただ、これに関しては発音上の理由では全くなく、Dpd で以下のように説明されていました ↓

頻繁に前置詞の de, desde, hacia, para, por に先行されるが、前置詞の aarriba の中にその意味が含まれているため決してこの副詞に先行することはない: *Le miró de abajo a arriba(正しくは de abajo arriba)(arriba. 1.)

順番が違えど、単純に arriba にも abajo にもそれぞれ「上"へ"」と「下"へ"」のように前置詞の a に相当する意味がすでに含まれているので、意味上の重複を避けるために de arriba abajo, de abajo arriba では a が置かれないようです。なので、ぼくが考えた仮説は深読みでした :)

 

【結論】

● 同一の前置詞の連続は避けるべきであり、RAE によるともし連続が生じる場合は何かしらの先行詞を挿入することで同じ前置詞が並列するのを避けるべきであるとしている。しかし、実際のところネイティヴは、特に話し言葉においては、連続する二つの同じ前置詞を一体化させて一つのみにすることが一般的であるため、今回の表題は "Ni idea de dónde es él..." とするのが一般的である。

● 比較文などでは que が二つ連続で現れざるを得ない文構造が生じることがあるが、その場合の que はそれぞれ比較接続詞と関係詞という別の役割を担っているため省略することはできず、並列させて置くことが正しい。しかし、preferir では "a que" とすることがあるように、可能であれば "que que" という形を回避しようとする傾向がある。


繰り返しますが、今回学んだ連続する同じ前置詞の一体化の原因が何なのかは明確に言及されていませんでしたが、個人的な見解としては重音脱落が関係していると考えています。文法的には "Ni idea de de dónde es él..." のように二つの de が必要なはずですが、その片方が省略されるというのはやはり同じ音の連続を避けたいからだと思います。
冒頭に書いた通り、語形成においても形成の法則よりも発音を重視した結果の語形が選択されたことからも、文法法則よりも発音を優先するという事象があるのは事実。これが今回のテーマにも適用されているのだと考えます。