"PERjuicio" vs "PREjuicio"
言語というものは人間に与えられた特殊能力だと思っていましたが、人間が言語を認識する能力は案外適当のようです。次のスペイン語の文を読んでみてください ↓
Sgúen etsduios raleziaods por la Uivenrsdiad ignlsea de Cmdibrage, no ipmotra el odren en el que las ltears etsén ersciats, la úicna csoa ipormtnate es que la pmrirea y la útlima ltera esétn ecsritas en la psiócion cocrreta. El retso peuden etsar ttaolmntee doaerdsendo y aún pordás lerelo sin pobrleams, pquore no lemeos cada ltera en sí msima snio cdaa paalbra etenra.
引用元 : "La rzaón por la que tu cberreo pdeue leer etse txeto no es la que el célebre viral te ha hecho creer (2018/02/04付)"
いきなりのナゾの "Sgúen" という単語に戸惑ったかもしれませんが、最後まで特に問題なく読めて理解できたはず。でも、改めて文章の各単語を眺めてみると単語を構成する文字が適当に並べられているだけ!なのに、なぜか読めてしまうという不思議。
比較的長い "doaerdsendo" に少し立ち止まるかもしれませんが、これも文脈から容易に desordenado であると分かりますよね。
試しに上の文を日本語に訳して同じようにめちゃくちゃにして作ってみたので日本語版も読んでみてください ↓
けりっぶんじ だがいく が おなっこた けゅきんう に よると
かれいてかる もじの じんばゅん は かけんい なく
ゆいいつ じよゅうう なのは さしいょ と さいご の もじ が
ほらんい の いち に おていれかる こと である。
そほのか が かぜんんに めくゃちちゃ で あてっも
もだいん なく よはるめず である。
ななぜら わしたたち は ひじずともつ でなはく
ひずんごたとつ よでいんる かであらる。
めちゃくちゃなはずなのになぜか読めちゃいませんか?これが我々人間に与えられた言語を認識する能力なのです!人間の脳ってすごいですよね。でも裏を返せば、こんな適当な文でも伝わるほどに人間の言語認識力は適当とも言えますが。。。
上のめちゃくちゃな文に書いてある通り、ケンブリッジ大学の研究によると単語の最初と最後の文字さえ正しい位置に書かれていたら、間の文字がめちゃくちゃな順番であっても脳は本来の単語を認識することが可能で、この現象を「タイポグリセミア」というそうです。
単語を知ってさえいればめちゃくちゃな順番の文字の羅列を頭が勝手に並べ替えて理解してくれるということですが、なんでそんなことが可能なのかはまだ解明されていないようです。ただ、言語が違っても同じ現象が起きるという点に人間の認知能力の神秘を感じます。
しかし、それはあくまで元の単語を知っているという前提条件の下での話。先日、会社で次のようなメールが回ってきました ↓
Le solicité haga el requerimiento directo a Control de Producción. Nosotros con todo gusto iniciamos la actividad, pero debemos de ser detonados a través del almacén.
(訳 : 生産管理部の方に直接依頼を出してもらうように彼に頼みました。依頼された活動は実施しますが、本来は倉庫管理部から我々の方に指示を出してもらうことになっています。)
要は、他部署から何かしらの要望があれば快く引き受けるけど関係部門との兼ね合いもあるので、社内の指示系統の順番に従ってくださいという内容。ここで注目すべきは "debemos de ser detonados" の部分。detonar って何や?と思って辞書で調べてみるとその意味は「爆発する」。。。
「我々は倉庫管理部を通して爆発されないといけない」!?
ドユコト!?と思って隣の席の同僚に尋ねると、笑いながら正しくは denotados だと教えてもらいました。ただ、ぼくは detonar も denotar も自分の語彙になかったのでタイプミスということにも気付けないという悲しさ。ちなみに、このように一つの単語の中で音の前後が入れ替わる現象を (metátesis) と言います。
上のはちゃめちゃな文は読めても、たった二文字しか入れ替わってない一単語が分からないなんて。。。この悔しさをバネに今回の記事を書きます :)
【きっかけ】
perjuicio と prejuicio 。
前置詞 per- と pre- が名詞 juicio に付いた語ですが、それぞれ「損害」「先入観」というネガティヴな意味であることもあってヤヤコシイ。。。
。。。なんて、正直思わないです(笑)
pre- は「前」を意味する前置詞なのは周知の事実なので、仮に二択で迷ったとしても「prejuicio = pre- + juicio」ということで「前もった判断→先入観」と容易に判断できますよね。
本当は「perjuicio と prejuicio って似ているから迷いますよね」から始まって、いつも通り、語源を調べてその語の成り立ちを通して語を覚えるという流れにしようと思ったのですが、似てるけどさすがに迷わないですよね。
と言いつつも、一応語源を調べてみると何とも驚きの事実が出てきたので、今回はやっぱりこのクリソツな二つの語の語源を見ていくことにします :)
【語源】
prejuicio は調べなくても、語が表す通りに理解したら意味まで分かりますが、一応 De Chile.net の DEEL から引用します。
ラテン語で「事前の判断、尚早な決断」を意味する praeiudicium に由来
この語の構成要素は前置詞 pre-(前の)+ ius(法、権利、正義)+ -io(結果、効果)(PREJUICIO)
では、もう片方の perjuicio の語源はというと、、、
ラテン語の praeiudicium に母音間の d が消失して誕生した(PERJUICIO)
まさかの prejuicio の同じ語源!!
似てはいるけど、まさか同一の語から生まれていたとは驚き。上で perjuicio と prejuicio の二つを半ば強引に「ネガティヴ」という言葉で一括りにしましたが、あながち間違ってなかったようです。
同一の語源から生まれた語形が異なる二つの単語のことを「二重語 (doblete)」と言い、以前の記事(右利きは傲慢?)で derecho と directo はともにラテン語の directus という単語から生まれたと習いました。同様に、この perjuicio と prejuicio も二重語ということになります。
では、praeiudicium から perjuicio が誕生した変遷を確認していきましょう ↓
音位転換によって接頭辞が pre- から per- へ変わった
この音位転換は「完全な活動」を表す per- の意味的にも(現在の意味を表すのに)都合が良く、この語が再解釈されて「裁判調停を必要とするほどの深い損害」を表すようになった(PERJUICIO)
接頭辞 per- に関してはここでは "acción completa" という意味で解釈されており、例えば perfecto の per- もこの意味に当てはまります。
語源である praeiudicium は prejuicio と同じ意味であったことは上で見ましたが、r と e の順番がひっくり返って「先、前」を示す pre- から「完全さ」を示す per- へ接頭辞部分が変化したことによって、perjuicio という単語全体の意味にも変化が起きた模様。juicio には「裁判」という意味もあるので引用内にある通り、「『裁判』調停を必要とするほどの深いまたは『完全な』損害」という現在の意味に至ったようです。
一単語内で音位転換が生じて、変化後の語形を「再解釈」することで元の語形の意味とは異なる意味を獲得する、ということが語形成の歴史の中では起きたりするんですね。すごく興味深い現象です。
そして、この pre- から per- への音位転換はかなり早い時期に生じていたようで、、、
この音位転換はラテン語時代にすでに起きており、534年以前にすでにブルグンド法典‹1›の中で periudicium という形の出現が確認され、その後の中世前期‹2›のラテン語でも散見される
しかし、ロマンス諸語では全体的に接頭辞 pre- を有する語彙の方が優勢であり、スペイン語の中で音位転換が起きた可能性があるとも考えられるため、この音位転換を経たラテン語での形がスペイン語での perjuicio という形に直接的に影響があるのかは確かではない(PERJUICIO)
‹1› ブルグンド法典 (leges Burgundionum) ... ゲルマン民族の一派であるブルグント人が建国したブルグント王国で483年から516年にかけて発布された慣習法。
‹2› 中世前期 (altomedieval) ...西洋史における中世前期とは5世紀から10世紀のことを指す。西洋史における時代呼称区分は以下。
区分名称 | 期間 |
古代 (Edad antigua) | 紀元前4000年ー紀元後476年 |
中世前期 (Alta Edad Media) | 5世紀ー10世紀 |
中世盛期 (Plena Edad Meida) | 11世紀ー13世紀 |
中世後期 (Baja Edad Meida) | 14世紀ー15世紀 |
近世 (Edad Moderna) | 15世紀ー18世紀 |
近代 (Edad Contemporánea) | 1789年以降 |
少なくともラテン語時代の6世紀には r と e の順番が入れ替わった形が生まれていたということで、スペイン語に入ってくる前にすでに praeiudicium と periudicium という二つの形に分かれていたようです。つまり、これら二つの単語がスペイン語に取り込まれてそれぞれ prejuicio, perjuicio という語形に至ったと考えられます。
しかし、後半部分で述べられているように、大元の形である praeiudicium が音位転換を経ずにスペイン語に入って、そこから音位転換して perjuicio という語形が誕生した可能性もあるとのこと。すなわち、ラテン語の praeiudicium がスペイン語に入ってまずは prejuicio という語になり、そこから perjuicio に変化した可能性もあるということを言っているんだと思います。
ただ、ラテン語で periudicium という形が存在していたという事実があるのであれば、これが perjuicio の元になったと考えるほうが妥当ではないかと思います。いずれにしろ、perjuicio と prejuicio の語源となる語はラテン語の praeiudicium であることは変わりはなく、不確かなのは現在の語形に至るまでの変遷の話なので、その変遷に関してはいくつか可能性があるという結論にしましょう。
最後に、この語源である praeiudicium の当時の使用法について。
praeiudicium は元々「一回目の判断、第一審の判断、裁判前の審問」を意味していた
しかし、キケロやセネカなどの作品ではすでに「先入観、早まった判断を下す行為、犯罪を推定する、または前もって想定する」という抽象的な意味へ移行していっており、最終的に「有害、損傷」という意味となった(PERJUICIO)
調べてみると、キケロとセネカはそれぞれ紀元前106年-43年と紀元前1年-紀元後65年の人物なので、今から約2000年前にはこの praeiudicium は「先入観」という現代の prejuicio が表す意味で使用されていたということになります。
さて、語源に関して一件落着しましたが、今回の主役である二つの名詞に関してある疑問があります。それは動詞の形が全然違う点です。
二つの名詞に共通している部分 juicio の動詞は「判断する」を意味する juzgar ですよね。prejuicio の動詞は prejuzgar「早まった判断をする」であり、juicio - juzgar という関係が保たれています。
しかし、もう片方の perjuicio の動詞はというと perjudicar「害する」であり、こちらには juzgar ではなく、ナゾの judicar という語が現れます。動詞の形を見比べただけではまさか同じ語源から生まれているなんて気付かないくらいに異なる形をしています。
試しに DRAE で judicar を引いてみると、どうやら存在する動詞のようで、
Del lat. iudicāre.
1. tr. desus. juzgar.(judicar)
desus. (=desusado)、すなわち現在は使用されていないけど、その意味は juzgar と同じようです。一応、juzgar も引いてみると語源欄にはこうありました ↓
Del lat. iudicāre.(juzgar)
judicar と同じラテン語の iudicāre 。つまり、juzgar と judicar もまた同様に二重語ということですね。ずっと不思議に思っていた疑問が解けました。
ちなみに、もう一つ興味深いことを発見しました。
わざと前置詞部分を入れ替えて PERjuzgar と PREjudicar でネットで検索してみたところ、前者は "Quizás quisiste decir: prejuzgar" と訂正されました。しかし、後者はこの世に存在する動詞として多数のページがヒット。間違えてるはずなのにどういうことかと思ってページを確認していると、どうやらこの prejudicar はポルトガル語に存在する動詞のようです。となると、その他の perjuicio, prejucio, prejuzgar はお隣のポルトガル語ではどうなっているのか気になってきます。
というわけで、両言語の比較をしてみます。
まず、名詞に共通する部分の juicio はポルトガル語では julgamento または juízo となるようで、これを頭に入れて名詞と動詞を見比べてみると、、、
スペイン語 | ポルトガル語 |
juicio | julgamento, juízo |
prejuicio | prejulgamento |
prejuzgar | prejulgar |
perjuicio | prejuízo |
perjudicar | prejudicar |
そう、スペイン語の perjuicio, perjudicar はポルトガル語では前置詞 per- が pre- となっているのです!お隣の国の言語は語源の praeiudicium に近い語形をより維持しているようです。
スペイン語では「損害」と「先入観」という両名詞は同じ juicio が使われているため、前置詞を per- と pre- に分けて単語を区別していますが、他方ポルトガル語では juicio に当たる単語が二つあるようなので、前置詞は語源のまま (pre- < prae-) に、"juicio 部分"で二つを区別しているようです。
ただ、こうなってくるとまた語源の話に戻ってしまいますが、上で語形成の変遷について二つの可能性があると見ました。改めてまとめてみると次のようになります ↓
① praeiudicium がラテン語内で音位転換 → periudicium
praeiudicium, periudicium がスペイン語に入る
それぞれが prejuicio, perjuicio にスペイン語化
② praeiudicium がスペイン語に入る
prejuicio にスペイン語化
prejuicio がスペイン語内で音位転換 → perjuicio
上では①の方が妥当ではないかと考えました。しかし、ポルトガル語では per- ではなく prejuízo, prejudicar という風に pre- になっています。このことから、語源となるラテン語の praeiudicium はポルトガル語にはそのまま入ったと考えられるのではないでしょうか?つまりは②の方の流れということです。
最終的に per- に変化していないということは、ポルトガル語においてはこれらの語にはラテン語でもポルトガル語に入った後でも音位転換が起きなかったということになります。とすれば、ラテン語で音位転換していることを前提としている①は成り立たないことになります。
この考え方が正しいとすれば、スペイン語にも大元の praeiudicium の形で入ってきて、そこから prejuicio という形になり、音位転換が生じて perjuicio になったと推測する方が妥当のように思います。
スペイン語にだけ periudicium の形で入って、お隣のポルトガル語にはこの形では入らなかったと考えるのは、素人考えながら、スペイン語とポルトガル語の言語的近親性を考慮すると可能性は低いのかなと思います。
【まとめ】
●「損害」を意味する perjuicio と「先入観」を意味する prejuicio はともにラテン語で「事前の判断、尚早な決断」を表す praeiudicium を語源に持つ二重語である。
● 動詞 perjudicar と prejuzgar に関しても、judicar と juzgar は同じ意味を持ち、ともにラテン語の iudicāre を語源に持つ二重語である。
今回の内容を通して「語形が似ているからには何かしらの理由がある」ということを改めて肌で感じました。語源的に"兄弟"の関係に当たる二重語を見つける感動に目覚めたかもしれません :)
逆に、似ていても語源的に全く関連がないケースもありますが、それはそれで類似した奇跡に感動。結局、"語源の旅"は感動するというのが今回の結論としておきます ;)