イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

otro área

大学時代に心理言語学の授業で「言語学習において知識が付くことによって逆に簡単なことを間違えてしまう」という現象があると習いました。
例えば、外国語を学び始めたばかりの初級者は文法どうこうは関係なしに「これはこういうもの」という風に正解をそのまま習ったり覚えたりするので、理屈は知らないけど正しい形を知っています。しかし、様々な知識を得た中級者はその知識が中途半端であると逆にその知識が原因で ー初心者時代には犯さなかったー 初歩的なミスを犯してしまうことがあるんだそう。

今回はそんなお話。

 

【きっかけ】

先日、スペイン語を話している中でふと気が付いたことがあります。
社内の「他のエリア」という際にぼくは意識的に "otro área" と言っていたのです。

ぼくはスペイン語を話す時に、その瞬間に余裕があれば、今まで学んできた文法事項などを意識して「これはこうだったな」と頭に浮かべながら、自分がこれから発するスペイン語に注意しながら話すようにしています。これは単純に、自分のスペイン語レベルが気を抜いて話せるようなレベルではないこと、そして非ネイティヴとはいえ少しでも"きれいな"スペイン語を話したいという気持ちから常に意識しています。
そんな中、「他のエリア」をスペイン語で言う際に、頭の中に一瞬出てきた otra área という選択肢を意識的に却下して、意識的に otro área とぼくは言いました。

理由は明快。
スペイン語では ー他の言語にも当てはまるようですがー 発音上の心地悪さを感じる同じ音の連続を避ける傾向があります。それは一つの単語内のみではなく、前回の記事「Ni idea de de dónde está él...」で学んだように文構造の中での同じ音の連続も「重音脱落」という現象によって回避しようとされます。そして前回もちらっと書きましたが、そのルールが適用される最も有名な事例は área のようにアクセントが付く /a/ から始まる女性名詞に冠詞が付く場合じゃないでしょうか。この場合は una área, la área ではなく、女性名詞であっても un área, el área になりますよね。これは女性形冠詞の語尾 una, la と女性名詞の語頭 área がともに同じ /a/ の音で被ってしまうのを防ぐための手段です。
ぼくはこのルールから、otra área だと la área と同じで /a/ が被ってしまうと判断し、cacofonía を避けるために敢えて otro área という選択をしていました。

この考え、どうでしょうか?正しい?正しくない?
お察しの通り、これこそが上に書いた、中途半端な知識が生み出す中級者の間違いというやつなのです。。。
今回もぼくが犯したミスについて追及していきます。

 

【考察】

今回も今回とて Nueva gramática から引用していきます。まずは基本的なところから見ていきましょう。

女性形定冠詞 el の使用は形態音韻論的な理由から選択されるが、その場合には冠詞と名詞が隣接している必要がある
そのため el atormentada almael mismo hada のように言うのは間違いとみなされ、la atormentada almala misma hada のように言う
つまり、文法性が女性である定冠詞 el は後続する語が名詞の場合にのみ使用される
現に alta は語頭の /a/ にアクセントが落ちるものの、*el alta cima, *el alta sociedad, *el agria respuesta の場合は名詞ではなく形容詞であるため、正しくは la alta cima, la alta sociedad, la agria respuesta となる
他方で、el alta médica「退院許可」の場合、alta はこの名詞句において名詞であるため、この言い方は正しい(§14.2h)

心地悪さを感じる同じ音の連続を避ける傾向があると先に述べましたが、これが引用内一文目の「形態音韻論的な理由」というものに当たると思います。
そして言うまでもないですが、lael に換わるのは語頭の /a/ にアクセントが落ちる名詞の場合のみであり、形容詞には適用されません。さらに、定冠詞が la から el に換わったとしてもその名詞の文法性は女性名詞のままなので修飾する形容詞は女性形のままになります。

以下の項に la がどのようにして el という形になったのかが書かれていました ↓

冠詞の進化が現代スペイン語において女性形単数という特徴を有する異形態‹1›の el を生んだ
この形は ela という女性形定冠詞の語末の /a/ と、強勢のある /a/ から始まる名詞の語頭の /a/ が音声的に融合した結果として生まれた (ela alma > el alma; ela hada > el hada)
そのため、形容詞などの後続する要素の文法性に影響を与えることはなく、形容詞は名詞と性一致する (el alma dormida, el agua encharcada)(§14.2g)

‹1› 異形態 (alomorfo) ... それ以上分解したら言葉として意味を成さなくなる形を「形態素 (morfema)」と呼び、同じ意味を表す形態素でありながら形が異なるものを「異形態」と呼ぶ。例えば、「複数」を表す形態素 -s が修飾する単語の語尾によっては -es となったり (libro-s, ciudad-es)、「否定」を表す接頭辞 in- が修飾する単語の語頭によって im-, ir-, i- になる (incapz, imposible, irreal, ilegal) など、形態素が語に修飾する際の音的環境によって異形態は生じる。

形態音韻論的な理由から la agua という形は避けたいということで、アクセントが落ちる /a/ から始まる女性名詞に対しては特別に男性形定冠詞 el を借用している、とぼくは勝手に考えていました。しかし、なんと el aguael は語源を辿れば la と同じく女性形定冠詞から生まれていたようで、la の元の形である ela が後続する女性名詞のアクセントが付く語頭の /a/ に"食われる"形で el という形が生まれたんですね。つまり、el aguael は男性形定冠詞の el とは全く関係はなく、偶然にもこの la の異形態が男性形定冠詞の語形とかぶってしまっただけのようです。なんともヤヤコシイことをしてくれるものです :)

Dpd に定冠詞 la の語源とその変遷の歴史が説明されていたのでそちらも引用します。

女性形定冠詞 laラテン語の指示詞 illa から来ている
この illa はまず ela という形になり、子音の前では語頭の e が消失していた: illa > (e)la + 子音 > la
反対に母音の前では、無強勢の母音の前であっても ela は語末の a が消失していた: illa > el(a) + 母音 > el
例: ela agua > el(a) agua > el agua; ela arena > el(a) arena > el arena; ela espada > el(a) espada > el espada
時代が経つにつれてこの傾向は強勢を持つ /a/ から始まる語の前でのみ維持され、今日に至る(el. 2.1.)

かつては、語頭にアクセントを持たず、しかも /a/ 以外の母音であっても el espada のように la に代わって el が用いられていた時代があったんですね!驚きです。
しかし、Nueva gramática にさらに驚くようなことが書かれていました ↓

現代スペイン語では語頭の /a/ に強勢を持つ女性名詞に対して女性定冠詞 la の使用は認められていないが、中世・古典スペイン語では la の使用が認められていた
以下に la agua という形で使用された古い例を挙げる
Et quando dixiere, esparga la agua en quatro partes de la pila en manera de cruz (Alfonso X, setenario)
名詞 ansia はさらに現代に近い時代の文章の中で la と組み合されて登場している
[...] a los quales no veneraría seguramente si hubieran tenido la ansia de gloria que dice mi amigo (Forner, Gramáticos)(§14.2i)

調べてみると中世スペイン語 (español medieval) と古典スペイン語 (español clásico) は具体的にはそれぞれ9-15世紀と16-17世紀のようで、これらの時代には現代とは違って la agua という形が取られていたようです。初めから el agua だったというわけではなく、時代を経る中で今のルールになったんですね。
もし現代スペイン語のルールでは間違いとされる la agua のような形を取っている人がいたら「ミスってるよ」ではなく、「古風だね」と言ってあげましょう ;)


さて、ここからが今回の本題。
ぼく自身、生半可な知識から "otro área" としてしまっていたわけですが、女性形定冠詞 el の影響から生じる混乱はある程度一般的なようで、、、

el alma dormida, el agua embalsada という形に文法性の不一致は存在しない
強勢のある /a/ から始まる女性名詞と定冠詞 el の組み合わせは形態音韻論的理由に従ったものである
しかしながら、多くの話者がこの el を女性形定冠詞ではなく、その形から男性形定冠詞と見なしている傾向がある
同じ形をしていることから他の限定詞‹2›や形容詞も同様に男性形に変えるという傾向が生じており、este hacha, ese aria, el otro ave, todo el hambre, poco agua, el primer aula, el mismo arma などの形が生じる
これらの使用法は近年かなり広がってきているものの、文法性の一致に関する混乱の結果として生じている現象のため、正しい使用法とは見なされない
そのため、適切な形は esta hacha, esa aria, la otra ave, toda el hambre, poca agua, la primera aula, la misma arma である(§2.1e)

‹2› 限定詞 (determinante) ...基本的に名詞に先行して名詞や名詞句を修飾する。冠詞、指示詞、所有詞などがそれにあてはまる。

el aguael área のように el が付いていることから一見すると男性名詞に思えてしまい、間違えてこれらの単語を男性名詞として認識してしまうことで *este agua frío や *este área pequeño のように指示詞や形容詞を男性形で付けてしまうという勘違いが広がってきているようです。

ぼくも la áreael área になるように、esta áreaeste área にならないのかと思ったことがあります。それはぼくが「la área という /a/ の連続を避けるために特別に男性形定冠詞 el を使っている」と勝手に思い込んでいたそのルールを指示詞にも適用されるのではないかと考えたからです。esta área の場合も特別に男性形の este を使って /a/ の連続を避けた方が良いのではないかと思いましたが、上で明らかになったように el áreael はあくまで女性形定冠詞 la の昔の形から派生して生まれた異形態であって男性形定冠詞 el の借用ではないことからも分かる通り、勝手に estaeste に換えるのはお門違いということになります。

そして、上の引用部では出てきていないもう一つの指示詞 aquel, aquella については次の項で言及されていました ↓

指示詞の aquel を生んだ要素の一つが定冠詞であることから、aquel aula, aquel ave といった組み合わせは歴史的には正当性を有しているとされている
しかし、今日のスペイン語では aquella ave, aquella agua, aquella ala といった女性形の方が望ましい
すべての時代において、指示詞 ese, este との組み合わせと比べると、aquel との組み合わせの数の方が多いのは事実である
Agachó la cabeza y bebió de aquel agua creyendo que se bebía a sí misma (Ferrero, Opium)
そうではあるものの、今日のスペイン語では aquella ave, aquella agua, aquella ala のように女性形での使用の方が好ましい(§2.1f)

DLEaquel を引いてみると、語源欄には

Del lat. eccum 'he aquí' e ille, illa, illud 'aquel'.(aquel, lla)

とあります。
定冠詞 laラテン語の指示詞 illa に由来すると上で見ましたね。aquel, lla には後の時代に定冠詞になる illa が含まれてることから、lael という形に取って代わるのと同じように、aquel agua という形が「歴史的には正当性を有している」と言うことができるのでしょう。
este, ese と比べても aquel agua という形が取られることが多いようです。さらに、前の項ではそれら二つの指示詞が「正しい使用法とは見なされない」と明言されている一方で、この aquel についてはその正誤は明言されていませんね。むしろ aquel agua という形は語源的には正当性があると述べてさえいます。しかしながら、現代のルールとしては望ましい形はやはり aquella agua のようです。

さらにこれらの延長線上にある間違いが次の項で言及されています。

todo el agua, todo el alma, todo el hambre のように todo を男性形として使用する間違いが広く見られる
この構造は避け、toda el agua, toda el alma, toda el hambre とすることが推奨される(§19.7c)

toda la zona のような三つの単語末の母音 a のリズミカルな連続にぼくは発音上の心地良さを感じていたので、スペイン語二年生の時に初めて toda el alma と聞いた時にすごい違和感を抱いたのを今でもはっきり覚えています。もちろん、alma には la ではなく el が付くことは理解してましたが、女性形の toda と(実際は文法性は女性だけどその形が)男性形の el という二つが組み合わさることに違和感アリアリでした。
あれほど「性数一致を忘れない」と一年生で言われてきたのに "toda... ¡¿el!?" と衝撃を受けましたが、この el が女性形の異形態だったなんて。あの頃の取り乱している自分に教えてあげたいものです。

そして、上で引用した§2.1eで el otro ave ではなく la otra ave となるとちらっと出てきていましたが、otro に関して Dpd でも言及されていました ↓

男性形 otro を強勢が付く /a/ から始まる女性名詞の前で使用することは避けなければならない: *«Y otro área más con contenedores para papel y cartón» (NCastilla [Esp.] 24.5.99)
正しくは otra área とするべきである(otro -tra. 1.)

つまり、今回の記事のきっかけになったぼくの恥ずべきミス otro área のようにはならず、otro に関しては指示詞と同様に、語頭の /a/ にアクセントが落ちる女性名詞であっても本来の女性形のままで使えばいいということ。大変勉強になりました。


さて、ここまで定冠詞、指示詞そして otro の正しい形を学びましたが、最後に他にも間違いを起こしてしまう可能性がある組み合わせについてもはっきりさせておきます。
一つ目は「不定冠詞」。言わずもがな、/a/ の音を連続させたくないという定冠詞の場合と同じ理由から、語頭の /a/ にアクセントを持つ女性名詞に対しては una ではなく un área のように言いますよね。しかし、Dpd にはなんと次のように書かれていました ↓

今日では una águila, una hacha という una の語末の a を省略しない形の使用は頻繁には見られないものの、間違いと見なされているわけではない(uno -na. 1.)

なんと!間違いではないんですね。そして、次に Nueva gramática から引用する項に興味深い事実が述べられています。

この語尾の母音を消失した形は現代の文章にも多くの古典文章にもかなり広がっている
しかし、不定冠詞 unaun の間の揺らぎは定冠詞 lael の間の揺らぎよりも大きく、実際にuna は著名な作家の間でも広くその使用が確認される
Las nieblas matutinas salían de su estómago y dejaban espacio libre para una hambre rotunda (Vázquez Montalbán, Soledad); Cuando la cocción estuvo lista, les dio a ambos de beber una agua turbia (Mujica Lainez, Unicornio)(§15.1d)

定冠詞の場合は la agua という形は昔は使われていたものの現在では認められていないと確認しましたが、不定冠詞の場合は現代でも una agua と言っても間違いではないようです。ただ、実際のところはほとんどの場合で un agua と言われているので、この形の方が望ましいのは明らかですよね。

そして、二つ目は una と同じく、語末を省略することが可能な alguno, ninguno について。

数量詞の alguno, ninguno はともに、名詞に前置して修飾する際に用いられる語末が消失した algún, nungún という形を持っている: algún día, ningún paso
不定冠詞と同様に、強勢が付く /a/ から始める女性名詞の前でも使用される
¡Y si muero, ningún alma tendrá piedad de mí! (Savater, Ética); ¿Padecéis el maleficio de algún hada más poderosa que vos...? (Benavente, Príncipe)
このような使用法が現在の主流であるが、以下の例文のように語末を消失しない形もまた正しい形として認められている
[...] que saliéramos en fila de a uno, sin ninguna arma, con las manos en la cabeza (Vargas Llosa, Guerra); Lago artificial formato aprovechando el terreno y el hecho natural de que alguna agua se acumulaba allí en épocas de lluvia (Cabrera Infante, Habana)(19.5h)

こちらも不定冠詞と同じように、アクセントが落ちる /a/ から始まる女性名詞に対しては algún agua, ningún agua のように語末を消失させる形が多数派ではあるものの、alguna agua, ninguna agua と言っても問題ないんですね。もちろん、後者は少数派であり、一般的に正しいと見なされているのは前者ということをお忘れなく。

 

【今回の結論】

● 強勢のある /a/ から始まる女性名詞に対して

- 定冠詞は女性定冠詞 la の異形態である el を用いて el área とする。la área という形は現在は間違いであるものの、17世紀頃までは使用されていた。

- 不定冠詞は una área も間違いではないが、un área が望ましい。

- 指示詞は女性形のままで修飾する: esta área, esa área, aquella áreaaquella に関しては語源的正当性から aquel área も許容されるが、推奨はされない。

- alguna área, ninguna área という形も間違いではないものの、algún área および ningún área が望ましい。

- otra área が正しい形。otro área は間違い。

el áreaalgún área および ningún área はその語形から男性名詞と間違われることがあるが、文法性は不変であるため、形容詞で修飾する場合は女性形とする (el área pequeña)。


昔は la área も正しかったり、(避けるべきではあるものの)una área, alguna área, ninguna área という形も実は間違いではないようですが、ぼくが犯した otro área という間違いに関しては議論の余地など毛頭ないただのミス。
初心者時代には間違えるはずがなかったものの、なまじ知識が付いたことで勝手に想像して犯してしまった単純な間違いですが、千里の道も一歩から。こういう初歩的なミスをしながらその都度学びなおして上級者へなれるように精進し、邁進していきます :)