イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

禁断の果実

スペインでは大晦日の深夜、年越しの瞬間に翌年の幸運を願って、鐘の音に合わせて12個のブドウを食べる慣習がありますが、メキシコも同じです。

この慣習の起源は、BBCの "Por qué se comen 12 uvas a la medianoche y el origen de otras tradiciones de Año Nuevo en América Latina" という記事によると二つの説があるそうです。

一つ目の説では、スペインのブルジョア階級の人々がフランスのブルジョア階級を真似てブドウと発泡ワインで年越しを祝い始めたのが1880年代。その後間もなく、マドリードの人々が上流階級への皮肉または嘲笑としてこの慣習を始めたという説。

二つ目は1909年に遡ります。この年、スペイン南東部のアリカンテで特産品である白ブドウの収穫量が例年に比べて非常に多く、この有り余るブドウを売り切るために「幸運の」ブドウとして値段を下げて売ったのが起源とされており、これにより「12個のブドウ」という慣習が広まったという説。

いずれにしろ、この大晦日の習慣は100年ちょっと前に始まったものなんですね!

 

【きっかけ】

聖書の中でアダムとイヴが「禁断の果実」を食べてエデンの園を追放されるという話がありますが、この果実がブドウだったという説があると先日聞きました。
一般的にはリンゴだと思われていますが、ブドウの他にもイチジクや、はたまたトマトだったという説もあるそうで。とまと。。。?

この「禁断の果実」が結局何だったのかは置いといて。
ぼくは、この話をしてくれた友だちがずっと "fruto prohibido" と言っていたのが気になって気になって。
みなさんも違和感を覚えませんか?ぼくだったら "fruta prohibida" と女性形で言うかなと思うのですが。

スペイン語一年生のころ、frutofruta の違いを習いました。
男性形の fruto は「植物の実」で、女性形の fruta は「食用の実 = 果物・フルーツ」のように習い、「食べない/食べる」の違いがあるとざっくり教わった記憶があり、そのように認識しています。

結局何が言いたいかというと、この「禁断の果実」というスペイン語での表現ですが、どの果実であったかは関係なく、アダムとイヴが"食べた"ということは女性形で "fruta prohibida" という方が正しいのではないかということです。

考えすぎかもしれませんが、、、気になったので何とか調べてみます。

 

【考察】

まずは Diccionario de la lengua españolafrutofruta の定義を確認します。

fruto の定義は ↓

1. m. Producto del desarrollo del ovario de una flor después de la fecundación, en el que quedan contenidas las semillas, y en cuya formación cooperan con frecuencia tanto el cáliz como el receptáculo floral y otros órganos.
受粉後に花の子房が発達した部分。中に種子を含み、萼(がく)や花托(かたく)や他の器官から成る

2. m. Producto de las plantas, que, aparte de la utilidad que puede tener, sirve para desarrollar y proteger la semilla.
植物の実。種子を発達させ、保護するための器官

(fruto)

小中学校の理科の授業みたい。
一方で fruta は ↓

1. f. Fruto comestible de ciertas plantas cultivadas; p. ej., la pera, la guinda, la fresa, etc.
耕作された植物の食用の実。例)西洋ナシ、アメリカンチェリー、イチゴなど
(fruta)

なるほど、"fruta = fruto comestible" という分かりやすい構図が見えました。
これこそまさに、ぼく自身が認識していた「食べない fruto - 食べる fruta」という違いです。

これと同様に、普段食べる果物も男性形/女性形で意味が変わりますよね。
具体的に言うと例えば、ぼくたちが普段食べているオレンジという果物は女性形の naranja ですが、これが男性形 naranjo になるとオレンジの木もしくはオレンジという種の植物を表します。
これは、manzana - manzano, granada - granado, ciruela - ciruelo, papaya - papayo などの女性形の他のフルーツなどでも同じです。

これはおそらく、naranjo/naranja, manzano/manzana などの上位概念に当たる fruto/fruta の間に生じている「食べない/食べる」という差が、下位語にも「(男性形)食べない/(女性形)食べる」という同様の影響を与えているのかなと思います。


ここまでの話をネイティヴの友だちに話すと、「食べれる fruto もある」とのことで、「almendrasnueces とかは食べれるけど fruto だよ」と教えてくれました。
アーモンドやクルミとかのことをまとめて fruto seco と呼ぶそうです。「食べる fruto もある」ということで、今回のテーマが振り出しに戻ってしまった気が(笑)


気を取り直して、改めて DRAE を見ていきます。
実は、fruto のページに fruto prohibido が載っていました。そこには ↓

1. m. fruta prohibida.(fruto)

とあります。やはり、女性形でも言えるようですね。
そして、fruta のページの方で fruta prohibida を確認すると

1. f. Cosa que no está permitido usar.(fruta)

fruto/a phohibido/a は両性形とも辞書に載っていますが、男性形 fruto prohibido の説明として女性形 fruta prohibida が置かれており、そして fruta の方で「禁断の果実」の説明がなされているということはやはり女性形 fruta prohibida の方が適している!

、、、という結論に持っていくのは、いささか性急過ぎますヨネ。


複数のネイティヴに男性形と女性形どっちで言うかを聞いてみると、「禁断の果実」は男性形 fruto prohibido と言う方が一般的とのことでした。
ただ、女性形で fruta prohibida と言っても別に問題はないそうですが、「基本的には男性形でいうかなぁ」といった感じでした。

Googleで男性形/女性形をそれぞれ単数/複数の形でフレーズ検索(実施日 2020/01/04)してみると、

  • (男単)"fruto prohibido" 約516,000件
  • (女単)"fruta prohibida" 約427,000件
  • (男複)"frutos prohibidos" 約68,100件
  • (女複)"frutas prohibidas" 約64,300件

単複ともに、男性形の方が優勢であると見て取れますね。
ただ男女比は、単数形で「5545」、複数形に至っては「5149」でその差はあるようでないようなものじゃないでしょうか?
上で書いたネイティヴの感覚の通りだと言えますね。


次に、「禁断の果実」に関する記事をランダムに3つ見つけたので、その記事の中で男性形/女性形のどちらが何回出現するかを見てみようと思います。
条件としては、題名は含まず本文内からのみの抽出とします。また、fruto/a prohibido/a だけではなく、参考として prohibido/a が後続する場合を除いた fruto(s)fruta(s) の単体の数も抽出します。

BBC "La verdadera historia del Jardín del Edén"
  fruto prohibido - 0
  fruta prohibida - 1
  fruto - 0
  fruta - 6

muy interesante "La fruta prohibida"
  fruto prohibido - 2
  fruta prohibida - 1
  fruto - 5
  fruta(s) - 8

GIZMODO "El “fruto prohibido” de la Biblia nunca fue una manzana, fue un error de traducción"
  fruto prohibido - 3
  fruta prohibida - 0
  fruto(s) - 3
  fruta - 3

3つの記事しか参考にしていないのでサンプル数が少ないですが、それぞれの合計を見てみると

  fruto prohibido - 5
  fruta prohibida - 2
  fruto(s) - 8
  fruta(s) - 17

「"禁断の"果実」はやはり男性形 fruto prohibido で表される方が多いですね。
ここで興味深いのは、「禁断の」が付かない場合は男性形 fruto(s) よりも女性形 fruta(s) の方が使用傾向が高いという点です。
このことからも、やはり「禁断の果実」の「果実」というのは女性形 fruta とした方が適しているのではないでしょうか?


最後に、今回いろいろと調べている中で、日本語の話になりますが今回のテーマを根本から覆してしまう事実を知りました。

誰にも聞けない2つの違い」というサイト内に「果実と果物の違い」というものがあり、引用させてもらうと

- 概要 -
果実は実の事を指すが、果物は生のまま食べられるものを指す。つまり、果実の中に果物が含まれているという違いがある。

- 詳しい解説 -
果実という種類の中に果物があるという違いがある。果実と言われるものは、果物のように生のままで食べられるものもあるが、木の実などの種も果実に含まれており、その範囲は果物よりも幅広く、植物の実のうち加工品、なま物のいずれかで食べることができるものという縛りがある。
また果物と呼ばれるものは、りんご、ミカン、パイナップルなどただ切ったり剥いただけで食べることができる。また水分が多く甘味成分が多いのも特徴である。

(ここから、わかりやすくするために「果物」をひらがなで「くだもの」と表記していきます。)

果実くだもの」という構造なんですね。
ぼくは「果実くだもの」だと考えてました。。。しっかりとした違いがあったんですね。。。

アダムとイヴが「食べた」ということに加えて、日本語の「禁断の果実」の「果実」は「くだもの」と同じだと考えていたので、女性形の fruta prohibida の方が合っているんじゃないかと思ったのですが、そもそも「果実」と「くだもの」は別物であり、それぞれスペイン語frutofruta に対応するものといえます。

日本語では「禁断の"くだもの"」とは言わず、「禁断の"果実"」と言いますが、「果実fruto」なのでそのまま「禁断の果実fruto prohibido」と男性形になる。ということで、証明終了。
つまり、アダムとイヴが食べたのは「(禁断の)果実」であり、ということはスペイン語になったとて「果実」に対応する fruto であってもなんらオカシイことはないということでした。。。

ぼく個人の話ですが、「果実」と「くだもの」を同じものと認識していて、この二つに違いが存在していることは知りませんでした。
ネイティヴの友だちにこの話をしてみると、「スペイン語の『frutofruta』はおそらく日本語の『果実くだもの』の場合よりかはその違いが明確なものとして一般的に理解されているけど、それでも曖昧に認識されている部分もあると思う」とのことでした。
だから、「fruto prohibido の形が一般的だけど、fruta prohibida の形も受け入れられているんじゃないかな」という意見ももらいました。

なるほど、「果実くだもの」「frutofruta」はその厳密な違いが専門的なために少し曖昧に認識されていることが、両性形が認められている原因になっているとも考えられますね。

 

【今回の結論】

● 「禁断の果実」はアダムとイヴが食したという点から女性形 fruta の方が適していると考えたが、男性形 fruto prohibido と言う方が一般的。

● ただ、女性形 fruta prohibida もおよそ同等に使用されている。

● 「果実 = fruto」「くだもの = fruta」のように対応する。


「禁断の果実」はリンゴだったのか、それとも他の果物だったのかに関してですが、聖書内ではどの果物なのかの明確な記述はなく、文化圏によってどの果物なのか変わるそうです。
ただ、知恵の実を食べて羞恥心を得たアダムとイヴは自分たちが裸であることを恥ずかしく思い始め陰部を「イチジクの葉」で隠したそうで、この「イチジクの葉」というのは明言されているそうです。
、、、ってことは、「禁断の果実」も「イチジク」やろ!と思いますが。

ぼくは今年も「禁断の果実」(の可能性があるブドウ)を食べて年越しました :)