イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

ネイティヴの間違い : Yo sepo a sal.

前回の記事「muy mejor」では、そのタイトル通りにぼくがネイティヴの口から聞いた"間違ったスペイン語"について調べました。結果、文法的にも間違いであり、実際に使ってしまうと教養がないと思われてしまうほどの避けるべきミスであると判明しました。muy mejor なんて非ネイティヴスペイン語初心者が犯す間違いのように思えますが、ネイティヴでも間違えることがあるということに驚き。

しかし、似たようなケースに "Hubo/Había muchas personas" を "Hubieron/Habían muchas personas" と言ってしまうミスがあります。「~がある」という意味で動詞 haber を使う際は常に三人称単数形に活用し、学校では「複数形では用いない」という丁寧な忠告までしてくれるような内容ですが、どうやらこの間違いもまた非ネイティヴだけのものではないようで、ぼく自身何度もネイティヴの人たちが hubieron または habían という風に言っているのを聞いたことがあります。現在時制では hay という特殊な形を取るので間違えようがないですが、点過去と線過去時制においてはスペイン語ネイティヴで大学を出ているような人でもこの間違いであるはずの活用をしてしまっているのが現状。もしかしたら、そう遠くない将来に"正しい形"として認定されるかもしれないとこっそり思っています。

 

【きっかけ】

スペインの大学で受けた Lengua española という授業で文法上の間違いについての回がありました。ぼくにとってすごく興味深かったのは、この時に扱った文法ミスというのが非ネイティヴのものではなく、スペイン語ネイティヴが犯しがちな文法上の間違いを扱っていた点でした。
その中で特に印象に載っているものが3つ。次の例文を読んでみてください ↓

Quédate detrás suyo.
彼の後ろにいなさい。

¿Por qué no vinistes a la fiesta?
何でパーティーに来なかったの?

He nadado en la playa pues ahora sepo a sal.
ビーチで泳いだから体が塩の味がする。

どこが間違いか分かりますか?
さらに、メキシコで生活する中で個人的に気付いたものが2つ。

En tal caso deben de reportar.
そのような場合は報告しないといけないです。

Tal vez haiga gente así.
多分そういう人もいるだろうね。

どうでしょうか?正直なところ、ぼくにはどれも思い付かない(というより、思い付けない)ような間違いですが、こういう間違い方もあるということを知れば、確かに非ネイティヴでもミスをするかもしれないものもあります。しかし、非ネイティヴでは間違えようのない、ネイティヴだからこそ"間違えられる"ものもあります。
今回はこれら5つのネイティヴが犯すスペイン語のミスについて見ていきます。

 

【考察】

Quédate detrás suyo.
彼の後ろにいなさい。

この間違い方を知った時、ぼくはナルホド!と感心してしまいました。例文の「彼の後ろに」を detrás を使って表すのであれば "detrás de él" となりますよね。しかし、この detrás の後ろに来る "de él" を「彼の」を表す後置する所有詞 suyo と置き換えてしまうというミスが存在するのです。「~の後ろに」を "detrás de" のように de まで含めて機械的に覚えたぼくには到底思いつかない発想ですが、"de él" をその意味から suyo に変換するというのは言われてみれば理論的とも言えるかもしれません。しかし、所有詞は基本的に名詞にしか付かないはずなので、副詞である detrás にはもちろん使えませんよね。
Dpd でも次のように説明されています ↓

副詞であるため、*detrás mío, *detrás suyo のように所有詞とともに用いるのは正しいとは見なされておらず、正しくは detrás de mí, detrás de él と言うべきである
また、アンデス地域(ペルー・ボリビアエクアドル)の通俗な話し言葉では前置詞 en(まれに por)を伴って前置する所有詞とともに使用される: *Se colocó en su detrás
しかし、注意を払うべき言葉遣いではこの用法は避けることが推奨される(detrás. 2.)

アンデス地域での "en su detrás" という用法は detrás をもはや名詞のように扱っていますね。この言い方は "detrás suyo" とは異なり、スペインとメキシコでは少なくとも聞いたことありません。
また、Nueva gramática でもこの内容を扱っている項を見つけました ↓

«副詞+男性形後置所有詞: delante»という形は口語に特有の形であり、今日では依然として多くの国において大多数の教養ある話し手によって推奨されない構文と見なされている
しかし、スペイン語圏の地域によっては、程度の差はあるものの、その他の副詞でも同様の構文の使用が広がっており、delante, detrás, cerca (lejos はそこまで頻繁ではない), encima (debajo はほとんどない), enfrente での使用が見られる(18.4ñ)

つまり、delante tuyo, detrás nuestro, cerca mío, encima suyo, enfrente suyo といった使い方もされているのです。ちなみにこの次の項によると、delnate mía, detrás suya のように女性形の所有詞が使われることもあるものの、その使用率は男性形の所有詞と比べるとかなり少ないようです。

しかし、考えてみると副詞の中で所有詞を付けて使用されるものもあります。それは alrededor。例えば「自分の周りを見てみな」は "Mira a tu alrededor" となるように所有詞を付けて「誰の」周りかを言うことができます。ただ、実際のところ、この alrededor の用法は副詞ではなく名詞ですよね。副詞で使うのであれば所有詞は付かずにそのまま "Mira alrededor" となります。("Mira alrededor de ti" とすると副詞ではなく alrededor de という前置詞句扱いになるようです。)

と、ぼくは理解していましたが、なんとなんと!alrededor を副詞で使用する場合でも所有詞を付けることができるらしいです。Dpd に次のように記されていました ↓

mío, tuyo, suyo などの所有詞に先行させる副詞としての使用もまた可能である: «Mira mi padre alrededor suyo» (Fuentes Cristóbal [Méx. 1987])
この使用法は副詞としての alrededoral に「周囲」を意味する名詞の rededor が縮約して形成されているため、正当化される: «Se trata de ir bordando todo el rededor» (Tudela/Herrerías Costura [Méx. 1988])(alrededor. 3.)

語源的には名詞であるということから、副詞として使用する際にも後置するタイプの所有詞を付けることが可能なんですね。このような使い方がされているのは聞いたことありませんでしたが、実際、現在も名詞としても使われているので納得はできます。



¿Por qué no vinistes a la fiesta?
何でパーティーに来なかったの?

点過去の二人称単数形は本来は viniste ですが、語尾に s を付けてしまう間違いがネイティヴの間も結構あるんだとか。授業で先生が言っていて目から鱗だったのは「二人称単数 () の動詞活用の中で語尾に s が付かないのは点過去のみ」という事実。

  時制      vosotros, as
 現在  vienes  venís
 点過去  viniste  vinisteis
 線過去  venías  veníais
 未来  vendrás  vendréis
 過去未来  vendrías  vendríais
 接続法現在  vengas  vengáis
 接続法過去   vinieras, vinieses   vinierais, vinieseis 

考えたことなかったですが、言われてみれば確かに点過去形だけに語尾の s が付いてないですよね。先生曰く、vosotros, as に対する動詞活用ではすべての時制で語尾に s が付いていることからも分かる通り、この語尾の s は(ネイティヴにとっては)二人称の単数・複数両方の特徴的な音として認識されているため、唯一 s が付かない の点過去形にも間違えて s を付け足してしまうんだとか。
これに関してはさすがに Nueva gramática でも扱ってないだろうと思いながらも一応探してみると、なんと載ってました!さすがの一言に尽きます。

スペイン語史における初期の時代から、点過去の二人称単数形に -s が付けられるという顕著な傾向が確認されている (cantastes, dijistes, salistes)
中世スペイン語と古典スペイン語において広くこの使用が確認されるものの、今日ではこの形は間違いと見なされている
-s が付いていない形は Nebrija も自身の文法書 Gramática の中で推奨しており、後の時代の教養者たちもまた -s なしの形が好ましいと見なしていた
Francia, dí, ¿por qué huistes? (Cancionero musical); Variación primera del tiempo pasado. Yo tomé, tú tomastes, él tomó (Bonet, Reducción)
このような形での使用は現代作家の作品の中で登場人物のセリフとして時折使用されている
A lo mejor no engañastes a la policía por mí (Pombo, roe); Ha dicho que allí le amenazastes de muerte (Trapiello, Amigos)(§4.4f)

どうやら、この間違いの歴史はかなり長いようですね。
実はメキシコでこの間違いに関してあることを聞いたことがあります。メキシコ人の同僚が、会社の受付の人が電話対応の中で相手と で話す時に vinistes のように -s を付けてしまうことが多々あったそう。彼が言うには「その話し方は教養がないように聞こえる」とのことで、受付だから色んなお客さんと話す仕事なのにその人を受付に置きたくないと愚痴をこぼしていました。聞くと「ビジネスの場面では絶対避けるべき恥ずかしい間違い」だそうで、もしこのような話し方をしていたら「この人は田舎の方の人かもしくはちゃんとした教育を受けてない人なのかな」という印象を受けるそう。やっぱり避けるべき間違いのようですね。

ちなみに、この項の続きにも同じく語尾に不必要な -s を付けてしまう間違いについて言及されています ↓

-s の余分な追加はヨーロッパの一般的なスペイン語に広がっており、ir の命令形 (Ves a decírselo: 正しくは Ve a decírselo) と、特にカスティーリャ地方における間投詞として使用される oír の命令形 (¡Que te vayas a tu casa, oyes, que regreses a Grecia, estoy harta de ti! (Obligado, C., Salsa) に見られる
これらの形はどちらも教養的な言葉遣いとはなっていないため、注意を払うべき言葉遣いではこれらの形は避けることが推奨される(§4.4f)

oyes の方は間投詞としての使用なので特に注意して聞くものではないので、ぼくはネイティヴがこのように言っているかを気にしたことありませんでしたが、一方の ves はそういえばこの vinistes などを習った授業で教わり、実際にスペイン人の友だちが veves と言っているのを聞いたことがあります。
vinistesves も、ともに本来の形に対して語尾に余計な -s が付くだけなのでそこまで気になるものでもないように感じます。しかし、ネイティヴの人にとっては語尾のたったの一音でも「教養がない」話し方のように聞こえるそうなので言わないに越したことはないようです。



He nadado en la playa pues ahora sepo a sal.
ビーチで泳いだから体が塩の味がする。

この間違いはおそらく非ネイティヴには思いつかないんじゃないでしょうか。
先生がクラスのみんなに「例えば、海で泳いだ後に海水に浸かった腕をペロッとなめたらしょっぱくて『自分 (yo) が塩の味がする』と言いたい時、動詞 saber をどう活用しますか?」という質問をしました。
"saber a" に無冠詞で名詞を続けることで「~の味がする」を表せますよね。ぼくは普通に考えたらそのまま "Yo a sal" になると考えましたし、むしろそれ以外に活用のしようがないと思いました。しかし、周りのスペイン人の学生たちは口を揃えたかのようにこのように言いました。

Yo sepo a sal...

セポォ?なんやセポって!?
sabersepo なんて活用ないのにどっからこのセポは出てきたんや、と衝撃を受けていると、先生が言いました。

"Yo sabo a sal" っていう人もいるでしょう

サボォ?なんやサボって!?
saber の直説法現在の一人称単数形は不規則活用で という形を取ることを知らないスペイン語初心者がするような間違った活用をスペイン語ネイティヴがするなんて信じられませんが、実際クラスのスペイン人のみんなは、先生の質問に対する答えは seposabo という結論に。しかし、正しい活用形はもちろん 。Dpd でも次のように説明されています ↓

この動詞はすべての意味において同じ活用をするため「何かの味を持つ(味がする)」という意味においても直説法現在の一人称単数形は であり、sepo という形ではない
そのため、Sé matemáticas (‘tengo conocimientos matemáticos’) と言うのと同じように Sé a sal (‘tengo sabor salado’) のように言う(saber. 1.)

授業で先生が言っていたのは、スペイン語を覚えたての小さい子どもが という特殊な形を知らなくて、saber の接続法現在形の活用が sepa, sepas, sepa... なので、それにつられて直説法の現在形の一人称単数の活用を sepo としてしまうと。「接続法 quiera → 直説法 quiero」という他の規則動詞と同様に考えて、接続法の語尾の a のみを o に替えて直説法を作るというプロセスを経ることでこの sepo という形が生じるんだとか。
直説法の現在形から習い始めて最後に接続法を習ったぼくからすると、接続法の形から直説法の現在形を推測するという順番に驚きですが、言語を体系的に学ばないネイティヴだからこそ生み出される形と言えるかもしれませんね。
また、sabo に関してもほぼ同じで、 という特殊形を知らないために直説法現在の sabes, sabe, sabemos... という形から推測して sabo という形を生み出してしまうんだとか。

不思議なのは、幼い子どもが間違った推測で生み出すこの二つの形が、「自分が~の味がする」という意味の場合にだけ大人になっても使われていること。ネイティヴだからこそ、小さい頃からこれらの間違えた活用を耳にして慣れ親しむからこその間違いなのでしょうか?

 

【ここまでの結論】

● "detrás suyo" ... 正しくは後置所有詞を用いずに "detrás de él"。

● "vinistes", "ves" ... 正しくは語尾に -s が付かずに "viniste", "ve"。

● "sepo/sabo a sal" ... 正しくは他の意味での活用と同じく "sé a sal"。


残り二つの間違いはまた次回。