イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

¡Vosotros, íos a la mierda!

観光業界を刺激するために「GoToトラベル」というキャンペーンが始まりましたが、先日ネットニュースで「Go to travel は文法的に間違っている」という記事を見つけました。政府の広報の人が言うには、go, to, travel はどれも日本人なら知っているような単語だから伝わりやすさを重視したとのこと。若干の後付け感が否めません(笑)

それでも、海外に行けない状況で、日本国内にいる人たちで国内旅行を楽しみましょうっていうキャンペーンだから和製英語でもエエじゃないかと思います。
鬼の首を取ったかのように和製英語を糾弾する人っていますよね。でも、そういう人はおそらくちゃんとした英語を使ったら使ったで、今度は日本語を使え!って怒るんでしょうね(笑)

 

【きっかけ】

今回のタイトル、意味はさておき、文法的にどうでしょうか?

それはスペイン留学時、学部に留学していた外国人を対象にした特別授業でのことでした。自由なシチュエーションを作って会話のやり取りを考えるというペアワーク中、ペアになったフランス人の子とふざけてお互いに知っているスペイン語の罵り言葉を会話文に入れている時のこと。「お前ら、クソくらえ!」という文を入れようと "¡Vete a la mierda!" と言うと、「ここは相手が複数人の vosotros だから Vete じゃ正しくないんじゃない」と言われました。確かにその通りだと思って、irsevosostros に対する活用は、、、と二人で考えてみたものの「アレ、ナンダッケ?」。。。

そういえば、vosostros に対して irse の命令形を言ったことがなかったので二人とも活用が出てこない。でも、冷静に考えて "Callad" に os が付いたら "Callaos" になるから、同じように d を省略して os を付けるんでしょ?そう習ったよ!だから、Íos でしょ!
これがぼくたち二人が導き出した答え。

ですが違うんです。残念ながら。。。

 

【考察】

では、早速みんな大好き Nueva gramática から関連する内容を引用していきます。
まずは vosotros の命令形について ↓

二人称複数の命令形に前接的代名詞‹1›の os が結合した場合、語末の -d は消失する (marchaos, haceos, poneos, arrepentíos)
口語では -d が -r と取って代わることが頻繁にある
Bien, ahora poneros a escribir (Asenjo, Días); Venid, sentaros junto al fuego (Savater, Juliano)
しかし、正式には -r を使わない選択肢の方が推奨される (Poneos a escribir; Sentaos junto al fuego)(§42.3k)

‹1› 前接的代名詞 (pronombres enclíticos) ... 先行する語の一部のように発音および表記が結合する代名詞: ej.) mírame, tráemelo, vete

口語では vosotros に対する命令形が「語尾 -不定詞)+ os」とされることがありますね。ただ、ここにも記述がある通り、この使用法は口語ということで正式にはやはり sentaros ではなく、sentaos の方が好ましいとのこと。

さて、これは学校で習いました。問題はここから。今回のテーマの答えは次の項にありました ↓

動詞 ir の命令形は ve (), vayan (ustedes), id (vosotros) で、代名動詞の命令形は vete (), idos (vosotros) である: ¡Idos; dejadme solo! (Galdós, Abuelo)
古典スペイン語では irse の複数命令形として íos という形も使用されていたが、現代では古風なものと見なされる: Andad, íos y no volváis más acá (Casas, Historia)
idos という形はスペイン語の命令形の動詞体系の中で os の前の -d が維持される唯一の例外であるが、これは -íos という形であると音声的要素が少なすぎるためであると考えられる(§4.13i)

そう、実は irsevosotros に対する命令形は例外的に語尾の -d が消失せずに idos となるのです!ぼくがこれを知ったのはスペイン語を学び始めて丸3年たった頃です。それまで疑問にも思わなかった自分の不覚の致すところなわけですが、スペイン語一年生の時に命令形を習った授業で唯一の例外があるなんて教わってナイヨ。。。

ただ、昔は他の動詞と同じように語尾の -d が消失して íos という形が取られていたということで、あながち間違いではないようです。今回、スペイン人の友だちに聞いてみると、この引用部に書いている通りに「昔の言い方っぽい」と言っていました。

さて、上の項には続きがまだあります ↓

一方、スペインの口語では Iros ya, que es tarde のように iros という形が非常に浸透している
口語における iros という形の使用の優勢はロータシズム‹2›の過程を経た結果である
これはスペインのスペイン語に見られる、二人称複数の命令形にて /ɾ/ ‹3›が音挿入‹4›されるという一般的な傾向の影響によるものであると考えられる(marchaos, callaos の代わりに marcharos, callaros など): Y callaros ya, coño, que estáis delirando (Pedrero, Invierno)(§4.13i)

‹2› ロータシズム (rotación) ... 他の音が /ɾ/ に変化する現象。英語の water が「ワーラー」、let it go が「レリゴー」のようになるのもこの現象に当てはまる。(英語学的にはフラッピングと呼ぶようです。)

‹3› 歯茎はじき音 (vibrante alveolar simple) ... 母音に挟まれた場合の日本語のラ行の音やスペイン語r 単体(巻き舌にならない場合)の音。

‹4› 音挿入 (epéntesis) ... 発音をしやすくするために語中に音が挿入される現象。

一番初めの引用内でもありましたが、この irse もまた口語では iros のように「不定詞+再帰代名詞」の命令形で使われるとあります。元は íos という形だったのが、音声上の問題から特例で idos という形になったものの、そのせっかく生き返った -d- の音がロータシズムという現象によって -r- の音に変ってしまったと。ということは、iros に見られる ir 部分は不定詞の形をしてはいますが、あくまで idos からの変形という扱いでいいんでしょうか?

引用内最後の二人称複数の命令形に r が入るとあります。これに関しては、スペインで授業中にみんながしゃべりまくってうるさくなった時に、一人の男の子が「うるさい!だまれ!」と叫んだことがあったんですが、その時に彼が言ったのが "¡Callaos de una vez!" だったのか、それとも r を入れた "¡Callaros de una vez!" だったのか。。。3年たった今でもどっちだったんだろうと考えてます(笑)

そしてもう一つ、‹4›の音挿入という現象についても言及しておくと、以前の記事「Cuando las ranas críen pelo」で軽く触れた動詞 tener の未来形の活用について

現代スペイン語tener の未来形は tendrá だが、古スペイン語では d が入っていない tenrá であった。

このように通常の活用を経た形であっても、その発音がしにくい場合は音を挿入して対処することがあるようで、これはつまり本来のルールよりも言語としての"容易さ"を優先したということになりますね。


ちなみに、今回スペイン人の友だちに "Tú vete, ustedes váyanse, y vosotros...?" と聞いてみたら、まず最初に idos と答えた人もいれば、先に iros が出てきた人もいました。ただ全員が、よく使われるのは iros と教えてくれました。

ここでふと思ったのですが、これは日本語でいうところの「雰囲気」を「フインキ」と言う現象のようなものじゃないでしょうか?本来はフンイキですが「ん+母音」という組み合わせの発音がしにくいために、自然とフインキという風に音位転換が起きているわけですよね。つまり、正式にはフンイキですが、話す際にはフインキとなるこの現象。
スペイン語の方は別に発音しにくいわけではないですが、ロータシズムという現象はいろんな言語で見られるようで、それって結局 idos - iros の場合は d よりも r の方が発しやすいから起きていると考えられると思います。とすれば、「フインキ」と言ってしまうのと同様に、半ば無意識的にスペイン人も iros と言ってしまっているんじゃないでしょうか?

もちろん、そのように発音するから日本語の「フインキ」、スペイン語の "iros" が正式だと思っている人も中にはいるかもしれません。似たような話で過去に衝撃を受けた出来事があります。ぼくの名前は「けいすけ」ですが、普段発音する時は「けーすけ」となるかと。中学生の時にある同級生が振り仮名がふられたぼくの名前をみて「ずっと、けすけだと思ってた」とショッキングなことを言われたことがあるのですが、要は発音のままに覚えてしまっていたらこのようなことさえも起きうるということです。
それにしても「けえすけ」やったら漢字どうなんねん(笑)


さて、íos と iros という形が出てきたわけですが、Diccionario panhispánico de dudas を覗いてみると次のような記述が ↓

複数人に対する命令形での不定詞の使用は避けるべきである: *iros
また、擬古的な形である *íos も避けるべきである
Niños, iros a jugar» (Cabal Fuiste [Esp. 1979])(ir(se). 1.)

Nueva gramática ではこれら二つの形の使用を認めないといった記述はありませんでしたが、こちらにはしっかりと "Debe evitarse" とあり、適切な形はあくまでも idos としています。


さてさて、ここまで見てきたわけですが、今日のメインディッシュはここから。
冒頭に書いたスペインで受けた授業ですが、実はスペイン語学の教職課程のいわば実習のようなもので、スペイン語の先生を目指すスペイン人の学生二人が先生役となって学部の外国人留学生にスペイン語を教えるといった内容でした。つまり、母国語をゴリゴリに勉強しているスペイン語ネイティヴだったわけですが、"Vete" の vosotros に対する命令の形は何?というぼくらの質問に対する先生二人の回答は。。。

Hmm... IROS.

少し考えた後に iros と答えたのです!ぼくはこの時点では idos という特例の選択肢は知らなかったのですが、その授業の後にすぐ図書館に行って分厚い Nueva gramática を開いて見つけたのが上の記述でした。

ここで注目してほしいのは、スペイン語を外国人に教えるためにスペイン語文法を学んでいるネイティヴidos ではなく、iros と答えた点です。もちろん、ネイティヴだからこそ、口語により触れていてこの答えが出てきたのかもしれませんが、それでも驚きです。

ただ、それ以上の衝撃がもう一つ。今回の記事を書くにあたって色々と調べている中で、2017年7月の衝撃的なニュースを見つけました ↓

www.elmundo.es
記事によると、RAE が iros という形も認めるという内容で、作家であり、RAE のメンバーでもある Arturo Pérez-Reverte という人物のツイートが紹介されています。彼のツイート (@perezreverte) を時系列で見ていくと、

長い議論を経て RAE が iros を認めた。なぜなら誰も idos とも íos とも言っていなかったから。これからは問題なく使うことができる。秋には正式なものになる。(2017/07/16, 3:51 p.m.)

もちろん、Idos は正しかった(今も正しい)。しかし、誰も使っていなかった。(2017/07/16, 3:58 p.m.)

このつぶやきによってツイッター上で熱い議論が始まりました。すると、彼の意見とは反対に idos を正しいとする人が大勢いたようで、

"idos" を使っていた人がかなり多くいたようで、みんなツイッターにいることを知った。驚いた。(2017/07/16, 6:07 p.m.)

そして、彼はこの議論を終わらせるために最後に次のツイートをしました。

はっきりさせておく。正しい形は変わらずにこれからも "idos" である。ただ、習慣的使用として "iros" が登録される。RAE は警察ではなく、みんながどのように話すかの公証人である。(2017/07/17, 2:41 a.m.)

この一連の議論に対して翌朝には RAE の公式アカウント @RAEinformal も反応したようで、

教養人の間でも«iros»という形の普及が見られるため、この使用は認められる。(2017/07/17, 7:00 a.m.)

と、RAE の見解を述べています。
上で見た Dpd からの引用では「iros という形は避けるべき」とありましたが、次の改編の際にはこの部分が変わるんじゃないでしょうか?どのようになるのか楽しみです!

そして、記事の中には RAE の次のツイートも紹介されていました ↓

秋からは IROS を使うことができる。例えば、"iros a la mierda"。
ただ、無教養という罪を犯さないためにも "iros a tomar por culo" と言うべき。(2017/07/17, 2:45 a.m.)

ユーモアがえげつない(笑)
よく見ると投稿時間が午前2時45分!RAE も深夜テンションでツイートしたんでしょうか?

ちなみにですが、ぼくがスペイン留学から帰国したのが2017年の6月なので、その翌月の出来事です。久しぶりの祖国にうつつを抜かしていて、油断していたからこのニュースを逃していました。おそらく、スペインにいたらニュースとかで見ていたかも。反省反省。

 

【今回の結論】

irsevosotros に対する命令形について Nueva gramática には「vosotros への命令形は idos であり、iros は口語での使用」とあり、Diccionario panhispánico de dudas には「iros の使用は避けるべき」とある。しかし、2017年に RAE が「iros の使用を認める」という旨の発表をしているため、現在は idosiros のともに正式な命令形である言える。一方、過去に用いられていた íos は現代ではその使用を避けた方が良い。


もしぼくが「GoToトラベル」をスペイン語にするなら、、、

¡Iros de viaje!

せっかく RAE に認められたわけなので、敢えての iros でいきます! ;)