イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

"buenos días" vs "buen día"

メキシコに就職が決まった時、メキシコ人のマネージャーからのメールの冒頭にこうありました。

Buen día.

大学を出てすぐで、もちろん人生で初めてスペイン語で生のビジネスメールに触れた瞬間だったんですが、冒頭の挨拶に疑問符が。
Buenos días じゃないの?ビジネスメールではこう言うの?スペインでは少なくとも友だちが言っているのを聞いたことないけど。。。?

実はスペイン語一年生の時に、スペイン人の先生に「どうして Buenos días は複数形なの?」と質問したことがあります。とりあえず、ネイティヴスペイン語で話したかったから血眼になって質問を探していただけなので、答えはあまり覚えてないのですが。。。

あれから約5年。
メキシコで働くようになって、ビジネスメールでの挨拶で Buen día や Buena tarde という単数形で使われいているのを知りました。
そして働き始めてすぐの頃、メキシコ人の同僚にどうして単数形なのか尋ねました。

5年前はどうして「複数形」なのかに疑問を持った自分ですが、日常的に Buenos días などと言うようになって複数形が当たり前となってました。そしてメキシコに来て、逆にどうして挨拶が「単数形」なのかということに疑問を持つに至りました。

慣れって怖いですね。。。5年で真逆の立場にいました。

 

【きっかけ】

先日、BBCのある記事をたまたま見つけました。そのタイトルは

"Por qué en español decimos buenoS díaS o buenaS nocheS en plural (y no en singular como las demás lenguas"

この記事では「どうしてスペイン語だけ挨拶が複数形なのか?」について書かれています。
「他の言語では単数形」ということは気付きませんでしたし、考えたこともなかったですが、スペイン語で「複数形である」ということに一度疑問を持ったものの、それに慣れて当たり前となったために今度は「単数形」に出会った時にその形に疑問を抱いたぼくにとっては、長年のナゾの答えがこの記事にありました!

 

【考察】

まずは前情報として、Diccionario panhispánico de dudas で見つけたものの引用からスタートです。

buenos días は午前中に用いられる挨拶の形
しかし、南米のいくつかの国では buen día という形も使用されている
(día. 1. 2. buen día o buenos días.)

このことを頭に入れた上で、今回は上のBBCの記事を少しずつ引用して学んでいきます。

他のロマンス諸語(castellano のようにラテン語起源の言語)では、挨拶は常に単数形であり、複数形になることはない
英語では good morning、イタリア語では buon giornoポルトガル語では bom dia、フランス語では bonjour、そしてゲルマン語派であるドイツ語でさえ guten morgen と単数形で挨拶される

改めてみると、同じラテン語を起源に持つロマンス諸語の中でスペイン語だけ挨拶が単数形であるというのは、確かに特異ですよね?
ちなみに、カタルーニャ語では bon dia と単数形ですが、ガリシア語では bos días と複数形となっています。
これは、ガリシア語がスペイン語 (castellano) の影響を多く受けている一方で、カタルーニャ語castellano よりも他のロマンス諸語の影響が大きいからでしょうか?
いずれにしろ、この二つは便宜上「スペイン語」としてまとめさせてもらい、不問とします。


では、スペイン語では複数形になった理由は何なんでしょうか?

「最も可能性が高いのは元々単に buenos días と言っていたのではなく、もっと長いフレーズだったのが後に短くなったものである」と言語学の教授にして RAE のメンバーでもある Salvador Gutiérrez Ordóñez は断言する
「かなり可能性があるのは、元は "buenos días os dé Dios" という表現で、その日一日だけでなく、続く日々も含まれており、その言葉が向けられた人々の完全な状態を願うものであった」
そして、「そのフレーズはおそらく省略され、buenos días だけが残った。そして、buenas tardes と buenas noches でも同じことが起きた」と付け加える

なるほど!古くは "buenos días os dé Dios" という言い方をしていて、そこから buenos días だけが残ったと!
これを見たとき鳥肌が立ちました。だって、日本語の挨拶と同じ現象が起きてるってことですよね!?

日本語の「こんにちは」も「今日(こんにち)はご機嫌いかがですか」、「今日(こんにち)は天気が良いですね」といった挨拶として言われていた文言の頭の部分だけが残り、それが挨拶として定着したものです。だから、/konnichiwa/ という発音なのに、文字で書くと「こんにち」のように「は /ha/」で書かれるわけです。
このことを、ぼくは日本語を勉強してるスペイン人の友だちに質問されて初めて疑問に持ち、彼らに教えるために由来を調べて知りました。

まさか、スペイン語と日本語で現在の挨拶の形になった変遷が同じようなものだったなんて。。。
たまに外国語と日本語の共通点を見つけますが、今回は特に感動が大きかった発見です!!


他にも、宗教的側面が由来の説もあるようです。

"las horas canónicas" という中世ヨーロッパのキリスト教圏の大部分にて採用されていた一日の時間を7分割した習慣に由来する
maitines(夜明け前)、laudes(夜明け)、vísperas(日没)のように複数形で表していたので挨拶も同様に複数形となった

この記事では「7分割」とありますが、ネットでこの "las horas canónicas" を調べてみると日本語では「時課」と呼び、一日をおよそ3時間ずつ8つの時間帯に区分するもので、それぞれの時間帯でお祈りをするんだそうです。
おそらくここで述べているのは、一日を24区分(24時間)している現代とは違い、時課によって時間が分けられていた時代、一つの区分が約3時間もあるということでそれぞれの呼び名が複数形であったため、その名残として buenos días などの挨拶も複数形になったということだと考えます。

一日の挨拶を buenos días, buenas tardes, buenas noches の3つだけでやっていくということは単純計算してそれぞれが8時間担当することになりますよね。3時間の区分でさえ複数形であったのなら、8時間も複数形とする方が妥当である気がします。


さらには、次のような説もあるようで ↓

'gracias', 'mil condolencias', saludos', 'felices fiestas', 'felicidades' のように相手への敬意を示す挨拶などが複数形で表されるように、cantidad ではなく intensidad を表すために複数形となっている

(後半部分は日本語にするのが難しかったので、cantidadintensidad だけ原文のスペイン語のままにしました。)

cantidad が「量」だとすると、intensidad は「深さ・濃さ」?
つまり、挨拶のような人にかける言葉は「量」ではなく、心の底から願うという「深さ」が含まれているから複数形になるってことでしょうか?
ちょっと解釈がムズイです。。。

ただこの説ですが、上に出てきた Salvador 先生は「可能性はあるが、個人的にはこの説を支持しない。やはり、最もあり得る説は長い文が後に省略されて buenos días になった」と仰っています。


そして、buenos días と buen día の関係性についてこのように述べています ↓

多くの人が朝の挨拶として複数形を用いるものの、単数形で buen día と願う(=言う)のも完全に正しい形である
RAE は単数・複数ともに正しいとしながらも、buenos días の方が伝統的で優勢的であるため、複数形の使用の方がより良いと見なしている
しかし、英語の影響により、単数形の buen día が徐々によく聞くようになってきている

ぼくは個人的に、スペインでは友だちから単数形で言われたことはないです。(記憶にないだけ。。。?)ただ、メキシコでは感覚としては五分五分ですかね。

単数形で言う英語の影響があるってやっぱり英語の影響でおおきいんですね。ということは、やはりラテンアメリカの方が影響をより受けているんでしょうか?


この記事の最後に、納得させられたおもしろいことを言っています。

どうしてたった一日しか「良い日」を願わないのか?ケチくさくならずに、せっかくだからより多くの「良い日々」を願いませんか?
そして、どうしてスペイン語を他の同族言語と一線を画す言い方をわざわざ放棄するのか?
Que tengan muy buenoS díaS. O muy buenaS tardeS. O muy buenaS nocheS.
あなたはどのように言いますか?

その通りですよね!?今日一日だけじゃなく、明日も明後日もひっくるめて複数形で buenos días と言った方がいいですよね?
そして、スペイン語だけに与えられた「複数形の挨拶」という特権を誇りに思いつつ、使っていきましょう!

 

【今回の結論】

● 元は "buenos días os dé Dios" のように文だったものが省略され、buenos días という部分だけが挨拶として残った。

● 複数形になった起源は、今日一日だけではなく、その後の日々も良いものになるようにと願うためであるとする説、または一日24時間の時間区分が(現在の一時間と異なり)長かったためという説がある。


ちなみに、みなさんは Buenos días と Buenas tardes の境目はいつですか?
ぼくはスペイン流で「お昼ご飯を食べたら」ですが、メキシコでは「正午」を境に Buenos días から Buenas tardes に移行します。日本と同じ!

うちのオフィスでは仕事柄よく電話をするのですが、毎日お昼の12時少し過ぎ位に、"Buenos día... Ah! Buenas tardes ya!" といったように結構厳格に使い分けてる場面をしばしば耳にします (笑)

あと、まさに今日ですが、11時50分くらいに電話を掛けた同僚が、おそらく感覚的にはもう12時を過ぎていたんでしょうね、

"Buenas... casi tardes jeje"

もう Buenas tardes でええやんけ!それでも、複数形やから許す!!
みなさんも「複数形の挨拶」がスペイン語話者だけに許された特別なものであるということを噛みしめながら挨拶していきましょう! ;)