イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

"sensible" vs "sensitivo"

Palabra del año 2020」の記事を書いている際にある日本語に迷わされました。
Fundéu のホームページに載っている選考基準を日本語に訳す中で "suscitar interés lingüístico" の部分をぼくは初め「言語学的興味を"駆り立てる"」と訳しました。しかし、すぐに「いや、興味を"掻き立てる"か」と思って打ち直しましたが、頭の中で「カリタテル」と「カキタテル」を繰り返すうちにわけが分からなくなってきて、、、カリタテ?カキタ?カリ?カ?エッ?

正しくは「掻き立てる」。

ソーヨネ!ソーダヨネ!カキタテルダヨネ!!と安堵しながらも最初に「駆り立てる」が出てきたのは事実。自分は今までちゃんと「掻き立てる」って言ってきたのかという疑問とともに不安にカリタテラレ、、、ン?カキタテラレ、、、アァ?

。。。

「毎日ことば」というウェブページを見つけました。Fundéu がスペイン語についての質問に回答することで正しいスペイン語の知識を提供しているのと同じように、この毎日ことばでは正しい日本語を教えてくれる場のようです。そこに「『不安を』に続くのは『かき立てられる』 (2020/08/11付)」という記事を見つけました。

この記事によると正しくは「不安を掻き立てられる」であるものの、調査アンケートの結果、回答者の2割弱が「不安を駆り立てる」と答えたんだとか。「駆り立てる」は「(何かを手に入れるために)探し出して、追い立てる」という意味なのでその言い方だと不安を心から追い出すと解釈できてむしろ逆の意味になるのではないかと述べられており、非常に納得。「駆り立てる」を使うのであれば「不安『に』駆り立てられる」となるのが正しい形であると。
すなわち、

感染症の情報に接して不安を「かき立てられ」、その不安に「駆り立てられて」他人の行動を批判するようになる(上記記事より引用)

似てる言葉はややこしいですネ。

 

【きっかけ】

いつだったか、ぼくが働く会社の、しかもぼくがいる部署のメキシコ人がセクハラで解雇になったことがありました。告発があってこの事件が発覚した際に彼の処遇を決めるための会議で通訳をしていると次のスペイン語文に出くわしました。

Hay que manejar esta información con cuidado, es que este es un problema sensible.
訳)センシティヴな問題なのでこの件の情報の扱いには気を付けましょう。

"un problema sensible" をぼくは「センシティヴな問題」と訳したのですが、すぐに頭の中で「『デリケートな問題』って言った方が良かったかな」と反省。まあ、同じような意味だから問題ないかと自分を納得させながら通訳を続けていると、今度は「sensible = センシティヴ?英語では sensitive だからスペイン語sensitivo になるんじゃ...?」という疑問が。

そもそもスペイン語sensiblesensitivo,a があるのと同様に英語にも sensiblesensitive がありますよね。もうヤヤコシイ匂いがプンプンしてきましたが、今回は英語も含めてその違いを明確にしていきます。

 

【考察】

まずは英辞書からそれぞれが持つ主な意味を抜き出してみます。

sensible
 ①知覚できる|sensible sadness 見て分かる悲しさ
 ②分別のある、賢明な|a sensible decision 賢明な決断
 ③(服装などが)実用的な|sensible shoes 動きやすい靴
 ④著しい|una sensible difference 目立った違い

名詞で「感覚」、動詞で「感じる」を意味する sense に「可能」を表す接尾辞 -ible が付いた sensible はまずは①のように「感じることができる」というそのままの意味を持っています。そこから②のように、物事の良い悪いや他人の気持ちなどを感じ取ることができる「常識的な」という意味につながります。「常識」は common sense と言いますしね。この②の意味から派生して、オシャレ重視ではなく分別をもって機能を重視した③の意味につながるのではないでしょうか。そして、④は目に見えて感じられるのほどの程度の大きさを表すということで①からの派生だと思われます。

一方の sensitive の主な意味は以下。

sensitive
 ①(刺激に対して)敏感な|be sensitive to smell においに敏感である
 ②(精神的に)敏感な、繊細な|a sensitive child 神経質な子ども
 ③扱いに細心の注意を要する|a sensitive issue デリケートな問題
 ④機密の|sensitive documentos 機密文書

一方の sensitive の語義の核は「(感覚が研ぎ澄まされて)敏感な」のようで、ここから①のように五感などの肉体的感覚が鋭かったり、②のように精神的に繊細という意味に始まり、③の意味に広がったと考えられます。そして、さらにその「注意して扱うべき」という意味から④の意味に広がったのかなと。

それぞれこんな意味を持ってたんですね。知らないやつばかり。勉強になりました :)
さて、次にスペイン語sensiblesensitivo,a の定義を DLE から拝借します。(日本語に訳しています)
まずは sensible から ↓

1.(生き物または器官が)感じることが可能
2.(モノが)何かしらの行為に反応する Una película muy sensible A la luz.
3.(機器が)些細な現象や最小限の違いを計測することが可能な Un detector de metales, una balanza sensible.
4. 何かを評価または感情的に反応することが可能な Sensible A la pintura, A su desgracia.
5. 問題に対して受容的であり、その問題に対して解決しようとする Un Gobierno sensible A los problemas ambientales.
6.(ヒトが)感情的な、感情に流されやすい Esa película no es para personas sensibles.
7. 感覚器官を通して知覚可能な El color es una cualidad sensible.
8. 程度や性質によって明らかな、重大な Un sensible aumento del paro. Sensible giro en el rumbo.
9. デリケートな、その特質から特別な注意をもって扱う必要がある Una materia sensible.(sensible)

DLE に記載されている9つの意味にそれぞれ対応する英語を以下にまとめてみました。

    スペイン語sensible の意味  対応する英語 
1. 感じることが可能な  sensible
2.(モノが)何かしらの行為に反応する  sensible
3. 最小限の違いを計測することが可能な  sensitive
4. 何かを評価または感情的に反応することが可能な  sensitive
5. 問題に対して受容的であり、解決しようとする  該当なし
6.(ヒトが)感情的な、感情に流されやすい  sensitive
7. 感覚器官を通して知覚可能な  sensible
8. 程度や性質によって明らかな、重大な  sensible
9. デリケートな  sensitive

めちゃくちゃ英語の sensitive が混ざり込んでますね。
そして、英語の sensible の「②分別のある」と「③実用的な」という意味はスペイン語の方の sensible にはないようです。非常にヤヤコシイ falso amigo ですね。。。
ちなみに、スペイン語では②は sensato,a、③は práctico,a と言うようです。前者の方は初めて知りました。

一方のスペイン語sensitivo,a の定義も見てみると、、、

1. 感覚の Capacidad sensitiva. Trastornos sensitivos.
2. 感じることが可能な
3. 感受性を刺激することが可能な
4. 女性名詞. オジギソウ(sensitivo, va)

こちらは肉体的または精神的な「感覚」の意味のみで、そこから派生した「デリケートな」のような意味は持ち合わしていないようです。英語の sensitive とは大きく異なりますね。
あと、女性形の sensitiva で「オジギソウ」という意味もあるんですね。触れるとお辞儀をするように葉っぱを閉じることから、外部からの刺激に反応することができるということでこの sensitiva という語が名前に充てられたのでしょうか。


さて、スペイン語で「デリケートな」は sensible であることは DLE から明らかになりましたが、この単語を調べていると前回の「patético」同様、興味深い歴史を持っていることが判明しました。
まずは今から10年前の2011年の abc の記事 "Fundéu BBVA: "tema delicado", no "tema sensible" (15/06/2011付)" から ↓

Fundéu BBVA が今日2011年6月15日の記事で、正しい形は "temas delicados" であり、"temas sensibles" ではないということを思い出させた。
メディアでは社会・政治・経済などの分野に関する内容を扱う際にそれらのテーマをよく "temas sensibles" のように言う: La coreografía plantea un tema sensible: la migración ilegal「その振り付けはデリケートなテーマである不法移民を提示している」
RAE の監修を受けて活動している Fundéu BBVA は Diccionario panhispánico de dudas でも明確にされているように、ある事柄や状況に対して delicado と同じ意味で sensible または sensitivo を使用することは間違いであると明言した。

引用内の例文は "un tema delicado" とするのが正しいと述べられています。
この記事が依拠したとしている2011年6月15日の Fundéu の記事はすでに削除されてしまっているのか見つけることはできませんでしたが、この5年後の2016年にも Fundéu は同様の見解を示していました。その Fundéu の記事 "sensible y sensitivo, usos censurables (10/10/2016付)" がこちら↓

sensible または sensitivodelicado「デリケートな」, conflictivo「対立を生む」, crítico「批判的な」, confidencial「秘密の」などの意味で使用することはスペイン語においては不適切である。
Dpd によると「事柄や状況がデリケートな (=delicado)」または「情報が機密の (=confidencial)」という意味での使用は -英語の sensitive からの影響によって- スペイン語sensible にはない意味が与えられている英語的用法であり、避けるべき英語からの意味転用であるとしている。

上で確認した最新の DLE での定義とは異なりますね。つまり、以前は sensible に「デリケートな」という意味は正式にはなかったようです。ただ、その意味で一般的に使用はされていたようですが、それは英語の sensitive からの影響による「英語的用法 (anglicismo)」ということで、スペイン語では"正しくない"とされていたんですね。

状況としては、前回学んだ形容詞 patético の歴史に似ています。というわけで、前回同様、2001年出版の DRAE 第22版で sensible を検索してみると、確かに現在の DLE 第23版の記載内容とは異なる定義が載っていました ↓

1. 肉体的または精神的に感じる
2. 感覚を通して認知可能な
3. 知覚可能な
4. 悲しみや痛みの感情を生じさせる
5. ヒトが容易に感情に流される
6. ある行為に容易に屈するまたは応じる(sensible.)

上の記事にあるように、最新版の DLE とは違い、「デリケートな (sensitive③)」という意味は登録されていなかったようです。

しかし!
同じく2016年の翌11月の Fundéu の記事 "sensible puede equivaler a delicado, crítico (16/11/2016付)" では上の記事とは全く逆の内容が書かれていました。
注目すべきはこの記事の前置き部分 ↓

この記事の推奨内容は、sensible を ‘conflictivo, crítico, confidencial’ という意味で使用することが拒絶されるとしていた DLE 第23版が出版される前の2011年6月15日の記事の内容に取って代わるものです。

この「2011年6月15日の記事」とはまさに一番最初の abc の記事の中で引用されていた Fundéu の記事のことです。

形容詞の sensible は伝統的な意味に加えて、「その特性から特別な注意をもって扱う必要がある (=delicado)」という意味でも DLE に記載されている。
Dpd では delicado, conflictivo, crítico, confidencial, secreto という意味での使用は英語的用法 (anglicismo) であるとして拒絶されていたが、DLE の第23版には9番目の定義として上記のように追加されている。
そのため、«Se le acusa de entregar documentos ultrasensibles a la competencia»や«En el encuentro de los ministros se hablará sobre los asuntos más sensibles de la economía»のような文は現在では正しいと見なすことができる。
sensiblesensitivo はともに「感じることができる」という共通の意味を有しているものの、RAE は sensible とは異なり、sensitivo には「デリケートな」という意味を与えていないため、«El procurador rehúye hablar de casos sensitivos»のような使用は推奨されず、正しくは sensibles(もしくは delicados, conflictivos)を用いるべきである。

なんと、この一ヶ月前の記事とは一転、スペイン語sensible は「デリケートな」という意味で使用可能と述べられています。この一ヶ月の間に一体何があったのでしょうか?

少し調べてみます。
前回の記事でも述べた通り、現在の DLE は第23版で、厳密にはバージョン23.4です。23.0から23.4までの更新年月を調べてみると次のようでした ↓

ver. 23.0 - 2014年10月(紙辞書出版)
ver. 23.0 - 2015年10月(デジタル版)
ver. 23.1 - 2017年12月
ver. 23.2 - 2018年12月
ver. 23.3 - 2019年11月
ver. 23.4 - 2020年11月

相反する内容の Fundéu の記事はそれぞれ2016年の10月と11月のもの。この一ヶ月の間に DLE の更新がなされていて sensible に「デリケートな」という意味が正式に与えられていれば整合性も見えてくるのですが、2016年はむしろこの第23版になってから唯一更新がされていない年の模様。では、この一ヶ月の間に何が起きたのか?

上で引用した DRAE 第22版は2001年の ver. 22.0 のものです。残念ながら、第22版で現在利用可能なのはこの初版のみ。一方の DLE 第23版で利用可能なのは最新版の ver. 23.4 のみ。可能であれば、どのバージョンから正式に「sensible = デリケートな」が認められているのかを調べたかったのですがそれは断念せざるを得ません。。。

しかし、「sensible = デリケートな」が正式なスペイン語的用法であると訂正した Fundéu の記事は2016年11月のもの。DLE 第23版の更新の時系列に照らし合わせると、初回の更新 (ver. 23.1) は2017年12月なので、この Fundéu の記事は ver. 23.0 と ver. 23.1 の間ということになります。ということは、少なくとも「sensible = デリケートな」という定義は DLE の ver. 23.0 には記載されていたということになります。patético に口語における軽蔑的意味が与えらたのと同時期ということになりますね。


では、最後に現在の Dpd での説明を見てみましょう。sensible のページはありませんが sensitivo,a のページはありましたので、そちらの内容を確認します。

「感受性の強い、神経質な」「デリケートな感情を持つ、簡単に感情に流される」や「ある行為に簡単に屈する」といった英語の sensitive から借用した意味での使用は避けるべきである: *«Las personas que tienen ojos azules o verdes son más sensitivas a la luz que las de ojos negros» (Tiempo [Col.] 7.4.97)
この場合は sensible を使用するべきである(sensitivo -va.)

2011年の abc の記事では「Dpd にて delicado という意味で sensible および sensitivo を使用することは間違いであると明言している」という内容がありましたが、どうやらsensible に関しては DLE にも新たに記載されたこともあり、Dpd の内容も更新されているようです。

また、「事柄や状況がデリケートな」という意味での使用も避けるべき英語からの借用である: *«En un tema tan sensitivo se debe actuar con la mayor prudencia posible» (Siglo [Pan.] 15.8.97)
「情報が機密の (=confidencial)」という意味での使用も同様に避けるべきである: *«Se trata de determinar con precisión a qué información sensitiva tuvo acceso el funcionario cuestionado» (Clarín [Arg.] 20.2.97)(sensitivo -va.)

英語の sensitive とは異なり、スペイン語sensitivo,a には「デリケートな」「機密の」という意味はないというのが現在の"正解"であり、完全なる falso amigo なので気を付ける必要があります。ただ、もしかしたら sensible と同様に、その意味での使用がさらに広がっていくと sensitivo,a にもこの「デリケートな」という意味が正式に与えられる可能性も無きにしも非ずのはず。順当にいけば今年も DLE の更新があるはずなので、何かしらの変化がないか目を光らせておきましょう ;)

 

【まとめ】

●「デリケートな」という意味での sensible の使用は、以前は英語の sensitive からの影響による英語的用法と見なされて拒絶されていたものの、現在はその意味での使用は正式に認められている。

● 一方で、sensitivo,a には「デリケートな」という意味は与えられていないため、英語の sensitive とは falso amigo の関係であり、注意が必要である。


同じ言語内で形が似た単語はもちろんややこしいですが、スペイン語の場合だと日本語とは違って、英語などと単語の語形が似ていることも多々あるため、母国語とはいえ、世界中で使われている英語からの影響を受けて自分たちの言語の単語の意味が変わったり、追加されたりということが起こりやすいように思います。
前回の patético,a は英語の pathetic からの影響かどうかは不確かでしたが、今回扱った sensible は英語の sensitive から「デリケートな」という意味を転用されたということで、以前は間違いとされていたものの、今では正式に正しいと見なされているとのこと。
英語のグローバル化が進めば進むほど、必ずスペイン語にも似たような影響が与えられて、元々は falso amigo だったスペイン語単語と英単語が同じ意味を表すようになるというケースも出てくるでしょう。今後も他言語からのスペイン語への影響に注目していきます。