イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

huachicoleo

つい先日の10月23日、ぼくの住むGuanajuato州León市内でガソリンに関してプチパニックがありました。

ニュースによると、ガソリン会社のPEMEXがレオン市と隣(の隣くらい)の街サラマンカ市の間のガソリンパイプをメンテナンスのために閉めるという発表が発端で、ガソリン不足を恐れたレオン市民たちがパニックを起こしてガソリンスタンドに駆け込むという事態になったそうです。
ガソリン供給は滞ることはないともアナウンスされていたにもかかわらず、この発表がガソリン不足という噂を生み出し、そこからパニックが。レオン市当局も「ガソリンの供給に関して問題はない」と声明を出し鎮静化を図るほどの騒ぎでした。
「なんでそれだけでパニックに?」と思われるかもしれませんが、今回の騒動には伏線となる騒動があったのです。。。

 

【きっかけ】

今年の頭、メキシコ国内で大規模なガソリン不足問題が起こりました。
その原因は、昨年就任した新大統領が実施したガソリンの窃盗を繰り返すマフィアなどに対する取り締まり強化でした。マフィアや窃盗団が地下の送油管(ガソリンパイプ)からガソリンを抜き取っていたため、パイプによるガソリン供給を停止し、タンクローリーでの陸送という手段に出たんですが、世界でもトップクラスの車社会のメキシコにおいてそんなものでガソリンが足りるはずもなく。内陸部、特にぼくの住んでいるGuanajuato州は深刻なガソリン不足に陥りました。

また、メキシコ国内最大のガソリン会社PEMEXの内部の人間がそのガソリン窃盗に加担していたというからこれまた驚き。政界や軍部の中にも癒着している人間がいるとのことで、もはや現実の話とは思えません。
"La realidad supera a la ficción" とはこれまさに。

この騒動が終息するまで2ヶ月弱かかりましたが、その間ニュースや新聞等で今回のタイトル huachicoleo という単語をよく耳にしました。
これは「ガソリンの窃盗」という意味で、メキシコにいないとあまり触れることはない言葉だと思います。
今回はそんな知っていればかなりの"メキシコ通"になれる単語に迫っていきます。

 

【語源】

huachicoleo という言葉を初めて聞いたときは何を意味しているのか全く分かりませんでしたが、その語感と意味からぼくが想像したのは次の通り。

まずは、頭の huachi- の部分がなんだかスペイン語っぽくなく、メキシコもしくはアメリカ大陸の原住民語から来てるのかなと思いました。他に hua- から始まる単語は思い付かなかったし、加えてメキシコに来て huasteco(日本語では「ワステカ」と呼ばれるマヤ系統の先住民族やその文化)や huarache(メキシコ料理の一種: 下の写真を参考に)という単語を知ったので、この huachi- がメキシコ周辺の先住民族言語と何かしらの関連があるのかなと。

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huarache

一方で、末尾の -oleo の部分が óleo(油絵)や petróleo(石油)のように「油」関係の意味を表し、huachicoleo に「ガソリン」という意味を付与しているんじゃないかと考えました。

それでは、そんなぼくの思い付きの仮説を証明するためにも、まずは RAE の辞書を開いていきます。
とその前にまずは、ぼくがメキシコ人の友人数人にこの単語について質問して教えてもらった内容を共有しておきます。
元々は「huachicol という単語が(多くの場合、密造酒のような違法に造られて)不純物を含んだアルコール類があった」そうですが、現在はすでに述べた通り「ガソリンを盗むこと」という意味で huachicoleo という単語が用いられてます。
ただ、前者の意味はあまり聞いたことがないという人もいたし、その意味は田舎の方でよく使われていると思うという人いました。そして、後者の意味に関しては、具体的には言われませんでしたが、比較的最近になって市民権を得たという印象があると聞きました。
なので、今メキシコで huachicoleo というと多くの人が「ガソリンの窃盗」の方で理解するそうです。
このことを頭に入れて、一度 RAE の辞書を引いてみます。


が、Diccionario de la lengua española にも Diccionario panhispánico de dudas にも載ってなく、さらにはこういうラテンアメリカボキャブラリーの場合の頼みの綱 Diccionario de americanismos にも記載ナシ!
残念ながら、RAE はこの単語をまだ辞書に取り入れてないようですね。。。
ただ、普通に耳にする言葉なので、ぼくは今後数年の内に新語として RAE の辞書にも掲載されることになるとこっそり予想しておきます :)

さて、辞書による明確な定義は見つかりませんでしたが、De Chile.net の DEEL で調べてみるとその語源に関する記述はありました!

huachicol という単語は元を辿ればラテン語アラビア語に由来する
ガッシュ‹1›」を意味するフランス語の gouache に由来する guache, guachi- + 「精製された物質」を意味するアラビア語al-kohol もしくは al-kuhul に由来する単語 alcohol の語尾 -ol
元々は商売でより利益を上げるために水を混ぜて量を増やしたメスカル‹2›やテキーラのようなアルコール飲料を指していた(そして、現在も指している)(HUACHICOLERO)

ガッシュ‹1› ... 不透明な水彩絵の具の一種
メスカル‹2› ... agave と呼ばれる植物を主原料とするメキシコ特産の蒸留酒の総称。『日本メスカル協会公式HP』なるものを見つけたので詳しくはそちらを参照ください :)

純度100%の状態で素直に売ってしまうよりも水で薄めてかさ増しし、しかし値段は据え置きで売ることで利益を上げていたんですね。ただ、それが必ずしも水だったわけではないようで、「(何かしらの)不純物を含んだお酒」ということで粗悪な密造酒だったと考えられます。
名前だけ聞いたことがある、戦後日本のヤミ市に出回った「バクダン」や「カストリ」なども広義では huachicol に当てはまるんでしょうかね?
国や時代は異なれど人間やってることは皆同じ。「うまい酒が飲みたいだけ!」(『何かしらの不純物』って怖すぎますが。。。)

フランス語の gouache の語源についても書いてました ↓

「水が供給可能な場所」を表すラテン語 ăquātǐo が起源
後に、イタリア語に入り guazzo という形で「浸水した土地、潟、沼地」を意味し、そこから16世紀前半に絵画用語として「絵を描くために水で薄めた色」という意味を持った
その後、フランス語に入り「ガッシュ」を意味する gouache という形になった(HUACHICOLERO)

つまり、huachi- は水 (agua) に関する意味を表しているということなので、huachicol は文字通り「水で割って薄められたアルコール飲料」となるわけですね。
ぼくは頭の huachi- の部分に「メキシコっぽさ」を感じましたが、その起源はフランス語、ひいてはラテン語でしたね。残念。はずれでした。

ただ、他にも諸説あるようで、しかも「もっとメキシコっぽい説」らしいです!早速見てみましょう。

ナワトル語もしくはアステカ語で「頭」を意味する cuaitil と「赤い」を意味する chichiltic から成る guachichiles もしくは huachichiles という言葉に由来する説
これはチチメカ族系統の民族の名前であり、彼らには頭を赤色に塗るという習慣があったためそう呼ばれた
彼らは酔うために非常に質の悪いアルコールを飲んでいたため、19世紀末から20世紀初頭ごろに huachicoleros と呼ばれ始めた(語尾の -olalcohol に由来)
ガソリンを供給パイプから盗む時はパイプに穴を開け、用意していた井戸のような場所にガソリンを一度貯めて、そこから輸送車などに積載するためその際に不純物が混じってしまう
huachichiles が飲んでいた水で割って薄められたアルコールや蒸留酒も同様に不純物を含んでいたため、その類似性から近年(正確な年代は不明確なものの)同じ言葉で表されるようになった(HUACHICOLERO)

酔っぱらうために粗悪なお酒を飲んでいたってトンデモナイですね。。。
huachicoleros は言ってみれば「酒飲みの huachichiles」といった感じですかね?

後半部分のガソリン窃盗の方法についての記述は難しくて正直あまりわかりませんが、ぼくの想像では、パイプから直接吸い取るのではなくて、井戸のように地面に穴を掘ってそこに抜いたガソリンを貯めてから輸送車なり何なりに吸い上げるという方法を取るから、その過程で土とかが混ざってしまうということを言っているのかなと。
「不純物が混ざったお酒」と「不純物が混ざったガソリン」という似た事例から同じ言葉がこれら二つの意味を持つようになったということですね。


そして、もうひとつの説がこちら ↓

カタン地域で「他の地域から来たよそ者」を表し、さらに「兵士、身なりの悪い者、泥棒」を意味する単語 guache, guacha に由来する説
またマヤ語の huach もしくは waach から派生した単語 guachi には「罠、悪事を働くための詐欺」という意味がある
現在では「盗まれたガソリン、もしくは意図的に不純物が混和されたガソリン」という意味を持つ(HUACHICOLERO)

「泥棒」や「悪事」というニュアンスを持つメキシコ周辺由来の言葉から来ているとする説です。
確かに、この説は「ガソリンの窃盗」という意味を持つようになった起源に対する説明としては納得いきますが、ただこの説は「不純物を含むお酒」という先に使われていた方の意味の説明にはなりませんよね。。。

結局のところ、この単語の語源の争点は頭の huachi- 部分がどこからやって来たのかという説は以下のようになります ↓

①フランス語の gouacheガッシュ)説
②ナワトル語またはアステカ語の cuaitil(頭)説
③ユカタン地域の語 guache(泥棒)
 またはマヤ語起源の guachi(悪事・詐欺)説

うーん。。。ぼくはメキシコ周辺の言語に由来すると感じたので②か③の説であれば万歳三唱でしたが、huachicol という言葉が元は「(水などの)不純物が混ざったお酒」を表していたということを考慮するとやはり①の説が濃厚でしょうか。
みなさんはどの説を支持しますか?


さて、今回の記事を書くにあたりネットで色々と調べている中で非常に心強い二つの存在に出逢いました!!
まずは Diccionario del Español de México
早速 huachicol と入力して検索してみると載ってました!

huachicol1
(También cuachicol) Especie de pértiga que lleva en un extremo una canastilla, utilizada para bajar fruta, como manzanas, peras, guayabas, del árbol
huachicol2
1 Bebida hecha con alcohol adulterado
2 Combustible robado de los ductos que lo conducen(HUACHICOL)

一つ目の意味は「フルーツを木から落とすために用いられた先端に小さいかごがついた棒」。なんかナゾの棒まで意味するらしいですね、この単語。どこまで奥深いんでしょうか。
しかし、なんにせよ、しっかり定義されています。その名に恥じない活躍ぶりです!

そして、もう一つの新たな仲間は
Academia Mexicana de la Lengua
huachicol と入力すると "¿Qué significa huachicol?" というタイトルの記事が出てきました。その記事ではこの単語の語源は上で見た③の説であると紹介しています。
うーん、、、どうでしょう?


ここまで死に物狂いで調べてきて、ぼくの中で新たな仮説を導き出したので聞いてください。
やはり、ぼくが一番最初にこの単語に対して抱いた「メキシコっぽさ」というのは、この単語が RAE のどの辞書に記載がない一方で、mexicanismos を扱った新たな二つの辞書では見受けられました。これはすなわち、この単語が「メキシコっぽさ」をまとっているということだと考えます。
ぼくがその「メキシコっぽさ」を感じた huachi- の部分に関して、何か関連するような単語が存在してないか西日辞典で検索してみると huachipear という単語を見つけました。意味は「〘ラ米〙(チリ)盗む、泥棒する」(小学館西和中辞典[第2版])、「《南米》盗む、する」(白水社現代スペイン語辞典改訂版)です。
ちなみに、RAE の Diccionario de americanismos には guachipear の形で記載がありました。

I. 1. tr. Ch. Robar, hurtar, piratear.(guachipear.)

かなり調べたのですが、残念ながらこの動詞の語源に関する記述を見つけることはできませんでした。
ただ、③の説を(有利になるように)参考にさせてもらうと、マヤ語で「騙すこと」を表す huach がこの動詞にも語源的に影響を与えている可能性はあると思います。
なので、完全なる(希望的)推測でしかないですが、この huachi- または guachi- に「(騙して)盗む」という意味が含まれていると考えると、
huachi- (>huachipear: 盗む) + -col (>alcohol: アルコール→ガソリン) という式が出来上がり、「盗まれたガソリン」という意味を持つ huachicol にぴったりあてはまると思うのですがいかがでしょうか?

ただ、これだと③の説と同様に「不純物を含むお酒」という意味へのつながりが薄いというかほぼないか。。。
うーん、、、どうでしょう??

 

【まとめ】

huachicol という単語は元は「不純物を含むお酒」を意味していたが、近年「ガソリンの窃盗」という意味を表すようになった。

● 「不純物を含むお酒」は「水」に関連するラテン語を起源とするフランス語の gouache とアルコールの語末が組み合わさって「(水で薄められるなどして)不純物を含んだアルコール」を意味するようになったという説がある。

● 「ガソリンの窃盗」は huachichiles という名前の民族が飲んでいた粗悪な酒が不純物を含んでいたという点が、ガソリン窃盗の際にガソリンに不純物が含まれる点と類似するため「ガソリンを盗むこと」という意味を獲得した説と、ユカタン地域の語 guache(泥棒)またはマヤ語起源の guachi(悪事・詐欺)に由来する説がある。

● 加えて個人的意見ではあるが、「盗む」を意味する動詞 huachipear, guachipear が上記のユカタン地域の語もしくはマヤ語に由来し、huachicoleo という単語に対して「盗む」という意味を付与していると推測する。


huachicol, huachicoleo, huachicolero, huachicolear...
初めてこの言葉を知ったときも思いましたが、「ガソリンを盗む」なんて意味の単語が生み出されるくらいメキシコではガソリンの窃盗が日常茶飯事だったのかと改めて思いました(笑)

最後に、今月10日付のBBCのニュース記事で、先週のレオンでのプチパニックとは直接関係ないですが新たな単語を見つけたので共有します。
タイトルは Pemex: "Gaschicol", el nuevo y productivo negocio de los carteles en México

記事内に De "huachicol" al "gaschicol" とあります。これはつまり、時は流れて huachicol から gaschicol なる新たな犯罪が増加しているということを伝えています。
ガソリンではなく「LPガス」を供給パイプから盗む行為を
gaschicol もしくは huachigas と呼ぶそうです。

現在、このLPガス窃盗の犯罪件数が爆発的に増加しているそうなのですが、パイプの中を高圧で流れるLPガス(ガスと言ってますが液体らしいです)の扱いは非常に難しく、窃盗の際に発火そして爆発の数も増加しているそうです。

この記事内では gaschicol が6回、huachigas が2回使われており、前者の使用の方が優勢です。
ただ個人的には huachi- は「盗む」というニュアンスを単語に与えていると考えているので、「ガスを盗む」ということで huachigas の方が単語構造的にはしっくりくると思います。
gaschicol だと盗むのはLPガス (gas-) なのかガソリン (-col) なのか、、、

結局どっちも盗むんでしょうけど(笑)
つくづく魅力に溢れたお国だと、、、感じざるを得ません ;)

 

【追記 2020/06/06】

FUNDÉU の2019年1月29日付けの記事 "huachicolero, escritura adecuada" を見つけました。

語頭の文字は g (guachicolero) ではなく、h (huachicolero) で表記する方が望ましい。 

上で調べた語源のほとんどは g(uach-) から始まっていましたが、現在一般的に普及している表記は h から始まるものです。
今回の【語源】内で書いた内容とほとんど同じですが、一応続きの部分も ↓

メキシコでのガソリン窃盗に関するニュースでこの単語やその派生語を見かけることは珍しくない: «En el golfo de México dos buques estaban huachicoleando en altamar», «Los huachicoleros de la zona rompieron el ducto para tener tiempo de escapar», «El Gobierno federal investiga una red de huachicoleo»
El Colegio de México の Diccionario del español de México によると、huachicolero とは「ガソリンを運ぶ輸送管に穴を開けてガソリンを盗む犯罪」と説明している。まだ一般的な辞書に掲載されていない単語ではあるものの、メキシコではすでに広く使用されており、huachicol「盗まれたガソリン、または不純物を含むガソリン」、huachicoleo「(ガソリンの)窃盗行為」、huachicolear「その動詞」などの単語もある。

今回の記事冒頭で書いた通り、2019年の頭に大規模なガソリン不足問題が発生し、その原因の一つがこの huachicolero でしたが、FUNDÉU のこの記事は1月29日付けなので、まさにその渦中で一気に耳にするようになったこの単語を取り上げた形ですね。

また、実はこの huachicolero という単語は、FUNDÉU が毎年選んでいる palabra del año の2019年の最終12候補にもノミネートされていました!メキシコの単語が(スペインのスペイン語寄りの RAE の関連機関である)FUNDÉU によって最終候補まで残ったということなので、なんだかうれしい気が。

ただ、スペイン人の友だちに尋ねてみると、この huachicolero という語は聞いたことなく、スペインでは全く聞かないそうです。あと、やっぱりネイティヴでもこの語を聞いたり見たりしただけでは、その意味は想像できないと。

まあ、そもそも一単語で「ガソリン窃盗」を表すなんて想像できないですが(笑)