イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

チップは義務?

日本ではまず見られないチップ文化。
ぼくはなんとなく欧米諸国の習慣だと思ってたので、スペインに行ったときにスペインにはチップ文化がほとんどないことに驚きました。
滞在した1年弱の間でチップを払ったのは数回あるかないかくらいかと。お高めなレストランで周りのみんなが払ってたので真似て自分も払った記憶はありますが、一留学生が訪れるような場所ではチップを払うことはほとんどありませんでした。
一方で、今いるメキシコはチップ文化の国。事あるごとに propina という名目のもとでお金がトンデいきます。。。
人生初の「チップ大国」での生活だったので最初はソワソワしながら払ってました。

日本語では「心付け」なんていう心温まる和訳があてられることもありますが、このチップという文化、メキシコ人の友だちに話を聞いているとほぼ全員がこの習慣に反対しています。
みんなが口を揃えて言うのは

La propina debe ser voluntaria, no obligatoria.

チップ文化で生まれ育った人たちが反対しているってすごく意外でした。もちろん、camareros(メキシコでは meseros)は基本給がすごく低い、もしくはほとんどもらっておらずチップが主な収入源となっており、チップをもらわないと生活できない人もいるということは、みんな理解しています。
しかし、メキシコに来て驚きましたが、レストランとかでのお会計が「料金の15%をチップとして支払われることを推奨します」という手書きの文言とともやって来ることがあります。
お店側がパーセンテージを指定してくることもありますが、だいたい一緒にいるメキシコ人の友だちが「10%で十分」ということでムシしてますが。

 

【きっかけ】

2011年4月5日付けの El PAÍS の "¿Dejamos propina?" というチップに関する記事を見つけました。

この記事によると、Skyscannerが実施したアンケート調査でスペイン人がチップに関して「最もケチな観光客」として一位にランクインしたそうです。
スペインでも戦後からフランコ政権下の時代ではチップは一般的なものであったものの、少しずつその習慣は失われていき、現在は国内でほとんどチップを払うことがないため、そうなったとか。

今回はそんな日本人にもスペイン人もあまり馴染みのない propina の語源を調べてみようと思います。

 

【語源】

De Chile.net の DEEL で propina の語源を見てみましょう。

"Dar de beber(飲み物を与える)"、つまり「一杯おごる」という意味を表すラテン語propinare に由来
このラテン語ギリシャ語 προπίνω (propíno) に起源を持つ
προ (pro: antes) + πίνω (píno: bebo) から成り、「飲む前‹1›」すなわち「乾杯する」を表す
ローマ人は Propino tibi salutem! ("Te saludo, antes de beber") のように乾杯の際の表現として使用していた(PROPINA)

‹1› 飲む前 ... 原文では "bebo antes de alguien" となっていますが、その後の乾杯の表現の方を参考にして「飲む前」と訳しました。

propina は語源的にはギリシャ語で antes de beber なんですね。
「飲む前」にすること、それはつまり「乾杯」ということでその挨拶として用いられていたと。なんだか粋でいなせな語源じゃないですか!
そして、ラテン語に入って「飲み物を一杯おごる」という意味を表すようになったとありますが、「君に乾杯」するために「一杯おごってあげよう」といった流れでしょうかね?

ネットで調べてみると、チップというのは元々はサービスを提供してくれた人に対して感謝の意を込めて一杯飲めるだけのお金を支払っていたのが始まりという説があるそうです。
つまり、サービスへの対価として「飲み物を一杯おごってあげよう」というということなんですね。まさに語源どおりです。


この propina の語源のページでは、珍しく他の言語での言い方とその意味も載っていました。すごく興味深いので、こちらも引用します。
まずは、ロシア語から ↓

ロシア語では propinar を давать на чай (dabatch na tchai) と言い、これは "dar para el té" を意味する(PROPINA)

「お茶のために(お金を)与える」
ロシアではお茶を飲むことを想定してチップを渡してたんですかね?

フランス語では pourboire と言い、文字通りの意味は para beber(PROPINA)

起源となったギリシャ語では pro (antes) + píno (bebo) ということで「飲む『前』 (antes de beber)」という意味でしたが、フランス語では「飲む『ために』(para beber)」という風にマイナーチェンジが起きてますね。
確かに、サービスしてくれた人が何かを「飲むために」チップをあげるので、意味的はなんの問題もないと思いますが、元は antes を表していた pro がフランス語では para を表すようになった経緯が気になりますね。。。
似てるから、この言葉がフランス語に入った時に曖昧になって pro じゃなくて para となってしまった可能性もあるかもしれませんよね?「意味も通るし、まあいいか」的なノリで。

ドイツ語では Trinkgeld と言う
trik- は beber を意味するドイツ語の動詞 trinken の語根であり、Gelddinero を意味する
すなわち、"dinero para la bebida" を表す(PROPINA)

ドイツ語でもやはり考え方は同じですね。
ただ、単語の構成があまりにもシンプルと言うか、直接的すぎて品がないというか(笑)
言ってしまえば「飲み代」ですからね。まあ、チップの和訳である「心付け」なんて洒落臭い言い方よりはずっと良いですよね :)

ブラジルのポルトガル語では同じ綴りの propinasoborno(賄賂)を意味する
ポルトガル語でチップは gorjeta といい、「のど」を意味するラテン語 gurges を起源に持ち、古フランス語の gorger に由来する gorje + 「行為」を表すギリシャ語の接尾辞 -ta から成る
現代フランス語には gorget という単語があり、溝を掘るための道具を表す
しかし、数世紀前には首やのど (garganta) を守るための鎧の一部を表す言葉として用いられていた
フランス語の接尾辞男性形 -ete、女性形 -ette は縮小辞として使われており、gorgetスペイン語gollete に相当する(PROPINA)

gollete という単語を初めて知りました。
西和辞典で確認してみると「のどの上部、瓶の首」、、、瓶の首??

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この部分に名前あったんですね

ポルトガル語では「のど」に関連する意味を持つ gorjeta と言うそうですが、飲むためには「のど」を使うからこの言葉が用いられるようになったんでしょうか?

それにしても、ポルトガル語propina は「賄賂」を意味するんですね!
トンデモナイ falso amigo が存在しているもんですね。ただ、考えようによっては賄賂も「心付け」と捉えられるので、結局チップと賄賂は紙一重ということでしょうか?(笑)

ちなみに、スペイン語で「賄賂」を意味する soborno の語源も調べてみると ↓

「密かに供給する・施す」を意味するラテン語の動詞 subornare に由来
sub-(下)+ ornare(飾る・施す・供給する)
中世のラテン語ではすでに subornare は何かをしてもらうために人を引き付けるという意味を獲得していた(SOBORNO)

「下から」つまり「こっそり」と「供給する」ものだから賄賂なんですね。
メキシコに来てから dinero bajo de la mesa という表現を知りましたが、これこそまさに「テーブルの『下』から『渡す』お金」ということで賄賂ですよね。
日本語では「袖の下」と言いますね。なんでも「下」から渡すのは良いものではないっぽいですね。

賄賂に関してもうひとつだけ。
メキシコでは(他のラテンアメリカ諸国でも言うかはわかりませんが)、賄賂のことを mordida と言います。なんとなく辞書で見たことあったんですが、実際にメキシコに来て使用されているのを確認しました。
交通違反で警察に止められて免許証かナンバープレートを持って行かれないためにその場で mordida を渡して見逃してもらった、という話を結構聞きます。

実はぼくも一度警察に止められたことがあって、「今いくら持ってる?」「じゃあ、1000ペソでいいから払え」といった感じで、もはや強制的に mordida を払わされたことがあります。無事に免許もプレートも没収されなくて済みましたが、後に話を聞くと外国人だから目を付けられた可能性が高いとのことでした。
トンデモナイ国!(笑)

 

【まとめ】

propina の語源は「飲む前」を意味するギリシャ語であり、乾杯の際の表現として使用されていた。ラテン語に入り「飲み物を一杯おごる」という意味を持ち、そのニュアンスはチップを表すロシア語・フランス語・ドイツ語での単語にも見受けられる。


ぼくは propina 用として常に小銭を入れたお財布(強盗にあった際に差し出す囮用でもある)を常に持ち歩いています。

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メキシコではがま口財布は「おばあちゃん」のイメージらしい。。。


メキシコでは「心付け(propina とそして mordida も含む!)」は切っても切れないくらいに根付いた存在なので、メキシコを訪れる際は色々とご注意ください!:)