イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

estupendamente estúpido

「虚仮の一念岩をも通す」

ぼくの好きな言葉の一つです。
ここで言う「虚仮(こけ)」は思慮が浅い愚かな人のことを指し、バカにするという意味の「人をコケにする」のコケのことです。
「虚仮の一念岩をも通す」とは、たとえ特段優れた才能を持っていなくても自分の目指すをものを一途に追求し続ければ、岩のように大きくて堅い障害があったとしても乗り越えることができるという意味です。
バカらしいと言われようが、愚かと思われようが、一つのことに実直に一本気に打ち込むことの大切さを説くこの言葉。

「愚直」とはこれまさに。

 

【きっかけ】

estúpidoestupendo
どちらもスペイン語一年生で学ぶ単語ですが、「愚かしい」と「すばらしい」という真逆ともいえること二つの単語。一年生の頃はどうしてこうも似ているのかと思いながら、間違って逆を言ってしまわないかと恐る恐る使ってました。間違ったら相当な誤解が生まれますからね。

「愚かだなぁ」と言いたい時に "¡Qué estupendo!" と言い間違えたとしても、「すばらしい(くらい愚かだね)」のように皮肉として捉えることは可能だと思います。
しかし、逆はないかなと。つまり、すばらしいことを褒めたいのに間違えて "¡Qué estúpido!" と言ってしまったらもう言い抜けることはできませんよね。

今回は、これら二つの「形は似ているのに意味が真逆」の単語に語源から迫っていきたいと思います。

 

【語源】

De Chile.netDEEL で語源を見ていきます。
まずは「すばらしい」の estupendo,a から ↓

「呆然とした」を意味するラテン語 stupendus に由来(ESTUPENDO)

語源的には「良い」意味は含んでいないようですが、呆然(というより唖然)とさせられるほど優れているということで「すばらしい」を表すようになったんでしょうか?しかし、この考え方だと逆に「(呆然とさせられるほど)悪い」という意味の方でも捉えることができてしまいますが。。。
これ以上の説明が載っていないので、次に「愚かしい」の estúpido,a の語源を見てみましょう。

「麻痺する、呆然とする」を意味するラテン語の動詞 stupere から派生した stupidus に由来
興味深いことに、この動詞 stupere からスペイン語estupendo という単語も生まれている(ESTÚPIDO)

estupendo と同じ語源っ!?やっぱりここまで形が似ているのにはちゃんと理由があるんですね。
と、驚いていると続きにもっと驚きの事実が ↓

また、estudiosoestúpido の間にも類似性があり、どちらの単語も "pegar, empujar" を意味するインド・ヨーロッパ語族系の (s)teu- という同じ語根から来ている
estudioso は「本にくっつく (pegar) 人」を表し、estúpido は「殴られて (pegar)、呆然したひと」を表す(ESTÚPIDO)

estupendo と estúpido を生み出した語根 (s)teu- から estudioso も生まれていたようです!このままの勢いだと、estu- から始まる単語はほとんどこのインド・ヨーロッパ語族系語根から来ているのかと思ってしまいます。

この pegar の意味を持つ語根から生まれたラテン語の動詞 stupere は「麻痺する、呆然とする」という意味のようですが、これは「『殴って』動けなくする」と解釈するとこの意味に辿り着くかなと。
同じく pegar を「殴る」という意味で捉えて「『殴られて』呆然としている」様子が呆(ほう)けているように映り、そこから estúpido の持つ意味に至ったと考えられます。

estudioso の方はというと pegar を「くっつく」という意味で取って、「本に『くっついて』離れないほど勉強をする」様子から「勤勉な」という意味を表すようになったようです。
ここでふと頭をよぎったのは、英語に「猛勉強をする」を意味する hit the books という口語表現がありますが、これってもしかしてここで見た語源とも何らかの関係があるんでしょうか?「本を『鞭で打った (hit = pegar)』かのようにボロボロになるまで勉強する」という意味で hit なのかなとも考えられますが、estudioso のように「本に『くっつく (pegar → hit)』」としたとも考えられる。。。?
hit のイメージは「衝撃を伴う接触」のようなので、「くっつく」という意味で捉えることも不可能ではないではないかと。ここでの英語とスペイン語間の共通点は単なる偶然か、はたまた必然か。どちらにしろオモシロイことには変わりありませんね :)


他にも "estup-" から始まる単語を調べてみたら、estupefaciente「呆然とさせるような、麻薬の」、estupor「呆然自失、麻酔、昏迷」という単語を辞書で見つけました。どちらも上で見た語源の意味にすでに似ていますね。
語源を見てみると ↓

「呆然とさせる、麻痺させる」を意味するラテン語の動詞 stupefacere
stupere「呆然とする、麻痺する、驚く」+ facere「する、生む」の複合語(ESTUPEFACIENTE)

麻薬は「思考を麻痺させ、意識をボーっとさせる」ものなので、stupere に、hacer に相当する facere(ここでは使役の意味を付加しているんでしょうか?)が組み合わさって生まれる意味にぴったり合っていますね。

もう一つの estupor の語源はというと、

aturdimiento(呆然自失、困惑), pasmo(仰天), torpeza(鈍さ、不器用さ), embotamiento(鈍ること、衰えること)」を意味するラテン語 stupor, stuporis に由来
動詞 stupere + 接尾辞 -or から成る(ESTUPOR)

この単語もまた stupere に由来すると。
また、ラテン語で「麻痺する、呆然とする」を意味するこの動詞から派生して生まれた語彙が他にもあるようで、

stupere は "empujar, golpear" を意味するインド・ヨーロッパ語族系の (s)teu- という語根に関連がある
頭の s を消失して、"golpear, pegar, batir" を意味する動詞 tundereラテン語に生み出し、そこからスペイン語tunda(滅多打ち), contusión(打撲傷)などの単語が生まれた
また、ラテン語tussis から tos が派生した

インド・ヨーロッパ語族系の (s)teu- という語根はゲルマン諸語を通して estoque闘牛士がとどめを刺すために使う剣)や estocada(闘牛のとどめの突き、刺殺)などの単語をスペイン語を生み出した
「殴打、殴打の跡」を意味するギリシャtypos から tipo, arquetipo, estereotipado が派生し、同じくギリシャ語で "pandero(タンバリン), tambor(太鼓)" で意味する tympanon から tímpano, témpanoティンパニ)が派生して生まれた(ESTUPOR)

もはや、想像しきれないくらいに (s)teu- は現代まで子孫を残しているようです。
最後に引用内にある tipo の語源だけ記しておきます。

DRAE は14個の異なる意味を掲載しており‹1›、その中に「型、模型、(活版印刷の)活字」という意味がある
tipoラテン語typus から派生し、その語は「型、刻まれた文字」を意味するギリシャ語 τύπος (typos) に由来する
その typos は動詞の τύπτειν (typtein = golpear) から来ている
古来、ギリシャ人はノミとハンマーを使って石に文字を彫っていた(TIPO)

‹1› ... 現在、RAE のホームページで利用可能である DRAE "Actualización 2019" には15個の意味が載っています。

estup- から始まったのに、まさか最後に tipo に辿り着くなんて。
その tipo もちゃんと「ハンマーでノミを『叩いて』型を刻んでいた」というように、語源の持つ pegar の意味をしっかり含んでいますね。まだまだ味のしそうな語根です :)

 

【まとめ】

● 「麻痺する、呆然とする」を意味するラテン語の動詞 stupere から estupendo, estúpido, estupefaciente, estupor といった語が生まれた。

● stupere は "pegar, empujar" を意味する (s)teu- という語根から来ており、この語根から多数の語を生み出した。


今回の記事を書いている最中に、たまたま日本語の「すばらしい」という語の過去の用法についておもしろい話を知りました。なんでも、昔は「ひどい」という現在とは逆の意味を表していたそうで。
国語辞典にも次のようにあります ↓

3 ひどい。とんでもない。「おぬしもこの女故にゃあ―・い苦労をして今の身の上」〈伎・浮名横櫛〉(す‐ばらし・い【素晴(ら)しい】 goo辞書)

好ましい様子を表す現代用法とは正反対で、過去には望ましくない様子を表していたんですね。

この話を知って思ったのは、スペイン語bueno の用法。
スペインに留学中、大学の先生が開口一番 "Ay... He cogido un buen catarro." と言いました。その時「"良い"風邪」とはなんぞや、と疑問に思いましたが、ここでの buen(o) は程度の高さを表す用法、すなわち「"(程度の)ひどい"風邪」ということですよね。
「すばらしい」も bueno もどちらもポジティヴな意味ですが、悪い意味も表していた・表すという点で似ている気がしました。

このように同じ単語が「良い・悪い」の正反対の意味を併せ持つという表裏一体が存在する一方で、単語は違えど同じ語根から派生して真逆の意味を表すに至った estupendoestúpido の二単語。
語の歴史を覗くことで見えてくる新事実があることを改めて感じました。

これからも「すばらしいほどに愚か」にスペイン語に迫っていく所存です ;)