イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

「ラジオリスナー」はスペイン語で?

前回からの続き。
スペインでもメキシコでもネイティヴoírescuchar を使い分けていないという事実が明らかになったわけですが、彼らがその違いを知らないわけではないというのもまた事実。つまり、厳密な違いを理解しつつも一緒くたに使用しているのが現実でした。

 

【考察】

oírescuchar には「自発的に聞くかどうか」という違いがありますが、改めてその点を明確にするために次の二つの例文を考えてみました。

  ①昨日、同僚の会話をうっかり聞いてしまった。
   Ayer [ oí / escuché ] sin querer la conversación de mis compañeros.

  ②昨日、同僚の会話をこっそり聞いた。
   Ayer [ oí / escuché ] a escondidas la conversación de mis compañeros.

みなさんはそれぞれの文で oírescuchar のどちらを選択するでしょうか?
①では "sin querer" とある通り、意図せずに会話を聞いたということで  が適当である一方で、②では "a escondidas"「こっそり」とあり、隠れて意図的に会話を聞いたということで escuché が適当なはず。つまり、聞き手の聞くという行為に対する自発性を考慮すると「意図せず聞く」なら oír sin querer となり、「盗み聞きする」なら escuchar a escondidas が正しいということになるはずです。

ネイティヴに確認してみるとやっぱりこの考えで正しいとのこと。ただ、それはあくまで理論的に正しいだけであり、前回の結論通り、ネイティヴはこれら二つの動詞を一緒くたに使っているため、escuchar sin querer も oír a escondidas もともに言うそうです。

そう、これが現実。
じゃあ、一体これら二つの動詞を使い分ける場面っていつなんでしょうか?ぼくが一つ思い付いたのは「聞き上手」という表現。パッと言われてもスペイン語に訳すのが難しい表現じゃないでしょうか?ぼくがスペインで知った言い方は "saber escuchar"。
スペイン語を話すということにまだまだ慣れていなかった頃、おしゃべり好きのスペイン人の友だちに "Me gusta hablar contigo porque tú sabes esucuchar." と言われたことがあります。スペイン語で言いたいことがすぐに出てこず、ただただ聞いていただけですが、彼女は優しくもそう表現してくれて、このような言い方を学びました。文脈によっては必ずしも「聞き上手」となるわけではないでしょうが、相手の言う内容に注意を払ってきちんと理解しようとする姿勢を持つ様子を表します。仮にここで "saber oír" としてしまうと音を聞くことができる人、すなわち耳が不自由ではなく、適正な聴力を有しているという意味になってしまいます。

このように聴力なら oír 、聞いた上で内容を理解するなら escuchar という違いもありますよね。ただ、別に考えた次の例文の場合、

  ③若者にしかモスキート音は聞こえない。
   Solo los jovenes pueden
[ oír / escuchar ] el tono mosquito.

ネイティヴによるとどっちでもOKらしいです。。。
なんかぼくも、そして質問に答えてもらっているネイティヴたちももう訳が分からなくなってきてしまいました。。。


とりあえず、気を取り直して。
oír
 と escuchar の混同はスペインでもメキシコでも見られていることが分かりましたが、前回の最後に記した FUNDÉU からの引用部には「ラテン語ではすでにこれら二つの動詞は混同されてい」たとあった通り、これらの混同は場所や時代に関係なく見られるようです。これらの動詞の語源を一応確認しておきましょう。まずは oír から。

ラテン語で「聞こえる」を意味する audire に由来
この語から audio, audiencia, auditor, auditoría などの語が生まれた
audire から oír へ発音の大きな変化はこの語が教養語ではなく、民衆語であるということを示す
音声変化の変遷は以下
・アクセントを持つ二重母音 -au- (audire) から -o- (*odire) への変化
taurus -> toro, pauper -> pobre
d の消失 (*odire -> *oire)
credere -> creer, fidelem -> fiel
・語尾の e の消失 (*oire -> oír)
amare -> amar, facere -> hacer
(OÍR)

続いて escuchar の語源。

"aplicar la oreja(耳を傾ける)" を表すラテン語 auscultare に由来
ラテン語で「耳」を意味する auris と、インド・ヨーロッパ語根で inclinarse「傾く」を表す klei- から成り、「耳で聞くために体を傾ける」という意味を示す
auscultare から escuchar への音声変化の変遷は以下
auscultare -> *ascultare
二重母音の au は通常、o に単母音化するが、この語の場合は au- の u が -scul- の u との間で重音脱落‹1›が起きて前者の u が消失し、a のみが残った
augustus -> agosto
・*ascultare -> escultare
語頭の as- は es- に変化する: abscondere -> asconder -> esconder
escultare -> escuchare
-lt- という子音の連続は -ch- に変化する: cultellus -> cuchillo, multum -> mucho
・*escuchare -> escuchar
ラテン語の語尾の短母音は消失する: legere -> leer, comedere -> comer
(ESCUCHAR)

‹1› 重音脱落 (haplología) ... 単語内で同一または類似する音節が続く場合にその内の一方が消失する現象。cejijuntocejunto, impudiciciaimpudicia, trágico-cómicotragicómico 

どうやらこの audire  auscultare ラテン語では混乱を生んでいたようですね。
それにしてもいつものことですが、audire から oír が、auscultare から escuchar が来ているなんて原型が違い過ぎて想像つかないです。audio などの audi- は oír の方から来ているんですね。

学生時代に英語の「リスニング」テストがありましたが、いつの頃からか「ヒアリング」テストという呼び方の方がよく聞くことに気付きました。ただ調べてみると日本では元々ヒアリングテストと呼んでいたものの、後に本来の意味を考慮してリスニングテストという呼び名が広がったようなので個人的な勘違いだったようです。
ちなみに、DELE では「読む・書く・話す・聞く」の4つの能力を計るテストがありますがそれぞれ Comprensión de lectura, Expresión e interacción escritas y Expresión e interacción orales, Comprensión auditiva という風に言われています。listen に対応するはずの escuchar ではなく、語源的に oír から来ている auditiva が使われていますね。リスニング能力は日本語では「聴解力」であり、「聞」ではなく「聴」が使われており、本来の意味が充てられていると言えます。

しかし、耳がしっかり聞こえているかを計る検査「聴力テスト」でもまた「聴」が使われているのもまた事実。。。スペイン語では prueba auditivaexamen auditivo のようにこちらもまた auditivo,a が使われるそうです。
なんだか oír と escuchar の使い分けの理論に縛られている自分がいますが、これは単純に escuchar 方面の語源から来る形容詞が存在しないから、仕方なく oír 方面の語源である auditivo,a を使う他ないのかなと思います。


さて、そろそろこれら二つの動詞を厳密に区別する必要性が見えなくなってきましたが、最後に個人的に oírescuchar の使い分けの概念が揺らいだ単語 oyente を見ていきます。これこそぼくが今回のテーマを深堀していこうと思ったきっかけになった単語の一つです。

スペインの大学に留学中、都合上受講登録をできなかった授業があり、単位はいいので聴講だけしてもいいですかと先生に何とか伝えようとしていた際、"Ah, ¿quieres asistir como libre oyente?" と言われて「聴講生 = libre oyente」であると知りました。ちなみに oyente だけでもその意味になります。
これを聞いた瞬間、oyente だとあまり集中せずにただ授業に出てるだけのニュアンスになるんじゃないかと考えました。純粋のその授業に興味があるから、単位なんていらないから是非とも先生の授業を「聴」きたいです!という、専攻科目だから仕方なく受講登録している他の生徒よりも絶対にオレの方が意欲があるのに oyente やとぉ?と思ってしまいましたが、聴講生はスペイン語で (libre) oyente というのが事実。
この話を考えると、日本語の方は「聴く」が使われているので聴講生も納得ですね。だって、単位も出ないのに授業を聴きに来るような人が集中しないわけがないもん。


そして、oyente に関してもう一つ。スペインにいた時にラジオリスナーをスペイン語radioyente と言うと教えてもらいましたが、聴講生の時と同じで、oyente だとなあなあで聞いているみたいな感じがします。
例えば「昨日好きな芸人のラジオを聴いた」だと "Anoche escuché la radio de mi comediante favorito." でしょうが、「昨日ラジオを聴きながら勉強した」のようにラジオはBGMくらいの感覚で勉強がメインの場合は "Anoche estudié oyendo la radio." となるとぼくは思います。スペイン人の友人にこのまま確認したところ、理論的にはこの解釈で正しいとのことですが、実際はおそらくほとんどの人が escuchando を使うと思うと言われました。
それでも使い分けの理論から言うと、oír を使うと、そこまで集中せずに軽く聞き流す程度のように感じ、この動詞から派生する oyente もそのようなニュアンスになるのではないかとずっと感じていました。

すると今回、別のスペイン人の友だちにこのテーマの核心に触れる非常に興味深いことを教えてもらいました。スペインの国営ラジオのRNE (Radio Nacional de España) が「リスナー」の呼び方を oyente から escuchante に変えて、スペイン国内でかなり議論になったことがあったそうです。
中学生の頃から平日でも翌日の眠気なんか気にせず午前3時まで夜更かしして聴いてたラジオ好きからしたら oyente なんて呼び方じゃなくて escuchante の方がラジオへの情熱が表されてる気がします(笑)

これを教えてもらった友人はこの escuchante という新しい呼び方に関しては "Suena un poco raro" らしいです。実際、多くの人が (radi)oyente に慣れていたからこの新しい呼び方に違和感を拭えず熱い議論を生んだんだとか。
調べてみると、RTVE(スペインの国営のテレビ・ラジオ放送協会)のホームページの中に2010年9月15日付けの "¿Qué es un escuchante?" という記事がありました。そこでは「"Escuchante" は辞書に載っていないから正しくない」という声に対する反論が書かれているので、少し長いですが引用します ↓

辞書に記載されていなくても正しい単語は数多くあります。例えば "construido" という語を引いてみても辞書に載っていませんが、"construir" の正しい受動分詞(過去分詞)です。また、非常によく使われている動詞 "cabrear" の能動分詞(現在分詞)であり、完全に正しいはずの "cabreante" のような語も辞書には記載されていません。どちらの単語も語形成と派生に関するスペイン語の規則に則っているはずですが、現在の辞書には動詞の不定詞形しか記載がなく、そこから派生する形は記載されていません。
しかし、RAE が今とは異なる基準を有していた頃には辞書に現在分詞やその他の動詞から派生する形が載っており、"escuchante" も我々の辞書に長い間記載されていたことがあります。1732年のスペイン語初の辞書には "escuchante" が動詞 "escuchar" の能動分詞で「聞く人 (el que escucha)」という意味で記載されています。その後1984年までの26回もの改訂版にも記載され、同じ能動分詞である "queriente" も1803年から記載されました。しかし、1992年の改訂版から現在分詞は辞書から消え、"herido" のような分詞であり名詞でもあるような形容詞または名詞と見なされる語のみが残りました。このようにして "queriente" のような語は辞書から消されましたが、名詞化された "vigilante" のような語は引き続き辞書に記載されています。
これと同じ理由から、名詞として特別な意味を与えられた "oyente" という語もまた辞書に載っています。しかし、動詞 escuchar の現在分詞を辞書から省いた RAE の解決策はないままです。Pero no se conoce ninguna resolución de la Academia que haya suprimido el participio presente del verbo escuchar.
しつこく言いますが、正式な語彙(=辞書)の中には名詞化または形容詞化した現在分詞しか載っていません。辞書に記載されていない他の現在分詞は siseante, murmurante, finalizante, apuntante など多数あります。

国営放送がそれまで慣れ親しんでいた oyente を新たな語に変えただけでも議論が引き起りそうなものですが、その新しい語である escuchante という語が辞書に載っていなかったことから、正しい言葉ではないのではないかと考えた人が多かったようです。
しかし、実際はこの引用部の中で述べられている通り、動詞から派生した -ante で終わる能動分詞(現在分詞)は現在の辞書には記載されてはいないものの、正しいスペイン語の活用の一つであり、この escuchante もまた動詞 escuchar から派生して生まれた列記とした正しいスペイン語であると。

ただ、改めて書きますが、スペイン人にとってそれまで「リスナー」のことを oyente としていたのに、急に escuchante となっても、言語学的に正しい正しくないは関係なく、すぐには受け入れられないのが現実だそう。ただ、それでも escuchante の方が escuchar が本来持つ「自発的に聴く」という意味を表す点ではラジオリスナーという語には適している、という意見もありました。

ちなみにメキシコではラジオリスナーは radioescucha もしくは oyente と言うそう。スペインでの新しい呼び方 escuchante という語はおろか、元の言い方だった radioyente という語もメキシコでは使われていないそうです。

 

【今回の結論】

● 「ラジオリスナー」はスペインとメキシコともに oyente は用いる。ただ、スペインでは radioyente に加えて、新たな escuchante という語が広まりつつある。一方のメキシコでは radioyente という語は全く用いられずに、radioescucha という語が使用されている。


今回のテーマについてスペイン人とメキシコ人の双方のネイティヴと色々と話をしたんですが、中には oírescuchar をきちんと使い分けていない現状を憂いている人も複数おり、一種の「言葉の乱れ」に似ているのかなと感じました。
ただ、RAE がこれら二つの混同は間違えではないとしている事実と、場所にかかわらずネイティヴが一緒くたに使用しているという事実から「乱れ」と呼ぶのは適切ではないのでしょうが、本来存在する違いをないものとしている現状はもはや「乱れ」と呼んでも過言ではないのではないでしょうか?

「言語というものは時を経て簡素化していく」と言語学の授業で学びましたが、このような微妙な意味の違いがある二つの動詞 oírescuchar を厳密に使い分けていく風潮は今後さらになくなっていくと容易に考えられますし、これらの派生語に至っては「リスナー」の件のようにある日急に変えられてしまうこともあるかもしれません。

今後、これらの動詞の混同がさらに進むのか、それとも何かをきっかけに語が持つ本来の意味を重視して、今より厳密に使い分けるようになる日が来るのか。。。これからも注意してこれらの動詞を「聴」いていきましょう :)