イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

コロナウイルスは pandemia?

メキシコに渡る直前に「世界史を変えた13の病(ジェニファー・ライト著、鈴木涼子訳)」という本を買いました。しかし、渡墨前に読み終えることはできず。。。実家で「積ん読」の仲間入りしています。

世界史を変えた13の病

世界史を変えた13の病

 

この本の中で「ペスト(スペイン語peste)」が世界史を変えた病の一つとして取り上げられていました。
高校時代の世界史の授業で、中世ヨーロッパでペストという病気が社会的そして政治的に大変動をもたらしたということを習いましたが、その際、ペストのことを「黒死病peste negra, muerte negra)」とも呼んでいました。ずっとなんで「黒死病」というのか不思議に思っていましたが、この本をきっかけに、感染すると皮膚が黒くなり死に至ることからその名が付けられたことを学びました。

14世紀にヨーロッパで猛威を振るった黒死病は、西アジアから帰還した十字軍がヨーロッパに持ち込んだという説があります。それが事実がどうかはわかりませんが、いずれにしろ、当時アジアとの交易が盛んであったという背景が深く関係しており、アジアからの交易品の毛皮に付いたノミにペスト菌が寄生しており、そのノミからヨーロッパでネズミが感染し、そこから人間にも感染が広がったとか。

ちなみに、ペストは人間に先立ってクマネズミなどの齧歯類の間で流行が見られるそうです。そのため、ペストは漢字では「疒(やまいだれ)」に「鼠(ネズミ)」と書いて「癙」という風に書くそうです。(漢字検定対象外)

 

【きっかけ】

新年に入って中国から物騒なニュースが飛び込んできましたね。

新型の「コロナウイルス」による肺炎が中国で死者を出し始め、日本でも感染者が確認されたとか。。。このまま大流行が始まって「パンデミック (pandemia)」になるんじゃないかとメキシコで心配している今日この頃ですが、ニュースでは pandemia という単語ではなく、epidemia という単語が使われています。

こうなると、ニュースの内容よりもこの二つの単語の違いの方が気になってきてしまう性で、さらには、同じ -demia で終わる endemia という単語との違いや関係性は何かも気になってきて、もう眠れません。

ということで、今回はこの三つの単語 epidemia, pandemia, endemia の使い分け方を確認します。

 

【語源】

まずは、語源を De Chile.net の DEEL から見ていきます。

一つ目は epidemia 。その語源はというと、

特定の時間で大人数に影響をもたらす病気を指す
「病気」を意味するギリシャ語の epidêmon nosêma に由来
έπινδημίά は epi (sobre) と dêm- (pueblo: 民衆) から構成され、'estancia en el país' つまり、人がある場所に定住することを表し、そこから病気がある場所に定着することを意味するようになった(EPIDEMIA)

まず、三つの単語に共通する -demia の部分に関してですが、ギリシャ語で「民衆」を表す dêm- が由来とのことで、democracia(民主主義)、demagogia(民衆扇動)、demografía(人口統計学)などの単語にも含まれていますね。
一方で、頭の epi- はここでは sobre とされている通りに「上・表面」を表す接頭辞です。スペイン語では epicentro(震央→震源の真「上」の地上)や epidermis(表皮、上皮→dermis(真皮)の「上」の部分)といった単語に見られます。

epidemia は「人々がある場所(の上)に定住すること」を意味していたところから、「病気がある場所に定着すること」を表すようになったと。引用部一行目の「特定の時間」という点が流行りと終息があるということで「流行病」を指しているんだと思います。


二つ目は pandemia 。その語源は ↓

かなりの地域に蔓延した病気を指す
「病気」を意味するギリシャ語の pandêmon nosêma に由来
πανδημίά は pan (totalidad: 全体) と dêm- から構成され、'el pueblo entero' を意味した(PANDEMIA)

接頭辞 pan- はおなじみの RAE の辞書 Diccionario panhispánico de dudas の名前の中にある panhispánico(汎スペイン語圏の)や panorama(全景、パノラマ)のように「広く全体に行き渡る」という意味を表し、漢字の「汎」に当たります。
この接頭辞が持つ意味通り、pandemia は 'el pueblo entero'、つまり「全ての民衆」に広く蔓延する病気である病気を指します。この語源から、epidemia よりも影響範囲が広く、規模が大きいということが分かりますね。


最後の三つ目は endemia 。その語源は次の通り ↓

ひとつの地域に習慣的にもしくは繰り返し定着する病気を指す
「ある地域に存在する病気」を表すギリシャ語の endêmon nosêma に由来
ένδημίά は endêm- から構成される(ENDEMIA)

ここで注目すべきは「習慣的にもしくは繰り返し」という点です。ある地域に定常的に存在している病気ということは、少なくとも「流行」の病である他二つとは異なるということでしょうか?


ちなみに、epidemia のページに

口蹄疫などの大多数の動物に影響を与える病気を epizootia という
"zootia" の部分は zoonosis(動物原性感染症)の単語に見られるように動物を表すギリシャ語 ζωον‹1› (zôion) に由来する
epidemia はヒトへの病気のみを指すため、動物への病気は指さない(epidemia)

‹1› ζωον ... 細かいですが一応。原文では二文字目の ω には tilde (ñ の上の記号) に加えて、下に . が付いていますが、この文字を打つことができなかったので ω としています。

今回のテーマの三つの単語に共通する -dem- の部分は「民衆」ひいては「人間、ヒト」という意味を表すため、epidemia, pandemia, endemia はあくまでヒトが罹る病気のみを指すと。
これに対して、動物が感染する場合は -demia ではなく、「動物」を表す -zootia が用いられて epizootia となるそうです。ネットで調べてみると、この「動物への病気」の方も epizootia, panzootia, enzootia という風に三種類あるそうです。

 

【違い】

すでにある程度違いは見えてきましたが、一応三つの単語の違いを調べたので書いておきます。

2020/01/23付けの MILENIO の記事 "¿Qué es una pandemia y por qué es diferente de una epidemia?" を見つけたので、参考にさせてもらいます。

まず、epidemia については

ひとつのコミュニティの大部分を襲う病気で、その土地の外へは出ていないものである。
diccionario médico de la Real Academia Española では「ひとつの国である期間蔓延し、大多数の人間に被害を及ぼす病気」と説明されている。

RAE にはスペイン語での医療用語の辞書もあったんですね!さすがです。
一方で、pandemia に関しては

世界保健機構(WHO)によると、世界的もしくは二つ以上の国で蔓延する新種の病気のことを指し、さらに未知のウイルスや既知ウイルスからの変異が、その予防策や対応策が不足しているために複数の国に蔓延する状況も指す。
一方、国連は pandemia の大多数の場合は動物由来の流行性感冒(すなわちインフルエンザ)ウイルスから発生する、としている。

そして、この二つの違いというのが

「病気の地理的拡大」と「感染者の増加」の二点で、epidemia より pandemia の方がこの割合が大きい

この記事によると、蔓延する範囲は epidemia は「一国」なのに対して、pandemia は「二つ以上の国」となっています。すなわち、規模の大きい epidemiapandemia と言えそうです。
他方で endemia はというと、

一国またはある地域の住民に頻繁に影響を与え、特定の地域内で留まる病気(の出現)を意味する。

先に見た語源の件でもありましたが、「特定の地域内で留まる」ということは他の二つとは違って「流行性」の病気のことは指していないようですね。
同じ -demia という形を持ち、病気を表す単語ということで勝手に一緒くたに考えていましたが、この「流行性」という点において一つ大きな違いがあるようです。

また別の記事も参考にしますと、BBCの "Coronavirus: What are viruses? And how do they spread?" (2020/01/24付) という記事内の動画では、

endemia
ある地域で一年中流行状態の感染症を指し、イギリスでは水ぼうそうなどがエンデミックに当たる。さらに、アフリカの一部地域におけるマラリア熱もエンデミックに該当する。

epidemia
感染症が広がってピークに達し、その後減少することを指す。イギリスでは毎年秋から冬にかけてインフルエンザの症例が増加し、ピークに達した後にこのエピデミックは終息する。

pandemia
エピデミックがほぼ同時に世界中で起きる状態を指す。2009年にはメキシコ発のエピデミックのインフルエンザが世界中に広がりパンデミックとなった。

非常に明確に違いが説明されていました。最初からこれが欲しかった!(笑)


最後に、コロナウイルスを例にしてみます。
関連のニュースをスペイン語で数多く見たり聞いたりしていますが、endemia という単語はまず見受けられません。それはやはりコロナウイルスによる感染症は年中流行しているものではなく、年明けに急に流行りだした病気であるためだと考えられます。
そのため、ほとんどのニュースでこのコロナウイルスepidemia という単語で扱われています。

そして、CNN の "¿Podría el coronavirus de Wuhan convertirse en una pandemia?" (2020/01/22付) の記事タイトルからも分かる通り、このコロナウイルスという epidemia が今後さらに感染範囲を広げてより多くの感染者を出す可能性を示唆して、「武漢コロナウイルスpandemia になり得るのか?」という風になっています。

つまり、このコロナウイルスは現在 epidemiapandemia の間に位置している状況と言えると思われます。
ということで、この三つの単語の感染地域規模は

endemia < epidemia < pandemia

であり、endemia は他の二つとは異なり、流行性の病気ではなく、特定の地域での慢性的な病気を指す、ということが分かりました。

 

【まとめ】

● endemia ... ある地域で慢性的に根付いている病気

● epidemia ... 一つの地域で一時期流行する病気

● pandemia ... 世界的規模で一時期流行する病気

● endemia
は他二つと異なり、一時的に流行るものではなく、常にある地域に存在している病気を指す。一方で、epidemiapandemia はともに一時的な流行病であり、epidemia の「感染地域と感染者数の規模」が増加することで pandemia となる。



人類の歴史で、最も多い死者を出した病気の一つであるペスト。そして、このペスト菌を世界で最初に発見した研究者の一人が日本の北里柴三郎
なんかどっかで耳にしたことあるような名前だなと思ったら、2024年に新千円札の肖像画になる偉大な人でした!どんなデザインになるか今から楽しみです :)

 

【追記 2020/04/07】

コロナ関連のニュースを追っていると、2020年4月6日付けの CNN Español の記事で次の二文を見つけました。

A partir del lunes 9 de marzo, CNN empezó a utilizar el término pandemia para describir el brote actual de coronavirus debido a que muchos epidemiólogos y expertos en salud pública argumentaban que el mundo ya está experimentando una pandemia debido al nuevo coronavirus. El 11 de marzo la Organización Mundial de la Salud declaró que el nuevo brote de coronavirus es una pandemia.

訳してみると、

「多くの疫学者や公衆衛生の専門家が、世界はすでに新型コロナウイルスによって pandemia を経験していると議論していたため、3月9日以降CNNはコロナウイルスの現在のアウトブレイクに対して pandemia という用語を使い始めた。世界保健機構 (WHO) は3月11日にコロナウイルスの新たなアウトブレイクpandemia であると宣言した。」


コロナウイルスpandemia?」というタイトルで1月29日に記事を投稿した際は記事内でも言及している通り、epidemia という単語の使用が優勢でしたが、それから一ヶ月ちょっとでWHOが pandemia であると宣言するまでに至ってしまいました。
各々気を抜かずに予防していきましょう。

 

【追記 2020/06/04】

FUNDÉU の2020年3月13日付けの記事で "pandemia global/mundial" という言い方は pandemia「世界的大流行」と golbal/mundial「世界的な」の組み合わせということでこれらの形容詞での修飾は重複に当たるのではないかという疑問に関して言及していました。

世界保健機構はCOVID-19についての英語での公式発表では pandemic という語を用いており、global pandemic とは述べていない
Oxford などの英語の辞書の中には、「pandemia は一国全体または世界に悪影響をもたらす」と明記されているものもあるため、pandemia global もしくは pandemia mundial という言い方は重複であると捉えられる
しかし、例えば Diccionario de la lengua española や Real Academia de Medicina の Diccionario de términos médicos、Cambridge
などで pandemia を検索すると「多くの国々に悪影響を与える」とあり、必ずしも「全世界」ではないため、この語を global, mundial で形容することが冗長であるとは断言できない
さらに、これらの形容詞が pandemia という語の意味を強調している様子が多くの文章で見られるため、不適切な用法とは見なされない

上の【語源】で、pan- の部分は「全体、汎」を意味し、-demia と合わさることで「全ての民衆」を表すと確認しました。この語源的にも、必ずしも対象者が全世界の民衆ではないですね。
上で学んだことを踏まえると、

  "epidemia global" = pandemia

という風になるかなと個人的に考えますが、定義的にも語源的にも global という意味を含んではいないので pandemia global と言い方は冗長ではないですね。

引き続き、コロナウイルス関連のニュースをこの点にも注目しつつ見ていきます。