イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

Se me ha rompido.

大学で受けた言語学の授業で、言語は単語であれ文法であれ時代を経るにつれて簡略化されていくものであると教わりました。
例えば、古英語ではスペイン語のように人称によって動詞の活用が変化していましたが、その屈折が衰退したことによって現代英語では現在形であれば3人称単数に活用する時にのみ -s を付けるというシンプルなものになったそうです。さらに、古英語には接続法が存在していたけど、これも衰退し、現在は簡略化された仮定法に変化したんだとか。つまり、この「衰退」こそが言語の「簡略化」なのです。

それは動詞の過去形にも起こり、例えば英語には過去形の活用に関して規則動詞 (play - played) と不規則動詞 (make - made) が存在しますが、実は元々は -ある程度の規則はあったようですが- 動詞は基本的に不規則活用をしていたんだとか。今では語末に -ed を付けるだけで簡単に過去形に変えることができますが、昔はそれぞれの動詞がそれぞれの過去形を持つというめちゃくちゃ煩雑な時代があったそうです。この状況に「言語の簡略化」が起きたことによって現在のように -ed を付けるだけで規則的に活用できるようになったんだそう。

しかし、言語というものが難しくて同時におもしろくもあるのは、よく使われる単語ほど不規則形を獲得するという現象もあるところ。簡略化とは反対の流れですが、こちらもどの言語にも見られる普遍的な現象であり、動詞の活用だけではなく名詞の複数形 (foot - feet) などにも起きています。元々規則的ではなかった動詞の過去時制の活用形が -ed の出現によって簡略化したものの、頻繁に使用される動詞は不規則形を維持、もしくは一度 -ed を受け入れたものの「頻出語の不規則化」を経て不規則形に落ち着いたんだそうです。例えば、現代英語では has, had と不規則に活用する have も、なんと過去には規則的に haves, haved のように活用されていた時代があったんだとか。

前回の記事「ネイティヴの間違い : Tal vez haiga gente así.」で古スペイン語時代に主要な動詞に /g/ の音が与えられて poneopongo に、teneotengo になったと学びましたが、これも「頻出語の不規則化」に当てはまりますね。

 

【きっかけ】

スペイン留学時のホームステイ先に4歳の女の子がいました。もちろん、母国語はスペイン語。ある時、遊んでいたおもちゃが壊れてしまった際にその子が "Se me ha rompido" と言いました。すると、近くで夕食の準備をしていたおばあちゃんが「rompido じゃなくて、そこは roto って言うんだよ」と教えてあげている状況に出くわしました。
覚えている限りでは、その子は他にも abiertoabridovueltovolvido のように動詞から規則的に過去分詞の形を作っており、その都度家族に「こう言うんだよ」と教えてもらっていました。当たり前ですが、(ネイティヴとはいえ)子どもだったらやっぱりこういう風に間違えるんだなと思うのと同時に、こうやってスペイン人もスペイン語を身に付けていくんだなとなんだか感動しました。

そんな rompido という形ですが、前回引用した記事の中で動詞 romper の分詞形が過去の時代には rompido という形であったということを知りました。この形は衰退し、現在は不規則活用の roto 一択ですが、昔はこの規則的に活用した形が一般的だったようです。
一方で、同じ記事の中に、時を経て「"impreso" の代わりに "imprimido" という活用形が認められた」ともありましたが、このように淘汰されずに imprimirfreír のように規則分詞と不規則分詞の二つを認められている動詞も存在しますよね。
今までは分詞なんて不規則だけ覚えて、それ以外は語尾を -do に換えて終わりと思っていましたが、このテーマも掘っていけばおもしろそうな気がします。というわけで、今回は動詞の過去分詞について探っていきます。

 

【考察】

Nueva gramática から、まずは次の項を引用します。

現代の教養的言葉遣いにおいて規則活用形を同時に持たない不規則分詞について言及する
不規則分詞の規則活用形の多くはしばしば中世スペイン語または古典スペイン語で使用されていたことが確認されている一方で、今日でもいくつかの国で通俗的スペイン語として使用されているものもある
しかし、それらの形はフォーマルな使用法とはなっておらず、その使用は避けることが推奨される
心理言語学の調査によると、全てのスペイン語圏地域において言語習得の初期段階の幼児が不規則に活用する分詞を持つ動詞を rompido, morido, volvido のように規則的に活用するという強い傾向が見られる(§4.12j)

英語と同じようにスペイン語の不規則活用形たちもまた、過去の時代に規則活用形を経てきたんですね。同じ項でこの rompido という形に関して以下のように述べられています。

ROTO: de romper
規則活用分詞 rompido という形は中世スペイン語と古典スペイン語では非常に普及しており、16世紀末まで使用された
今日ではすでに使用されておらず、不規則活用形の roto が望ましい: ¡Una muela en la boca me has rompido! (Tirso Molina, Burlador)
メキシコ、中央アメリカ、アンティル諸島アンデス地域の一部の通俗スペイン語では依然として使用されているものの、標準スペイン語にはなっていない
また、Un no rompido sueño のようにわざと擬古的に表すために用いられることもある(§4.12j)

少なくともぼくはメキシコでは rompido という形が使われているのは聞いたことはなく、メキシコ人の友だちに聞いてみても、先に引用した部分でも小さい子どもが間違えて規則的に活用してしまうと書かれていたように、rompido は幼い子供の言い方という印象を受けるそうです。
しかしながら、16世紀末までは roto ではなく rompido という形が一般的だったという衝撃。このことから「過去の言い方」としてわざと古めかしい雰囲気を出したい際に使われることもあるんですね。

さらに調べていると、メキシコ版の RAE に当たるであろう組織 Academia Meixcana de la Lengua のホームページで "Roto o rompido" という記事を見つけました。この記事によると、、、

正しい分詞は roto か?rompido か?
rotorompido も両方正しい形です。現在のスペイン語でより使用されている形は不規則形分詞の roto であり、rompido という形は避ける方が好ましいです。
しかし、中世スペイン語と古典スペイン語では規則形分詞 rompido はかなり普及していました。

なんとここでは roto とともに rompido という形も「正しい」と明言しています!確かに、上の Nueva gramática では「roto が望ましい」という風にしか述べておらず、rompido が使用を避けるべき間違いであるなどとは書かれていません。しかし、正しいとまで言い切ってしまうということは Nueva gramática の引用内にある通り、メキシコでは地域によってはこの過去の形がある程度使用されているということなのでしょうか?改めてメキシコ人の友人複数に尋ねてみましたが「rompido は正しい」と言う人は少なくともぼくの周りにはいませんでした。

もっと調べていくと RAE のツイッターに行き着きました。そこでは次のように述べています ↓

「«romper»の分詞としては«roto»のみが有効であり、*«rompido»は有効ではない」としています。さらに、

「過去の規則形分詞«rompido»は現代のスペイン語規範の観点から有効ではない」と述べており、メキシコスペイン語の権威であろう Academia Meixcana de la Lengua とは対立する見解を持っているようです。スペイン語が多様性のある言語であることが窺い知れますね :)


さて、上で引用した同じ項にその他の不規則分詞に関しても紹介されているので、それぞれいつの時代まで使用されていたのかを古い順に並び変えてみると次のようになりました ↓

puesto (< poner) : 古スペイン語では ponido
abierto (< abrir) : 中世スペイン語では abrido
visto (< ver) : 中世スペイン語では veído
muerto (< morir) : 17世紀まで morido
vuelto (< volver) : 17世紀まで volvido
cubierto (< cubrir) : 18世紀まで cubrido
(§4.12j)

過去の文学作品なんかを原文で読んでみると、これらの不規則分詞が規則的に活用された形で使われているのに出くわすかもしれませんね。
同じく escribir でも escrito ではなく escribido という形が使用されていた時代があるようなのですが、他の分詞とは違って現代でもこの形が使用されることがあるようで、、、

ESCRITO: de escribir
中世スペイン語では escribido という形が使用されていた: Et aún sobre ello me fue escribido por los dichos procuradores vuestras (Protesta)
この形は leído y escribido「博識ぶっている」という定型句で残っている: Más parecía señor leído y escribido en mal trance que personajillo de dudosos caminos (Ayerra, Lucha)
また、連続して類似した内容が現れる際にも使用される: [...] con todo lo inteligente, bien hablado, bien escribido, letrado y titulado que es (Caretas 3/7/1997)(§4.12j)

leído,a はよく本などを読んで「博識な」という意味があるようで、leído y escribido だとよく読んでよく書くことから「読み書きができる」のような意味に捉えられます。識字率が極めて低かった時代であれば文字の読み書きができるのは博識と見なすに値することだったはず。しかし、その意味は皮肉的に「博識ぶった」となるようです。
もしかしたら、"Yo soy leído y escribido"「オレは(読み書きができるほど)博学なんだぜ」と言いながらも正しい形である escrito ではなく escribido という形を使ってしまっているのを揶揄して「博識ぶった」という意味を表すようになったのかもしれませんね。

 

【ここまでの結論】

● 現代スペイン語では不規則形の分詞を採る動詞 romper (>roto) や poner (>puesto) などは過去の時代には規則的に活用した rompidoponido が分詞として一般的に用いられていた。


今回は規則形が淘汰されて不規則形のみが残った今回の動詞の分詞の歴史を紐解きました。次回は規則形と不規則形の分詞を二つ持つ動詞について調べていきます。