イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

ネイティヴの間違い : Tal vez haiga gente así.

ネイティブが犯すスペイン語の間違いということで、メキシコに来てから知った二つの間違いを見ていきます。

 

【考察】

En tal caso deben de reportar.
そのような場合は報告しないといけないです。

先にこの動詞 deber の用法を Dpd からおさらいしておくと、、、

義務を表す: «Debo cumplir con mi misión» (Mendoza Satanás [Col. 2002])
この意味の場合、今日では不定詞の前に前置詞の de を置くことは教養的規則では拒絶されている: *«Debería de haber más sitios donde aparcar sin tener que pagar por ello» (Mundo [Esp.] 3.4.94)(deber. 2. a) deber + infinitivo.)

可能性または推測を表す: «No se oye nada de ruido en la casa. Los viejos deben de haber salido» (Mañas Kronen [Esp. 1994])
しかし、この意味の場合、前置詞を置かない使用法も教養ある言葉遣いにおいて認められている: «Marianita, su hija, debe tener unos veinte años» (VLlosa Fiesta [Perú 2000])(deber. 2. b) deber de + infinitivo.)

「義務(~しなければならない)」を表す時は«deber + 不定詞»、「推測・可能性(きっと~のはずだ、違いない)」を表す時は«deber de + 不定詞»ですよね。しかし、二つ目の引用にある通り、後者の意味の場合は de を省略することもできます。スペイン語一年生でこれを習った際に「省略してもうたら義務か推測か分からんやんけ」と思いましたが、そこはもう文脈に頼るしかないのが現実。

次の二つの例文。

Debe estar en su casa.
家にいないといけない。

Debe de estar en su casa.
家にいるはずだ。

文脈としては、例えば在宅勤務が増えつつある今のご時世で「勤務時間中は家にいなければならない」なら前者。勤務時間内なのにメールにも電話にも反応しない在宅勤務者がいて「この時間は家にいるはずなのになぁ」と言うなら後者ですよね。
しかし、推測の意味でも de を省略することはルールで認められているので結局のところ、"Debe estar en su casa." は両方の意味を表し得るということです。どちらの意味か明確にするためには文脈から考える必要がありますね。

しかし、メキシコ人の友だちに話を聞くと "Debe estar en casa" も "Debe de estar en casa" も「義務」に聞こえるんだそう。「推測」にしたいのであれば "Debería estar en casa" か "Debería de estar en casa" のように deber を過去未来形に活用することで表すと。
これはスペインでも同じですね。確認のためにスペイン人の友人にも尋ねてみると、「義務」なら "Debe estar en casa" で、「推測」なら "Debería estar en casa" と言うと。もちろん、推測を表す場合は "Debería de estar..." でも正しいし、逆に "Debe estar..." でも推測の意味になり得るけど文脈が分からない場合はやはり義務に聞こえるんだそう。
まとめると次のようになります。

  地域      義務       推測・可能性
スペイン  «de なし» + 現在形

 «de なし» + 過去未来形
(«de あり»も可だが省略傾向あり)

メキシコ  «de あり» + 現在形
(«de なし»も可だが少数)
 «de あり» + 過去未来形
(«de なし»も可だが少数)

さて、«de なし»で推測・可能性を表す用法について Nueva gramática では次のように述べられています ↓

«deber + 不定詞»が可能性を表すために用いられている使用例はラテンアメリカスペイン語でもヨーロッパのスペイン語でも確認されているが、ラテンアメリカでの使用例の方が比較的多い
また、この用法は高名な作家の作品の中でも見られるほどにかなり広がっている
Es verdad que nadie ha estado en ese cuerto por lo menos en un siglo  ーdijo el oficial a los soldadosー. Ahí debe haber hasta culebras (García Márquez, Cien años)(§28.6j)

さらに、その次の項には以下のようにありました ↓

スペイン語圏でのすべての言葉遣いのレベルにおいてその使用が広がっていることから、推測や可能性の意味で«deber + 不定詞»の構造の使用は間違いであると見なすことはできない
しかし、義務を表す際は前置詞 de がない形が推奨される(§28.6k)

«deber + 不定詞»の形で義務も推測も両方表すことができると習った際に「結局 de を付けなくてもエエんかい」と思いながらも「オレは甘えずにちゃんと区別していこう」と心に決めました。しかし、そんな気概もむなしく、スペインに行ってスペイン人と話していると結構な割合で推測の意味でも de なしで使っている人がおり、まさに §28.6k の引用部の内容を肌で感じました。

そして、問題はここから。
ぼくが例文として記したように、実はメキシコでは義務を表しているにもかかわらず de が出現するのです。つまり、«deber de + 不定詞»の形で義務と推測の両方の意味を表してしまうということ。この使用法に関しても Nueva gramática で言及されていました。

同様に、特にラテンアメリカスペイン語において、義務を表すために«deber de + 不定詞»が使用されることも多い
古典スペイン語の時代にすでに確認されていたこの迂言法の使用は現在では特にメキシコや中央アメリカで頻繁に見られ、またベネズエラやその他のカリブ海地域の国々やアンデス地域の国々などでは教養ある言葉遣いの中でも使用されている(§28.6k)

先に見た通り、ルールとしては«deber + 不定詞»の形は両方の意味を表すことが可能ということになっていますが、メキシコでは義務と推測の両方の意味をともに«deber de + 不定詞»の形で表すというのが現実なのです。
日常会話ではもちろんのこと、例えば会社の重役会議などのフォーマルな場面でもメキシコ人の口から«deber de + 不定詞»の形で義務を表しているのを耳にします。個人的な感覚としては、メキシコでは義務を表す際も«de あり»の形が使用されていることの方が圧倒的に多いと思います。今回メキシコ人の友だち複数に尋ねてみたところ、総意としては「«de なし»でも義務を表せるけど«de あり»の方がよく使われてる」といったものでした。実際にメキシコで生活している身からすると、ここまで«de あり»の形で義務が表されているので、これを「間違い」と見なすのは適切ではないと思います。

ぼくは今回「ネイティヴの間違い」と題し、その一つとしてこの形を取り上げましたが、-正確なデータこそありませんが-メキシコ人も認めるようにメキシコで使用率が高い«de あり»の形はここメキシコでは多数派なのです。§28.6k からの引用部に「スペイン語圏でのすべての言葉遣いのレベルにおいてその使用が広がっていることから(中略)間違いであると見なすことはできない」とあることからも、文法や語用の正誤というのは多数派によって決まり、つまりは「多数派が正である」というのが摂理だと思います。義務の意味での«deber de + 不定詞»はスペインでは少数派ではあるものの、メキシコでは多数派であれば、この形はメキシコでは「正しい」と言えるはずです。

この義務の意味での«deber de + 不定詞»の使用について Dpd では「教養的規則では拒絶されている」と述べられている一方で、Nueva gramática では「de がない形が推奨される」とはあるものの、規則に反する間違いであるとはどの項にも書かれていません。
ここで言及すべきことが一つ。実はほぼ毎年内容のアップデートが行われている DRAE とは異なり、Dpd は出版された2005年からその記載内容は更新されていないのです。実際、Dpd のHPには検索ボックスのすぐ下に次のような注釈があります ↓

f:id:sawata3:20210228122751j:plain

Dpd のHPより

要約すると「今の Diccionario panhispánico de dudas は2005年に発行された版のままなので、後に出版された Nueva gramática de la lengua española (2009) や Ortografía de la lengua española (2010) とは内容に違いあることを考慮してください」と書かれています。さらに、ページの右側の "AYUDA" の欄には「現在、Nueva gramática と Ortografía での記載内容へアップデート中」である旨が記されています ↓

f:id:sawata3:20210228122852j:plain

Dpd のHPより

つまり、Dpd の内容は"一昔前"のスペイン語の話なのです。実際、後に出版された Nueva gramática ではメキシコで多数派である使用法が「間違いと見なされる」や「規則に反する」のような咎めることはどこにも書かれていません。いつ Dpd のアップデート版が出るかはまだ分かりませんが、ぼくの予想では、その更新版ではRAE が正式に«deber de + 不定詞»の形での義務を表す使用法を「正しい」と見なすと考えています。そのくらい、メキシコでは一般的に使われているのです。



Tal vez haiga gente así.
多分そういう人もいるだろうね。

最後はメキシコで教えてもらった間違いです。
以前シェアハウスに住んでいた頃にルーミーとアパートの管理人さん(ともにメキシコ人)と話した際、管理人さんが帰った後にルーミーに「彼が haiga って言ってたの聞いた?それは間違いだから使っちゃダメだよ」と言われました。正直、ぼくはその管理人さんの話すスペイン語のアクセントや話し方とかが難解でほとんど聞き取れなかったので気付かなかったのですが、なんと彼は haber の接続法現在形を haya の代わりに haiga というナゾの形を使っていたというのです。
ルーミー曰く「田舎育ちできちんとした教育を受けていない人が使うイメージ」なんだそうで、使わない方がいいとのことでした。(「田舎」と言ってもメキシコの田舎は日本とは比べ物にならない田舎であり、さらに日本では想像しにくいほどの教育格差も存在していることを考慮願います。)

ぼくにはこの管理人さんのスペイン語が別の外国語に聞こえるくらい理解できなったので、そもそも彼が haiga と言ったかどうかも聞き取れませんでした。ですが、haya の代わりに haiga という活用を使う人もいるということを教えてもらってからアンテナを張っていると、メキシコで生活している中でたまーにこの haiga を使っている人に出くわすじゃありませんか!
sabersepo, sabo と同様に初めて耳にする haber の活用。Dpd には以下のように載っていました ↓

接続法現在 haya, hayas... の代わりに *haiga, *haigas... という形の使用は今日では教養的規則から外れている: *«Nunca he visto que naide que se haiga muerto, haiga vivió otra ve» (González Provisiones [Cuba 1975])(haber. 1.)

スペインでよく一緒に過ごしたスペイン人の友だちのほとんどが自分と同じ大学生だったこともあるのか、スペインでは haiga という形は聞いたことありませんでした。スペインでは haiga はどんなイメージがあるのかをスペイン人に友だちに聞いてみると、メキシコと同じように「田舎の人で教養がない人の話し方に思える」そうで、やはりこの haiga という形の使用は控えた方が良いようです。

ところで、この haiga という活用は一体どこから来たのでしょうか?もしかしたら、メキシコの一部で突発的に生まれたのかなとも思いましたが、スペインでも耳にすることがあるそうなので地域的なものではないようです。
その由来を調べてみると、Castellano Actual にこの haiga という形の歴史について説明してくれている "¿Haiga o haya? (2012/7/16付)" という記事がありました ↓

haiga” はスペイン語圏の多くの地域、特に田舎部で現存している古スペイン語での動詞活用形です。しかし、教養的規則ではこの活用形は拒絶されており、“haya” という形が望ましいです。17世紀には同じく一般的であった “rompido” という形もまた現代では認められていません。不注意な話し言葉で使用されることもあるものの、だからといってこの形が認められているというわけではありません。なぜなら話し手自身がこの形の使用を疑い、避けようとし、そしてさらには規則でも拒絶されているからです。

なんとこの haiga は元々は一般的に使用されていた活用形だったようです!ついでに、romper の分詞形も roto ではなく rompido という、今では同じく間違いと見なされている形が一般的だったんですね。
記事は次のように締められています。

この形を使用する人の数が少なくないためにこのような疑問が生じるのです。誰もが “haiga” という同じ形を使用するようになり、その使用について疑問を感じなくなったら、その時は教養的規則として認められるまでに一般的になったと言えるでしょう。それはちょうど “impreso” の代わりに “imprimido” という活用形が認められたのと同じように。しかし、そのようなプロセスは何十年もの時間がかかり、現在正しいとされている “haya” はまだまだ “haiga” との戦いに勝ち続けると思われます。


さらに調べていると、MILENIO の "¿Por qué algunas personas dicen 'haiga' en lugar de 'haya'? (2019/08/08付)" という記事を見つけました。この記事によると、メキシコでは多くの人が haiga という形を俗語 (vulgar) と見なしているものの、ある社会言語学的調査によるとメキシコ人の35%が haiga という形を使用しているんだとか。

そして、その形が生まれた流れを以下のように説明しています。
スペイン語の時代に重要な動詞の一人称の現在形には直説法と接続法ともに /g/ の音が与えられ、

hacer > hago > haga
decir > digo > diga

という活用形になったと。さらに、時代を経るにつれて他の動詞にも適用され、

venir > venio > vengo
tenerteneo > tengo
poner > poneo > pongo

現在の不規則活用の形に落ち着いたそうです。そして、この /g/ の音が haber の接続法現在にも与えられたことのよって haiga という形が生まれたようです。

なるほど、確かによく使われる動詞の活用に /g/ の音が含まれていますが、haber もその流れに乗って haiga という形を獲得していたんですね。しかし後に、現在正しいとされている haya という形に取って代わったということで、すなわちこの haiga という形は古語 (arcaísmo) ということになるんですね。

また、Diccionario de Dudas というサイトの Fabián Coelho さんという言語学者が書いた "Haiga o Haya" という記事には、haya の代わりに haiga を使用することは

es absolutamente desaconsejable usarlo
訳)絶対に勧められない

とあり、さらにおもしろい事実も紹介されていました。
どうやら、スペインでは -現在はもう使われていないものの-「大型高級車」という名詞でこの haiga が使用されていたそうで、その語源はというと、、、

スペイン内戦よりも前の時代、スペイン国内には教養が高くない新しい富裕層の数が増えており、彼らは自身の富を見せびらかすことが好きだった。そんな彼らは車屋に着くなり "el coche más grande que haiga"「(お店に)ある中で一番大きな車」のように言っていた。そこから、軽蔑の意を込めて "Allá va aquel conduciendo su haiga"「あいつが haiga に乗っているぞ」のように言われるようになった。

本来は "el coche más grande que haya" と言うべきところを haiga と言ってしまう教養のない成金野郎に対する侮蔑を込めて、彼らが乗るような高級車のことを haiga と呼んでいたんですね。この語源が事実であれば、スペインでは20世紀初頭にはすでに haiga は「非教養的」だと見なされていたということになります。おもしろい語源を持つ単語を知りました :)

さて、この haiga についてたくさんのメキシコ人に聞いていると、この haiga に関して去年あるニュースがあったことを教えてもらいました。
メキシコ人ティックトッカ-でインフルエンサーとして有名な Paris Danielle という女の子が投稿した動画の中で彼女が "No sé qué opciones haiga" と言ったのが話題になったというか、ゴリゴリに批判されたというか。なぜ haiga と言っただけで批判が殺到したかというと、そこにはこんな背景が。。。

この動画の数週間前に色んな服のブランド会社の名前の"正しい発音を教える"という動画をアップした際に Zara について "No se dice Zara" と言った上で英語風の発音で /searah/ のように発音したところ「Zara はスペイン発の会社だからその発音は正しくない」として炎上したんだとか。フォロワーの人たちに「ブランド名を間違えて発音しないように」として"彼女によると"正しい発音の仕方を「教えてあげる」という彼女の態度が多くの人の反感を買ってしまった模様。

そんなこんながあった後、インスタグラムのアカウントを盗まれたとかで泣きながら話す様子を撮った動画の中で haya と言うべきところで haiga と言ってしまったが故に、以前の動画で上から目線で"正しい発音"を教えていた奴が"正しくない活用"を言ったことを叩かれたんだとか(笑)
(ちなみに「この場合 haya もおかしい」と思った人は、以前書いた記事 "No sé si venga." を参照ください ;) )

そして、色々と調べていくと、この騒動がスペイン語圏で話題になった際に、RAE もツイッター (@RAEinforma) にてこの件に反応していたようで、、、

haiga は「有効とは見なされない (no se considera válido)」としています。

結論としては、この haiga に関しては、先に見た義務を表す«deber de + 不定詞»の使用とは異なり、使わない方が得策のようです。

 

【今回の結論】

●「義務」を表す場合は«deber + 不定詞»の形が正しく、de は入れない。しかし、メキシコでは«deber de + 不定詞»の形の使用はかなり一般的で「誤用」とするのは適切とは言えない状況にある。

haber の接続法現在の活用形は haiga ではなく haya であり、RAE もその使用を否定している。実際には haiga を使用している人もいるものの、ネイティヴには「非教養的」に聞こえるため、その使用は避けることが好ましい。


今後、スペイン語ネイティヴと話す際にはこれらの言い方をするかどうかに注目してみてください。
また、今は「間違い」とされているものでも、将来的には間違いではなくなるものも出てくるはずなので、その動向にも注目していきましょう :)