イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

欠如動詞

前回からの続き。
今回は残り二つの欠如動詞グループを見ていきましょう。

 

【考察】

二種類目の欠如動詞グループの soleracostumbrar は意味的側面から特定の時制にしか使用されないために欠如動詞とされていましたが、次の三種類目のグループはまた別の理由から欠如動詞と見なされているようで、、、

三人称にしか活用しない動詞の中には音韻論的、さらに厳密に言うと形態音韻論的な理由から欠如動詞であるものがある: arrecir「(寒さで)かじかませる」, aterir「凍えさせる」, descolorir「退色させる」, embaír「だます」, manir「熟成させる」, preterir「相続から外す」
これらの動詞の多くはほとんど使われることがないが、その活用においては幹母音の -i- を呈する(§4.14d)

形態音韻論的な理由」とは引用内最後の「その活用においては幹母音の -i- を呈する」のこと。すなわち、動詞の活用をした際に語尾変化する部分に i が現れる活用しか認められないということです。

arrecir を例にしてみましょう。まず、この動詞を「核」と「活用の際に語尾変化する部分」に分解した場合、"arrec + ir" となり、活用される際は頭の "arrec-" 部分は維持されて、語尾の "-ir" 部分が時制や人称によって変化します。つまり、この語尾変化部分が i から始まる活用のみが有効とされているということです。
この arrecir という動詞ですが、二人称複数 (nosotros) の活用は arrecimos となり、活用語尾は i から始まりますよね。一方で二人称単数 () の活用は理論的には arreces となりますが、e から始まることになるのでこの活用は認められないということになります。

DRAE で動詞を検索した場合、意味の下に活用表が用意されています。例えば、cantar だったらこんな感じ ↓

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DRAE - cantar

一方で arrecir の活用表はこうなっています ↓

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DRAE - arrecir

前回の【きっかけ】で述べた、昔ぼくが辞書で見た abolir の活用と同じく、直説法現在には nosotrosvosotros(と二人称 vos)にしか活用しないようです。隣の線過去はすべての活用が arrecía のように "arrec" の後が í から始まっているため、問題なく活用表に載っています。

引用部に出てきた6つの動詞を DRAE で引いてみるとそのすべてに

U. solo las formas cuya desinencia empieza por -i.

「活用語尾が i から始まる活用形のみで用いられる」と記載されていました。この「活用語尾 (desinencia)」というのが、上で述べた動詞の「核」に対する「活用の際に語尾変化する部分」のことです。
西和中辞典でも引いてみると descolorir と manir 以外には以下のように載っていました ↓

arrecirse(寒さで)かじかむ. ▶活用語尾に i の残る活用形のみ用いられる

aterir 凍えさせる、かじかませる. ▶活用語尾に i の残る活用形のみ用いられる

embaír だます、ぺてんにかける. ▶直説法現在形の単数形と3人称複数形、接続法現在形の全ての活用、および命令法の1人称複数形・2人称単数形・3人称単数形・3人称複数形は用いられない

preterir 1 無視する、言及しないでおく、2〖法〗相続から外す. 不定詞、過去分詞形のみが用いられる

活用語尾に i の残る活用形のみ用いられる」。こんなルールを持つ動詞が存在していたなんて驚き。しかし最も重要なはずの、なぜ活用語尾に i が残っていないといけないのか、という点については説明されておらず、ネットでもいくら調べても答えは見つかりませんでした。。。

そこが一番知りたいところなのに、その理由が分からないとなるとこの欠如動詞グループに属す動詞をそのまま覚える他なくなってしまいます。二つ目のグループみたいに soleracostumbrar の二つだけなら問題ないですが、この §4.14d はまだ続きがあり、他の動詞も出てきます。。。ただ、引用部に「これらの動詞の多くはほとんど使われることがない」とある通り、ぼくはほとんど出会ったことないような動詞なので特段の問題はないのですが。

では、続きを見ていきましょう。 

同様に desvaír という動詞も通常 /i/ の形のみで使用する
しかし、直説法現在形として desvaes, desvae, desvaen、命令形として desvae という形もまた見られる(§4.14d)

ちなみに、西和中辞典には desvaír という動詞としては記載はなく、「〈色が〉薄い」という意味の desvaído,da という形容詞でのみ載っています。やはり、あまり使われない動詞ということですね。
さて、「色を薄める」という意味を表すこの動詞について Dpd から追加で引用します ↓

不規則動詞 : 直説法現在以外は動詞 construir のように活用する
二人称単数は desvaes (*desvayes)、三人称単数と複数はそれぞれ desvae, desvaen (*desvaye, *desvayen)、 に対する命令形は desvae (*desvaye)
しかし、通常は語尾変化部分が i から始める形でしか用いられない(desvaír(se).)

ir 動詞は語尾の -ir の前が母音の場合は construye や sustituye のように活用に y が現れますよね。この desvaír も語尾の -ír の前が母音の a なので理論的には desvayes のようになるはずですが、どうやら desvaes になる様子。DRAE の活用表はこうなっています ↓

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DRAE - desvaír

ところがどっこい、Dpd の引用部の最後に「通常は語尾変化部分が i から始める形でしか用いられない」とあります。どっちゃねん!(笑)
どうやらこの desvaír は上に出てきた arrecir たちとは少し異なり、活用は欠けていないようです。しかし、結局のところ活用語尾に i がある活用しか用いられないということで欠如動詞とされているわけですね。

この節はまだ続きます ↓

動詞 balbucir もまた、直説法現在の一・三人称単数形と接続法現在のすべての形では用いられないため欠如動詞であり、これらの活用形には balbucir よりもよく使用される balbucear が代わりに用いられる(§4.14d)

「どもる、〈幼児が〉片言をいう」を表す balbucear は知っていますが、balbucir という形もあったんですね。全時制と全人称にきちんと活用できる balbucear だけ使っていればOKですね。 

そして、今回のテーマである欠如動詞を知るきっかけになった動詞 abolir に関しても記述がありました ↓

動詞 abolir は伝統文法的には欠如動詞と見なされていたが、現在はすべての活用形での使用が見られる
その活用は規則的であるため二重母音の形は取らない (yo abolo, *yo abuelo)
Se abolían la Diputación Provincial y los ayuntamientos electivos (Silvestrini / Luque, Historia) のように幹母音 -i- が動詞の核部分に続く形がかなり頻繁に使用される
しかし、-i- が続かない形での使用も見られる: Los nuevos poderes abolen la soledad por decreto (Paz, Laberinto)
同じく伝統的に -i- が現れる形が好まれる動詞 compungir, desabrir にも同様のことが言える(§4.14d)

以前は欠如動詞として扱われていたけど、現在はそうではないようです。おそらく他の動詞よりも使用頻度が高く、その分すべての活用形で使用されることが多かったのではないでしょうか?だから、欠如動詞から通常動詞へ昇格(?)したのかな。

西和中辞典にも同様の記述がありました ↓

abolir〈法・習慣などを〉廃止する、撤廃する. Abolieron la esclavitud. 奴隷制度が撤廃された. ▶活用は原則として80だが、現在では規則的に活用する例も見られる


abolir
の活用表を作ってみました。黄色く塗った部分は活用語尾が i ではない活用、つまり以前は使用されていなかった活用になります ↓

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動詞 abolir の活用表

改めてこう見ると、やっぱり欠如動詞というものは衝撃です。
先に登場した lloverocurrir のようなその意味から三人称にしか活用されない動詞や、soleracoostumbrar のようにその意味からある時制でしか使用されない動詞などは、動詞が表す意味が原因で特定の人称または時制でしか使われないのは理解できます。しかし「活用した時に i が現れないから」という理由でその活用が認められずに「欠如動詞」という烙印を押されているなんてなんだか不憫。。。

ただ、abolir のように元は欠如動詞とされていたけど、現在では通常動詞とみなされるようになったケースもあるようなので、これらの欠如動詞には腐らずに頑張ってほしいものです ;)
まあ、ほとんどがあまり使われていない動詞なので通常動詞への"昇格"はあまり期待できませんが。


さて、次の節は欠如動詞の直接的な説明ではないのですが、ぼくの個人的な疑問を解決してくれる内容が含まれていたので引用します ↓

分詞 buido「鋭い」、colorido「色とりどりな」、despavorido「ひどく恐れた」、fallido「失敗した」は派生元の動詞である buir, colorir, despavorir, fallir がすでに使用されなくなっているため、現在では完全に形容詞化されている
また、他の分詞 aguerrido, compungido, denegrido, desabrido, descolorido, desvaído, embaído, embebecido, empedernido などもかなり頻繁に形容詞としての使用は見られる
しかし、派生元の aguerrir, colorir, compungir, denegrir, desabrir, descolorir, desvaír, embaír, embebecer, empedernir といった動詞は程度は低いものの、依然として使用されているが、これらの動詞のほとんどは主に古い文章に見られる(§4.14e)

ずーっと頭の片隅にあったある疑問がこの引用部で解決されました。しかも二つ!

まずは「失敗した」を意味する fallido ですが、なんで「失敗する」を表す動詞は fallar なのに過去分詞形の形容詞になると fallido になるのかとずっと不思議に思ってました。しかし、そもそもこの fallidofallar から来ているのではなく、今は亡き fallir という動詞から派生していたんですね!派生元の動詞は使用されなくなったものの、その分詞で今でも使われている形容詞はかなりあるようです。

そして、もう一つは colorido 。スペインにいる時にバスクビルバオの家々が色とりどりできれいだったことを友だちに言おうとした際、"Las casas son coloradas" のように言うと "coloridas" だよと訂正してもらいました。アメリカのコロラド州 (Colorado) の例もあるのでなんとなく動詞は colorar かなと思って挑んだら、「色とりどりな」という形容詞の場合は coloridoであると教えてもらいました。加えて colorado は "ponerse colorado,a" で「赤面する」という意味を表すように「赤い」を意味するとも教えてもらいました。
ちなみに、分詞(形容詞)では表す意味が異なりますが、派生元の動詞に戻すと colorarcolorir もともに「着色・染色する」という同じ意味を表します。


それでは、ついに欠如動詞に関する最後の節。四種類目のグループは次の動詞たちです ↓

法律の専門用語 usucapir「時効取得する」と adir「相続する」はほとんど使われることはないが、不定詞でのみ使用されることがある
動詞 abarse「よける、どく」もまたほとんど使用されることはなく、不定詞か命令形でのみ使用される(§4.14f)

どれも「ほとんど使われることはない」動詞であり、不定詞か命令形でしか使用されないとのこと。他の三つの欠如動詞グループとこれまた異なり、このグループはもはや活用もされないようです。厳密には abarse は命令形には活用されるようですが、しかしそれのみ。

ちなみに、DRAE でこれらの動詞を引いてみると adir には記載はなかったものの、他二つには

U. solo en infinit. y en part.不定詞と分詞のみで用いる」(usucapir)

U. solo en infinit. y en imper.不定詞と命令形のみで用いる」(abarse)

とありました。
この三つの動詞の活用表はというと、、、まずは usucapir

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DRAE - usucapir

たったのこれだけ!めちゃくちゃサミシイ。
通常の動詞のページには、まさかまさかの接続法未来形の活用表まで用意されているのですが、この usucapir のページにはこれしかありません。おそらく DRAE に記載されている動詞の中で最も空虚な活用表を持つのはこの usucapir だと思います。
一応、過去分詞はあるものの、活用しない動詞が存在するなんて驚きです。

adir は usucapir と同様に不定詞でしか用いられないと引用部にはありますが、DRAE の活用表は、、、↓

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DRAE - adir

普通に活用してもうたるやん。他の通常動詞と同じく接続法未来形の活用までも載ってます。せめて、先に出てきた「活用語尾が i から始まる活用にしか活用しない動詞」のように直説法現在形は adimos, adís にしか活用しないとかなら分かりますが、一つの活用も欠けることなく存在しています。こいつは本当に欠如動詞なのか?同じ RAE ですが辞書と文法書で見解が異なっていますね。

最後の abarse に関しては、、、

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DRAE - abarse

こちらは DRAE と Nueva gramática の内容が完全に一致しています。過去分詞さえ載っていないので、引用部の「不定詞か命令形でのみ使用される」という内容そのままの活用表となっています。完璧!

 

【今回の結論】

● 何らかの理由で活用が欠けている動詞を「欠如動詞 (verbo defectivo)」という。欠如動詞は以下の4種類に大別される。

①三人称でしか使用されない動詞(天気などの自然現象を表す動詞や「生じる (ocurrir, acaecer, acontecer)」や「かかわりがある (atañer, concernir)」などを意味する動詞)

②特定の時制でしか使用されない動詞(soler, acostumbrar

③動詞活用の語尾変化が i から始まる活用にしか活用しない動詞(arrecir, aterir, balbucir, etc.

不定詞のみ、もしくは不定詞と命令形でしか使用されない動詞(usucapir, adir, abarse


まだ今回の記事を書き始める前、久しぶりの紙辞書にテンションが上がって数年ぶりに"辞書読書"をしていると personalizar という語に目が留まりました。通常「カスタマイズする」といった意味で使われていますが、二つ目の意味として

〖文法〗〈単人称動詞を〉3人称単数以外の主語と用いる.
Amanecemos en una playa. 私たちは浜辺で夜明けを迎える

とありました。今回のテーマを調べる中で「三人称でのみ活用する動詞」はスペイン語で "verbos terciopersonales" ということを学びましたが、この personalizar はそんな動詞の特別な場合の使用を指すようです。誰でも知っている動詞がこんなピンポイントな意味を表すなんてこれまた驚き。なんだか今回はいつも以上に衝撃的な驚きが多かったような気がします。

前回の記事で扱ったものとは違って、三つ目と四つ目の欠如動詞グループは今後ほとんど見ることはないでしょうが、今回もまた新たなスペイン語の文法概念を学びました。