イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

悪魔的だ〜!

Kaixo. Eskerrik asko. Mesedez. Agur.

スペイン語を勉強していたり、スペインに行ったことがある人なら、なんとなくどこかで見たことあるような気がすると思いますがいかがでしょうか?

これらは euskera、つまりバスク語で、意味は順に hola, gracias, por favor, adiós です。
ぼくはこの4つくらいしか知らないですし、今後もボキャブラリーを増やしていく予定は今のとこないですが、バスク語自体には非常に興味があります。
というのも、このバスク語言語学的には「孤立した言語 (lengua aislada)」と呼ばれ、他のどの言語族にも属さない出自不明であるというミステリアスさに惹かれます。(ちなみに、我らが日本語もこの「孤立した言語」にあてはまります。)

そんなバスク語ですが、話されているバスク地方 (País Vasco) はスペインとフランスの間に位置しているにもかかわらず、スペイン語や他のヨーロッパ言語に全く類似していないため、よく習得するのが困難な言語として扱われることがあります。
そんなバスク語の難しさを表すジョークとして次の様なものがあります ↓

El diablo estuvo siete años en el País Vasco y solo fue capaz de aprender las palabras "bai" y "ez"

7年間バスクにいて悪魔が覚えたバスク語は「はい」と「いいえ」だけ!
語学の才には恵まれなかったのか?もしかして理系?それとも、単に努力が足りなかったのか?

そんな悪魔でさえも手こずったバスク語を母国語としたフランシスコ・ザビエルは来日して日本語に触れたときに、その難解さから「悪魔の言語」だと言ったそうで。。。
ということは、ぼくたち日本人は悪魔の末裔??

悪魔が日本語を学んだら何て言うでしょうかね?
きっとこう言うんじゃないでしょうか。

El japonés es diabólicamente difícil... ;(

 

【きっかけ】

そんな「悪魔」ですが、スペイン語では diablodemonio の二通りの呼び方がありますよね。元々は英語で devildemon の二種類あると知った時から疑問に思っていましたが、これらに何かしらの違いはあるんでしょうか?
ずっと気になっていたので今回調べてみます。

 

【語源】

では早速、De Chile.net の DEEL で語源を見ていきます。
まずは diablo から。

ギリシャ語の διάβολος (diábolos) に由来
διά (dia = a través de) + βάλλειν (ballein = tirar, arrojar)
"tirar mentiras", "tirar unas personas, contra otra" といった概念を表す(DIABLO

ギリシャ語での合成語から来ているようです。
"tirar unas personas, contra otra" の意味するところが正直よくわかりませんが、「嘘を投げつける ("tirar mentiras")」というのは悪魔を表す言葉にぴったりな語源ですね。

続いて、もう少し詳しい記述がありました。

元は「(何かを通して・何かの中から)何かを投げる者」を表し、そこから「憎悪・怒り・羨望を分離し、生み出す者」となり、その後「中傷する者」という意味を持った(DIABLO

少しずつ悪いニュアンスを得ながら、diablo という単語が「悪魔」に近づいていったようですね。

長くなってしまいますが、具体的な年代とキリスト教義における悪魔の意味を得た歴史は次のようです。

神によって追放された天使的存在としての diablo の概念はキリスト教が誕生してから最初の数世紀の間に少しずつ形成されていったものであり、διάβολος (diábolos) という単語はキリスト教よりもはるかに古く、少なくとも紀元前5世紀ギリシャ語文献に登場する

紀元前2世紀ごろに(ヘブライ語で書かれた)旧約聖書からギリシャ語へ翻訳された「七十人訳聖書」にはこの διάβολος という単語が確認されているが、「元は神に追放された天使的存在」という diablo の概念は後のキリスト教での産物であるため旧約聖書の中には見受けられない

ギリシャ語からラテン語 diabŏlus に借用され、紀元後2世紀後半から3世紀前半の作品で初めてその使用が確認される
悪魔という存在はキリスト教信者を誘惑して正しい道から逸れさせることを使命とし、魂の最後の審判ではできるだけ残忍な中傷者のように振る舞う存在であることをふまえて、紀元後2-4世紀の教会の神父たちは聖典の翻訳の際に悪霊を言い表すためにこのギリシャ語の単語を用いた(DIABLO

ここでいう「(元は)神によって追放された天使的存在」というのは、堕天使のことを指しているのではないでしょうか?となると、diablo も元は天使でありながら神に天から追放されて、悪魔になったということなります。
その「悪」は先天的なものではなく、後天的なものだったんでしょうか?
悪魔に対する見方が少し変わってきます。

さて、一方の demonio の語源を見てみると ↓

「精霊」を意味するギリシャ語の δαιμονιον (daimon) に由来
ヒエロニムスがウルガタ聖書‹1›を作成した際に daemonium という単語を用い、そこからカスティーリャ語へ入り demonio という単語になった(DEMONIO)

‹1› ウルガタ聖書 (la Vulgata) ... 主にヒエロニムス (San Jerónimo) がヘブライ語から翻訳したラテン語訳聖書。405年完成。

diablo に比べると、語源的には「悪」の要素がないようですね。比較的穏やかに思えます。詳細を見てみると ↓

daímon というギリシャ語の単語はキリスト教誕生以前のギリシャ語文化圏にてすでに使用されていた
ホメーロスの『イーリアス 15歌(*紀元前468年)』にすでに登場しており、神々と同等ではなく、善性もしくは悪性の"下位の"神(もしくは神性を持つ存在)を意味した
その概念が大きな重要性を持っているプラトンの作品『饗宴』内の「ソクラテスの演説」ではそのように紹介されており、神々と人間の中間に位置する存在として、あるいはソクラテスに「してはならないこと」を言う彼自身の精霊として daímon は度々登場する
後にキリスト教において demonio は悪魔的な (diabólica) 要素や概念を得た(DEMONIO)

*紀元前468年 ... 原文では Ilíada XV, 468 となっており、紀元前か紀元後かの記述はないです。ただ、ホメーロスが紀元前8世紀末の人物であることに加え、『イーリアス』作成が紀元前8世紀半ば、そして文字化されたのが紀元前6世紀後半ということ、さらに引用文の文脈から「キリスト教誕生以前」ということで、ここでは紀元としました。

demonio の語源となった daímon は悪魔のように完全に「悪」側というわけではなく、良い存在のこともあれば悪い存在でもあったようで、概念的には「人間以上神以下の存在」だったんですね。それが、キリスト教の中で「悪」のみの要素を得たことで「悪魔」という意味になったと。
色々調べてみると、この daímon は元のギリシャ語では精霊を意味していたということで悪魔は悪魔ですが、語源的には「悪霊」と言った方が本来のニュアンスに近いようです。

ここまで見てきて、diablodemonio もどちらも悪の権化「悪魔」という意味はキリスト教において付けられたものであり、キリスト教以前と以後でこれら二つの単語が表すものは同じではないようです。
ネットで色々と調べてみると、旧約聖書では悪魔は神に仕えながらも堕天するなど「実体的な存在」であるのに対し、新約聖書では人間を誘惑して悪い方向に導く存在、すなわち実体のない「(悪の)象徴的な存在」として描かれているそうです。
なんだか、言語ではなく宗教の話が濃くなってきて頭が痛くなってきたので、この話はこの辺で一旦終わりにします :)


さて、悪魔と聞いて思い浮かぶのはやはり「サタン」。この単語の語源も調べてみましょう。

「敵」を意味するヘブライ語の שָּׂטָן (satan) に由来
超自然的な力を持ち、神に敵対する存在を意味した(SATANÁS)

サタンは「神の敵」。これ以上ないほど納得のいく由来でしたね。
調べてみて知りましたが、キリスト教においてはサタンは元々神に仕えていたものの神様に対して反逆したため堕天使となり、さらには「地獄の長」となったんだそうです。
元天使!?からの地獄の長!?経歴イカツイ!!
てか、diablosdemonios のボスがサタンということなんですね。そこまで出世したやつとは思ってませんでした。てっきり、ただのサタンさんという名のワン・オブ・ジ・悪魔sくらいにしか思ってませんでした。

そんなサタンのより詳しい語源も載っていました ↓

アラビア語shaitán から来ているわけではないが、アラビア語がこの古ヘブライ語の単語を再生させた
アラビア語にはセム語系の3語根 š-y-t に基づく単語が数多くある
šayyata(燃やす、炙る、焦がす)、ašāta(絶滅させる、破壊する、殺す)、šaytī(土埃のつむじ風)、šaytānSatán, Satanás, Diablo, Demonio)、šāta(怒りに燃える)、istašāta(癇癪を起こす)
これらを見れば、なぜ古ヘブライ語で悪魔を Satán と呼ぶのかが見えてくる(SATANÁS)

アラビア語ーっ!!
この引用内に出てくる「3語根」についてですが、ここでアラビア語小講座 ;)
アラビア語の単語は基本的には3つの子音を基にして成り立っています。その子音に対して挟む母音によって意味が変わってくるのです。
上の引用内の例は少し複雑なので、もっとシンプルな例を k-t-b で見てみましょう。

  kataba - escribir
  kātib - escritor
  kitāba - escritura
  maktab - escritorio

k-t-b は「書く」という意味を持つ3語根ですので、母音のパターンによってその「書く」に関連した新たな意味を与えられるのです。
例を見てもらえば一目瞭然ですが、上から「書く」、「書く人→作家」、「書くという行為」、「書く場所→机」を意味します。

つまり、サタンの語源となった単語の3語根 š-y-t には「燃やす、絶滅させる、殺す、怒り」などの非常にネガティヴな意味があり、大悪魔サタンを表すのに十分すぎる3語根であるということですね。
そんな中、šaytī(土埃のつむじ風)だけ仲間外れな気がしますが、以下に説明がありました。

šaytī(土埃のつむじ風)という単語はこの3語根 ( š-y-t ) が「植物を枯らす熱風」に関連するというヒントを与えてくれているかもしれない
砂漠に近いパレスチナの肥沃な土地に定住していた古代の農民にとっての「絶対悪」とは破壊と災難をもたらす恐ろしい風であったはずであり、砂漠付近に住む人々にとって「悪・地獄・悪魔」といった概念を連想される単語は滅多にあるものではないはずである(SATANÁS)

なるほど、確かに砂漠地帯の人々からしたら生活を破壊され、危害を与えられる熱風もしくは砂嵐というのは、「悪魔的」な存在だったということですね。
非常に納得のいく語源だと思います!


最後に。
サタンは堕天使ということを新たに知りましたが、堕天使といえばやはり「ルシファー」。その語源は ↓

ラテン語に由来し、lux (luz) + ferre (llevar) から成り、「光を運ぶ・もたらす者」を意味する(LUCIFER)

Lucifer の頭の luc- は光の luz から来てたんですね!
現堕天使とはいえ、元天使ということで「光を運びもたらす者」という意味が与えられたんでしょうか。
そして、調べてみるとこのルシファー。なんと、堕天前のサタンの天使時代の名前らしいです!つまり、天使ルシファー = 悪魔サタン!!
全く知らなかった!これってみんな知ってるもんなんでしょうか?一般常識?そんなことないですよね。。。?

ちなみに、西日辞典を引いてみると Lucifer には「明けの明星」という意味もありました。明け方の地球に光をもたらすということでその意味を持ったんでしょう。これもまた納得いきますね。

 

【まとめ】

● diablo は「(嘘を)投げつける者」から後に「中傷する者」 という意味を表したギリシャ語の διάβολος (diábolos) に由来。

● demonio は「精霊」 を意味するギリシャ語の δαιμονιον (daimon) に由来。

 Satán は「(神の)敵対者」を意味するヘブライ語の שָּׂטָן (satan) に由来。

Lucifer は「光を運ぶ者」を意味するラテン語に由来。


いつか、メキシコのテレビのクイズ番組を見ていて、子どもが乗る「キックスクーター」のことを patín del diablo と呼ぶことをたまたま知りました。なんで悪魔なのかは不明ですが、、、Diccionario de la lengua española には

1. m. Méx. patinete.(patín del diablo

とあります。
一般的には patinete ですが、メキシコでは「悪魔の乗り物」のようです。


また、同僚の結婚式に向けて仕事中にYouTubeで蝶ネクタイ (corbata de lazo, pajarito) の結び方を練習していると同僚が「蝶ネクタイでいくの?ええやん!」的なことを言ってくれたんですが、

¿Vas de corbata de moño?

の最後の de moño が demonio に聞こえて、「悪魔っ!?」と勘違いしてしまいました。聞くとメキシコでは蝶ネクタイを moño と呼ぶそうです。
なんせ patin del diablo のケースがあるから、corbata demonio もなくはないかなと。
もはや悪魔に取り憑かれてます ;)