イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

En martes, ni te cases ni te embarques

今日は13日の金曜日。。。

映画「13日の金曜日」のジェイソンといえばあのマスクとチェーンソーですよね。でも、実際のところは作中ではジェイソンは一度もチェーンソーを使ったことはないそうです。先週ラジオで聞いて驚きました。
じゃあ、いつどこでどうしてそういうイメージが付いたんでしょうかね??

 

【きっかけ】

高校の英語の授業で、西洋では数字の「13」が不吉とされていることを知りました。
「忌み嫌われた数字である」とヒドイ言われようでしたが、当時のぼくの出席番号が13だったので個人的には好きでした。素数だし。

時は経ち、スペインに留学に行った際に次のことわざを学びました。
En martes, ni te cases ni te embarques, ni de tu casa te apartes

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(21/12/2016)

訳すと「火曜日には結婚も船出もするな、そして家からも出るな」。なんでもスペイン語圏では火曜日が不吉な曜日とされているようです。
そして、スペインでも数字の「13」は不幸を招く数字とされているとのことで、スペインそしてメキシコでは13日の金曜日ではなく「13日の火曜日」が不吉だと言われているんです。

というわけで、今回はこのことわざを通してなぜ「火曜日」と「13」が縁起が悪い存在としてされているのかに迫っていきます。

 

【「不吉な火曜日」の由来】

非科学的で迷信的なことわざであるためか、RAE の辞書等に記述は見つかりませんでした。ただ、それでもスペイン語圏で一般的に知られたことわざであるのは事実です。
なぜ火曜日が選ばれたんでしょうか?まずはその起源をネットで調べてみると、いくつかの説が見つかりました ↓

①「ローマ神話の軍神 Marte」に由来する説

日本語では「マルス」と呼ばれるローマ神話における戦の神がスペイン語martes の由来になっています。つまり、火曜日とは軍神マルスに捧げられた曜日ということです。
古代ローマ人は戦争の際にマルスが守ってくれて、自分たちを勝利に導いてくれると信じていました。しかし、戦争では勝利を与えてくれる半面、日常的で世俗的な他のものは逆に奪っていく存在ともされており、商売のような戦争がない時期の商業的な行いにおける幸運を奪ってしまうという迷信もまたありました。
そしてこのマルスですが、ギリシャ神話の「アレス (Ares)」と同一視され、勇敢な戦士として英雄視されることが多いのですが、やはり戦争の神ということで「破壊・残忍・狂乱・血」などというネガティヴな要素も有する存在として扱われることもあります。
これらの否定的な面を考慮すると、火曜日を幸運ではない曜日、むしろ不運な曜日と見なすようになったのも納得いきます。


②「キリスト教における歴史的敗北」に由来する説

1453年、キリスト教を国教としていた東ローマ帝国(=ビザンツ帝国)の首都コンスタンティノープルイスラム王朝オスマン帝国の手によって陥落。これにより1000年以上の栄華を誇った東ローマ帝国は滅亡し、その歴史に幕を閉じることとなりました。世界史では「コンスタンティノープルの陥落」として習いますね。
キリスト教 vs イスラム教」という戦いの歴史の中において、この敗北は当時のキリスト教世界において計り知れない衝撃と変化をもたらします。この歴史的大事件をきっかけに、東ローマ帝国で活躍していた古代ギリシャ・ローマ文化の知識人が西欧(特にイタリア)に移り「ルネサンス」が飛躍。また、地中海の利権をオスマン帝国が独占したため、航海士たちが西洋(特にスペイン・ポルトガル)に移り、新たな交易ルート開拓などにより「大航海時代」が幕開け。さらには、13世後半まで続いた十字軍遠征での失敗によるキリスト教世界における教皇の権威失墜はすでに始まっていたものの東ローマ帝国滅亡によりさらに教皇権の衰退は進み、後の16世紀の「宗教改革」の遠因の一つとなるなど、後世に多大な影響と衝撃を生み出しました。
このようにキリスト教だけでなくヨーロッパの歴史においても非常に重要で影響が大きい「コンスタンティノープルの陥落」ですが、陥落した正確な日付は1453年5月29日。そして、この歴史的敗北の日付が火曜日だったことに由来して、火曜日を縁起の悪い日として見なすようになったという説です。


③「キリスト教世界における反ユダヤ主義」に由来する説

ユダヤ教聖典である旧約聖書によると、ヤハウェはまず天と地を創造し、水を生み出し、天地創造の3日目に初めての生命を生み出しました。天地創造の流れは以下 ↓

 1日目 光
 2日目 空
 3日目 植物
 4日目 太陽と月と星
 5日目 魚と鳥
 6日目 人間
 7日目 お休み

2日目に空が創造されたことのよって天(空)と地(大地)が区別され、さらに陸と海に分かれました。そして、3日目に初の生命である植物が生み出されました。
ユダヤ暦では一週間は日曜日から始まるため、初めての生命が生まれた3日目は火曜日に当たります。このことからユダヤ人はこの世に生命が誕生した火曜日を豊かさや肥沃さを象徴する曜日であると考え、そのため結婚するのに適した曜日であると見なしていました。
そして、-どの時代かは不明ですが- 宗教対立が激しかった時代のスペインのキリスト教徒たちはこのユダヤの伝統的な慣習を知っており、敵対心からユダヤ教圏ではポジティヴな曜日である火曜日をネガティヴな曜日として捉え、結婚すべきではないという認識が生み出されたのではないか、という説です。

納得のいく説はありましたか?
どれも神話と宗教が絡んでくるといういつものパターンでしたね。

 

【ことわざの起源】 

では、今回のことわざの後半部分 "ni te cases ni te embarques" はどのように繋がってくるのでしょうか?

なんでも、古代ローマ人の時代では「結婚」というのは恋人同士の愛の結晶ではなく、利益目的の政略結婚のようなものであり、さらに「旅(特に船旅)」は現代のように観光としてのものではなく、何かの商売のために別の場所へ行くという行為でした。すなわち、どちらも「商業的な」性質を持つ行いだったのです。
説①で述べている通り、軍神マルスは戦いにおいては味方してくれるものの、ビジネスに関しては逆に運を悪くする存在であるということを考えると、当時の人々にとって商業的であったとされた「結婚」と「船旅」がこのことわざに含まれたことにも納得がいきます。

ちなみに、ことわざ内の embarcarse という言葉は「船に乗って旅に出る」という意味ではなく、「困難または危険な事業に着手する」という意味で捉える歴史家も数多くいるようです。DRAE にも3番目の意味として記載されています ↓

3. tr. Hacer que alguien intervenga en una empresa difícil o arriesgada. Lo embarcaron en una aventura. U. t. c. prnl.(embarcar)

嵐に遭遇したら転覆や沈没する危険が大いにあった過去の時代に、その危険を冒してでも商売のために、ひいては生きるために移動する手段であったという背景から「困難または危険な事業に着手する」という意味を獲得したのかなとぼくは思います。

そして、ぼくがスペインで出会ったこのことわざは上で写真で見た通り、"En martes, ni te cases ni te embarques, ni de tu casa te apartes" です。
ネットでこのことわざを調べていると、この部分がないことの方が多いことに気付きました。ぼくの個人的な推論ですが、最後の「家からも出るな」というのは、このことわざを強調するために後の時代に付けられるようになったのかなと思います。

 

【「不吉な数字13」の由来】  

さて、火曜日が縁起が悪いとされる起源について見てきましたが、次に冒頭で述べた「13」という数字も同じように不吉とされている由来についても調べてみたので、箇条書きで簡単に記します。

- イエスが直後に処刑されることとなる「最後の晩餐」の人数が裏切者のユダ (Juda) を含めて13人
- ユダヤ教神秘主義思想であるカバラの黙示録での悪霊の数が13体
- カバラの黙示録第13章が反キリスト教主義的内容
- 北欧神話の主神オーディン (Odín) の饗宴に登場し、混沌と殺戮をもたらした悪戯好きの神 Loki が13人目の参加者

こっちもやっぱり、神話 or 宗教ですね。
これらはスペイン語圏の国々だけじゃなくて、英語圏とか他の文化圏でも共通するものだから、同じく「13」が不吉とされているようです。


最後に。
triscaidecafobia を見て、どういう意味か想像できますか?
スペイン語ネイティヴの友だち数人にこの単語を知ってるか?知らない場合は語感から意味を推測できるかを聞いてみました。
が、誰も聞いたこともなければ、語尾の -fobia から何かに対する恐怖心ということくらいしか想像できないとのことでした。
そりゃそうです、なぜならこの単語に意味は「13恐怖症」。

ドユコト?と思いますが、今回スペイン語圏だけでなく、他のキリスト教の言語地域でもかなり昔から「13」という数字が忌み嫌われていると知りました。その嫌われの歴史が長いということを考慮すると「13恐怖症」という一見ナゾの言葉が生まれる背景は理解できなくもないですね。
この単語を分解してみてみると ↓

tris (τρεῖς: tres) + cai (καὶ: y) + deca (δέκα: diez) + fobia (φοβία: miedo)(Wikipedia Triscaidecafobia)

ギリシャ語から来ているようです。接尾辞 -fobia ってギリシャ語系だったんですね。なぜか勝手にラテン語系かと思ってました。


さて、もう一単語だけ。
trezidavomartiofobia
どうでしょう?ナゾの長い単語でもうおなかいっぱいですか?
意味は "el miedo irracional al martes 13"、言ってみれば「13日の火曜日恐怖症」。
もうナンデモありですね(笑)

この長い単語を構成する要素に関してはどれだけ探しても記述はありませんでした。
分解するなら trezidavo + martio + fobia
もしくは trezi + davo + martio + fobia でしょうか?

まずは、martio の部分。これは確実に martes っぽいのでラテン語系統ですよね?
調べてみると、ラテン語で火曜日は dies Martis のようです。そして、ギリシャ語では Τρίτη (triti) 。なので、これはラテン語系統で間違いないですよね。

問題は「13日」にあたる(であろう)trezidavo の部分。
先に見た「13恐怖症」ではギリシャ語で「13」は triscaideca のはず。でも、なんだか違いますよね?
一応、ギリシャ語で「13」を調べてみると δεκατρία (decatria) 。アレ、チャウヤン。。。
ラテン語では trēdecim。ウーン。
英語みたいに日付は助数詞で言うのかなと思って調べてみると tertius decimus。ウン、チャウ。
trezidavo に分けてみたけど、、、ナイ。
まあ、いいや。こういう単語があるということを知ってるだけで。

 

【まとめ】

今回、いろいろと調べる中で他にも火曜日に関することわざを見つけました。

"En todas partes tiene cada semana su martes
"
"Para un hombre desgraciado, todos los días son martes"

ここまで火曜日を邪険にしなくても。。。

調べていて、"En martes 13, ni te cases ni te embarques, ni de tu casa te apartes" のようにだいぶ具体的に言われている場合も散見しました。

ちなみに、次の「13日の火曜日」は来年10月です。
"ni de tu casa te apartes" って言ってるので、それに従ってその日は仕事に行かずに家でゆっくりですね :)
あと、もし「13日の火曜日だ!」って怖がってる人がいたら「trezidavomartiofobia なの?」って聞いてみてください ;)