イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

接続法¿"未来"? (ii)

前回からの続き。
今回はCiNii Articlesで見つけた接続法"未来"に関する論文を読んでいきます。

 

【出典・参考】

タイトルは「スペイン語の接続法未来形について」(英題: The future form of the Spanish subjunctive)で、著者は土井裕文先生。
2008年3月31日発行の共愛学園前橋国際大学論集(第08号247-257ページ)に掲載されたものです。

土井先生は「接続法未来形の最盛期・統語条件・由来を調べてみる」ということをこの論文の目的とされています。では、見ていきましょう。

とその前に。
「接続法未来形」「接続法現在形」「接続法完了形」などがめちゃくちゃ出てきてややこしいので、文字に色を付けて少しだけ分かりやすくしてみました :)

 

【引用・考察】

―接続法未来形の最盛期―

まず初めに、前回でも少し言及しましたが改めて接続法未来形の「隆盛と衰退」についてです。
土井先生が参考にされた接続法未来形の使用頻度の変遷に関するデータによると、数字上では13世紀頃が最盛期で、14世紀に入ると一気に使用数が減少、そして16世紀の黄金世紀あたりまでこの形が活躍した時期であると言えます。

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表1 主要動詞における接続法未来形の頻度 (p.247)

これは、前回引用した Nueva gramática の §24.3e の「14世紀からその活力を失い始め、その使用頻度がかなり減少したのは16世紀後半から」という記述と一致しますね。
一方で、接続法現在形の使用頻度の変遷データを見てみると、15世紀に入って使用数が一気に増えていることからも、この時期に接続法未来形接続法現在形に取って代わられ始め、その勢力が失われていくことを表していると読み取れます。

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表2 主要動詞における接続法現在形の頻度 (p.248)

表1(接続法未来形で14世紀 (1300s) の数が一気に減っていますが、表2(接続法現在形)でも同世紀の数が少ないですよね。ともに14世紀のデータが少なかったんでしょうか?少し気になるところです。

しかし、それぞれの世紀を数で比較して見ると明確な差が見えます。表からおおよその数を取り出して、接続法現在形使用数が接続法未来形の何倍かを計算してみると次のようになります。

 世紀   接続法未来形   接続法現在形   倍率 
  13    4,200    5,900   1.4
  14    1,000    2,500   2.5
  15    2,200    8,600   3.9
  16    2,000   11,000   5.5
  17       500    5,000   10
  18    1,000    7,800   7.8
  19       600    8,800  14.7

このように二つの使用数を倍率で見てみると、その差は歴然ですね。
最盛期とされる13世紀は2倍差もないですが徐々にその差は開いていき、本格的な衰退が始まったとされる16世紀後半以降、つまり17世紀からの倍率はそれを証明していると言えますね。


―現代スペイン語における接続法未来形の使われる環境―

続いて、接続法未来形の「統語条件」に関してです。
筆者がCREAを用いて入手した接続法未来形の実例は副詞節と形容詞節(関係詞節)の二つに分けることができるとされています。
以下に実例のいくつかを抜粋します。

  • 副詞節(si条件節内)Si el plebiscito fuere negativo, no podrá renovarse la propuesta de autonomía hasta transcurridos cinco años. (PRENSA (1981) El País, 03/01/1981, Diario El País, S.A. (Madrid), 1981, ESPAÑA, 03.Justicia, legislación
  • 副詞節内(si条件節以外の副詞節)j) Las modificaciones en el contrato, aunque fueren sucesivas, que impliquen, aislada o conjuntamente, alteraciones del precio del contrato en el momento de aprobar la respectiva modificación, en cuantía superior, en más o en menos, al 20 por 100 del importe de aquél o representen una alteración sustancial del mismo. (EFÍMERO (1999) 99206025. Página web , ESPAÑA, 08.Páginas web)
  • 関係節内(略)si el apetito es bueno, se controle y según la cantidad que comiere se computará el beber, que será vino muy bien templado si no se tiene fiebre(略)(Muñoz Calvo, Sagrario (1994) Historia de la farmacia en la España moderna y contemporánea, Editorial Síntesis (Madrid), ESPAÑA, 06.Farmacología)

これらの実例を見てもらえば分かる通り、主節での使用は見受けられず、全ての実例は従属節で使用されていたとのことです。

Real Academia Española (1973:482)によると:

今日では、ほとんどないが、書き言葉や口語に残るいくつかの決まり文句 sea lo que fuere(何であろうと)、venga de donde viniere(どこから来ようとも); Adonde fueres, haz lo que vieres(ことわざ:郷に入っては郷に従え)など、で使われるにすぎない。

とあります。
ちなみに、メキシコ人の友人に確認してみたところ、"sea lo que fuere" と "venga de donde viniere" のように接続法未来形が使われることはないに等しく、それぞれ普通に "sea lo que sea" や "venga de donde venga" と言わないと「なんでそんな言い方するんだろう?」と違和感を生むことになるとのことです。

さらに、Alarcos Llorach (1994:160) では、法律文など古い用法を残すものにも見られる書き言葉の古語表現と説明されており、

Si alguien infringiere esta disposición, será obligado a pagar la indemnización a que hubiere lugar. (Alarcos Llorach 1994:160)

これもすでに前回、Nueva gramática からの引用部で述べられていましたよね。
ただ、それは接続法未来形が使われていた時代に書かれた法律文が現代まで残ったから今日でも確認されるのか?それとも、法律は現代に書かれたものの、古語表現の持つ堅苦しさが法律文に威厳を与えるから"敢えて"接続法未来形が用いられたのか?
どっちもあり得そうな気がしますが、どうなんでしょうか?

そして、Losada Durán (2000:132)によると:

-re 未来形は、従属節にだけ現れ、現在/直説法未来/命令に従属する。

とある通り、やはり接続法未来形は主節には出現はしないようです。

これらから、現代スペイン語の接続法未来形は

 ①副詞節に使われる
 ②決まり文句を含め、形容詞節に使われる
 ③主節に使われることがない

という3点が接続法未来形が使われる環境である、と筆者は述べています。


―接続法未来形の由来―

三つ目は「由来」。土井先生は接続法未来形の由来を探るために、その形に注目されています。
なんでも、古典ラテン語には接続法未来形が存在しないにもかかわらず、現代のイベリア半島で話されているスペイン語ポルトガル語の両言語には接続法未来形が誕生している、と。そこで、古典ラテン語接続法完了形とそれらの形を見比べてみると、、、

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図1 古典ラテン語の接続法完了形とイベリア半島における接続法未来形 (p.251)

近からずとも遠からず。いや、むしろ遠からずとも近からずですかね。
正直、なんでポルトガル語まで引き合いに出されたのかはよく分かりません。。。今後重要になってくるわけでもないのでポルトガル語については触れません。

さて、松平・国原(1992:216)によると古典ラテン語接続法完了形の用法の一つに「可能性」があり、次のように説明されています。

可能性:現在か未来について、接続法現在と区別なく用いられる。
Hoc sine ulla dubitatione confirmaverim.
私はこのことをいささかのためらいもなく断言できると思う。

「現在か未来」の可能性を示すという同じ用法を持っていることから、古典ラテン語接続法完了形スペイン語接続法未来形になったと筆者は述べています。
さらに詳しく見てみると、「接続法現在と区別なく用いられ」ていたという点から古典ラテン語では「接続法完了形 = 接続法現在形」であり、また現在だけでなく「未来の可能性」についても示すということでスペイン語接続法未来形につながったとされています。

しかし、別の由来説を唱える人もいるそうで。
Álvarez Rodríguez (2001) によると、スペイン語接続法未来形は古ラテン語直説法未来完了に由来するとしているそうです。その活用表がこちら ↓

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表3 古典ラテン語直説法未来完了形 (p.252)

古典ラテン語直説法未来完了形接続法完了形とほとんど同じ形をしており、1人称単数形のみが異なっているに過ぎないとのことで、改めて活用表を見てみてください ↓

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図1 古典ラテン語の接続法完了形とイベリア半島における接続法未来形 (p.251)

このことから、形の点では直説法未来完了形から派生したと考える方が自然であると土井先生は言われています。
確かに、6つ中5つの活用が全く同じだったら、そっちの方が由来なのかなと考えますよね。

この唯一形が違っている一人称単数形が由来を辿る肝になってくるようで、Álvarez Rodríguez (2001:85) では、接続法未来形が古典ラテン語接続法完了形のみから由来しているという説を否定しています。

というのも、古典ラテン語接続法完了形の1人称単数形は FUERIM という形で語尾は -im
一方で、直説法未来完了形の一人称単数形は FUERO で、こちらは -o で終わっています。
他方、接続法未来形の一人称単数形は FUERE ですが、実は中世スペイン語における同形の人称単数の形は -o で終わっていたそうで、筆者はCORDEで次のような実例を見つけています。

El infant sopo nuevas del cavallo tan fiero,
dixo: "Nol prendrá omne si yo non lo prisiero,
creo que será manso luego que yo l'oviero,
perdrá toda bravez quando en él subiero."
(Anónimo (1240 – 1250) Libro de Alexandre, Jesús Cañas, Cátedra (Madrid), 1988, ESPAÑA, 22.clerical)

この実例中の太文字下線部は接続法未来一人称単数形なのですが、FUERE とは異なり、語尾が -o となっています。
このことから、一人称単数形が -im で終わる古典ラテン語接続法完了形だけから派生したと考えると、中世スペイン語接続法未来形の一人称単数形の語尾に -o の形も見られたことを説明できず、むしろ一人称単数形が同じように -o で終わる説法未来完了形からその形を引き継いだ、という方が可能性があるそうですよね。


さて、この実例では si 条件節の他に luego que(〜した後)、quando(〜する時)という副詞節に接続法未来形が出現しており、どちらも副詞節が主節よりも先行する事柄を表している、とも筆者は指摘しています。

luego que(〜した後)の部分では、「Aをした後に、Bをする」、quando(〜する時)の場合は「Aをする時にBをする」と置くと、接続法未来形を用いて副詞節として表される事柄Aは、ともに主節が示す事柄Bに先行している、つまりAはBよりも先に起きていることを表します。
接続法未来形はこれから起こり得る事柄を仮定するのに用いられるものですが、主節の動作が起こる際にはすでに終了している事柄を表すということになりますよね。すなわち、接続法未来形は「未来のある時点における完了」の要素を含んでいると解釈できます。

これについて、筆者は分かりやすい例を提示してくれています。

現代日本語の「これをやったらご褒美をあげるよ」の「たら」という機能とよく似ている。

前回の記事の冒頭に書きましたが、未来のことなのに過去形が用いられるのは、過去形で表される従属節が主節に対して時間的に先行しており、(未来のある時点で)すでに完了しているから、という話につながってきましたね!
このように意味的にも、ラテン語直説法未来完了形から派生したとみる方が自然であると筆者は述べています。


しかし、ここで忘れてはいけないことがある、とも述べています。
スペイン語接続法未来形は si 条件節、副詞節、形容詞節に限られる一方で、松平・国原(1992:91)によると、古典ラテン語直説法未来完了形は直説法未来形の強調形として主節にも出現することがあるそうです。つまり、古典ラテン語直説法未来完了形は主節でも使うことができ、間違いなく直説法の性格を備えているということになると。

Luquet (2004:109) には

接続法未来は、一般的な規則では、形容詞節・副詞節に見られるに過ぎない。また、かなり散発的にではあるが、形容詞節・副詞節に従属する名詞節にも、接続法未来が使われている

と説明されています。

スペイン語の歴史の中で、主節に接続法未来形が用いられた実例はないそうで、これは「統語条件」のところでも述べられているように、統語的には従属節にしか出現しないというルール通りですよね。
しかし、直前で見た通り、接続法未来形は未来完了的な用法も備えています。これは古典ラテン語直説法未来完了形と同じであり、同形は主節での使用が認められていたという事実もあります。

接続法というものは本来従属節に出現するというのが原則のはずですので、直説法のように主節に出現することもある古典ラテン語直説法未来完了形は統語的な面から見ると、その由来とするのは難しいかもしれませんよね。

ということで筆者の土井先生は、「意味面」は古典ラテン語直説法未来完了形から、「統語面」は古典ラテン語接続法完了形から、それぞれの遺伝子を受け継いだ結果としてスペイン語接続法未来形になったと考えるのが納得できるところではないだろうか、締められています。


下の図が土井先生の仮説です ↓

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図2 現代スペイン語接続法未来形になるまでの仮説 (p.254)

 

【今回の結論】

① 最盛期

  • 接続法未来形の使用は13世紀がピーク
  • 14世紀からその勢力は減少し、接続法現在と取って代わられ始めた
  • 18世紀ごろにはほとんど使用されることはなくなった

② 統語条件

  • 主節では用いられず、副詞節・形容詞節で使用される

③ 由来

  • 古典ラテン語接続法完了形から「未来の可能性を示すという用法」と「従属節にしか出現しない点」を継承
  • 古典ラテン語直説法未来完了形から「活用の形」と「未来のある時点における完了の要素」を継承
  • スペイン語接続法未来形は、古典ラテン語接続法完了形から「統語的側面」を直説法未来完了形から「意味的側面」を受け継いで成立した




今回は「接続法未来形」という過去の文法について調べました。
現代ではほとんど出会うことのない存在ですが、スペイン語を学ぶ身として、知識として頭に入れておくのも大切ではないでしょうか。
これがぼくからの、接続法未来への手向けです :)