"オレの"落ち穂ひろい ④
ぼくの語学人生で一つの分岐点になる体験が高校生の時にありました。
テレビ番組の奇跡体験アンビリバボーの中でアメリカ人親子のホームビデオが流れた際、5歳くらいの子がお母さんにくすぐられて「くすぐったいよー」という日本語の字幕が出ました。音声はそのまま英語だったのですが、その子は笑いながら "Tickles" と言っていて、そこで初めてぼくは「くすぐったい」は英語でそう言うと知りました。
これを聞いた瞬間、それまでめちゃくちゃ英語が好きでたくさん勉強してきたと思っていたのに自分は ーその子はネイティヴとはいえー 5歳の子でも知っているような言葉すら知らないんだということにめちゃくちゃショックを受けました。それからというもの、日常の中で常に「これは英語で何て言うんだろう?」とアンテナを張り、知らなかったらすぐに調べるように心がけ、今ではそれをスペイン語で実施しています。
「くすぐったい」のようにネイティヴなら分からない人なんていない単語でも、非ネイティヴの場合は実際にその単語を聞くか、自分で調べるに至るかしない限り、永遠にたどり着かないですよね。特に日本にいて外国語を学ぶという状況だと基本的には自分で「これは何て言うんだろう?」と疑問を持って自分で答えを見つける他ありません。
ぼくはこの"アンビリバボーの「くすぐったいよー」経験"のおかげで、単語でも文法でも常にアンテナを張って「自分で」疑問を見つけるという心がけが大切であるという、非ネイティヴとして言語を学ぶ際のあるべきスタンスというのを一つ教えられたと思っています。
【きっかけ】
タイトル通り、今回は"オレの"落ち穂ひろい第四弾。そのテーマは題するならば「いざスペイン語で言おうとした時に出てこない名詞」。
百聞は一見に如かずということで、まずは今回ぼくが選んだ次の10個の日本語をご覧ください。皆さんはスペイン語でどのように言いますか?
処世術・相乗効果・手相占い・語呂合わせ・静電気・愛嬌・駄々(をこねる)・筋肉痛・ネタバレ・ミステリーサークル
最後の単語気になりませんか?(笑)
言うまでもないですが、これから紹介するスペイン語の単語だけが正解というわけではもちろんないです。例えば「筋肉痛」なんてそのまま "dolor del músculo" や "me duele el músculo de..." のようにも言いますし、他の単語も別の言い方で表せるものもありますので、あくまで一例として参考までに。
今回集めた単語は、ぼくが今までスペイン語で言おうとして「あれ、スペイン語では何て言うんだろう…?」と会話の中で立ち止まってしまった"落ち穂"になります。
【落ち穂】
① 処世術 ー mundología
スペインで知ったこの単語。ぼくが好きな単語の一つです。正直言うと、この単語をいつかこのブログで出したかったから今回のテーマになりました(笑)
DRAE では次のように説明されています ↓
1. f. coloq. Experiencia de la vida y habilidad para conducirse en ella y en las relaciones sociales.(mundología)
訳)女性名詞. 口語. 人生経験や世間との付き合いの中で上手く振る舞うための才能
ぼくが面白いと感じるのはこの語を構成する要素。「○○学」を意味する -logía に「世界、世間」を表す mundo が付いています。あえて直訳に近づけて訳すならば「世渡り学」といったところでしょうか?
本来、処世術とは生きているうちに身に付ける、というよりむしろ身に"付く"ものであり、学問としてあえて学ぶものではないと思いますが、そんな世渡り術を学問のように扱っていると捉えられる点にクスっとさせられます。でも、もし mundología という授業が開講されていればぜひ参加してみたいものです :)
② 相乗効果 ー sinergia
会社で通訳をしていて、「うわっ、これスペイン語で何て言うんやろ?」という単語に出くわした時の心の狼狽はトテツモナイです。この「相乗効果」という単語がまさにそれ。「これとこれを組み合わせることで相乗効果を生む」という日本語で言われた時、顔には出しませんが心の中で「オァーー、相乗効果っ!?スペイン語デ何テ言ウンヤ!」と叫びながらも、通訳は間を開けることは許されないので即座に「説明訳」という選択肢へ切り替え。"Combinando esto y esto, se podrían producir más efectos que su suma simple" のように「単純計算よりももっと効果が生まれる」という風に説明調に訳しました。すると、聞いていたメキシコ人が "Sí, entiendo. Generan sinergia" とボソッと言ってくれたおかげでこの単語を知りました。
念のため注意として述べておくと、発音は /sinérgia/ のように真ん中の e にアクセントが来ます。ぼくはその語感が energía「エネルギー」に似てたので、それに引っ張られて *sinergía のように間違えて発音してましたが、実際は最後の音節にアクセントは落ちません。一応、ご注意を。
③ 手相占い ー quiromancia
血液型占いは海外にはないと聞いたことがあったので、ぼくは勝手に手相占いも日本独自のものだと思っていました。なので、メキシコで手相占いの館みたいなお店を見つけた時に驚きました。
単語の構成は quiro- と -mancia に分けられるようで、それぞれの意味は
Del gr. χειρο- cheiro-.
1. elem. compos. Significa 'mano'. Quiromancia, quiróptero.(quiro-)
Del lat. -mantīa, y este del gr. -μαντεία -manteía.
1. elem. compos. Significa 'adivinación', 'práctica de predecir'. Ornitomancia u ornitomancía, cartomancia o cartomancía.(-mancia)
ともにギリシャ語に語源を持ち、「手」を意味する quiro- と「占い」を意味する -mancia から成るようです。
quiro- が入っている単語で思い付くのは quirófano で、その意味は「手術室」。。。日本語にも「手」が入ってる!!
一方、-mancia が使われている単語は他に知りませんが、上に例として ornitomancia と cartomancia という語が載っています。前者は想像できませんが、後者は何占いか分かりますよね。前半部分は「トランプ」を意味する carta から来ているのでこれは「カード占い」、いわゆる「タロット占い」を表すようです。一方、前者の ornito- は調べてみると「鳥」という意味のようなのでこちらは「鳥占い」という意味らしいです。何ヤソレと思いましたが、以前書いた記事『この世は「右尊左卑」?』の中で siniestro,a の語源に関してこのようなことを知りました ↓
それは、古代ローマで予兆の良し悪しは鳥が右に飛ぶか左に飛ぶかで決められていたことに起因する(当時の習慣では時には左が、時には右が好ましいとされていた)(De Chile.net, DEEL, SINIESTRO)
おそらく、これって ornitomancia のことですよね?つながりました!
他にも色んな種類の占いがありますが、今回メキシコ人の友だちに新たに教えてもらったのは geneático「誕生日占い」、horóscopo「星座占い」。国は違えど、みんな占いが好きなようです。
④ 静電気 ー calambre
ぼくは高校の頃からふくらはぎと首の筋でよくひきつけを起こします。いわゆる、「足をつる」ってやつですね。スペイン語一年生の時の会話の授業で自分の弱点がテーマの時に「よく足と首筋をつります」と言いたかったので(笑)、スペイン人の先生に拙いスペイン語で大げさなジェスチャー交じりで奮闘して何とかこの calambre を引き出しました。
"¿Cómo se dice...?" からの、走るジェスチャー。そして "Y de repente" からの、ふくらはぎを抑えて "Ah!! Me duele" 。苦労して獲得したものはずっと忘れないものですね(笑)
それから数年後、スペイン人の友だちがドアノブを握った瞬間にバチっという音とともに "¡Ay, me ha dado un calambre!" と言ったのをきっかけに、この単語が「静電気 (electricidad estática)」という意味も持っているということを学びました。これを知ると、確かにひきつけって静電気を受けた時のように瞬間的にピリッとするので同じ単語で表されるのも分かる気がします。
ちなみに、メキシコでは「静電気」のことを口語的に toque と言います。西和中辞典にはこの意味は記載されていませんが、DRAE には一番最後の意味として記載されていました。
14. m. Méx. calambre (‖ sacudida por una descarga eléctrica).(toque)
ちゃんと "Méx(ico)" と書かれています。
メキシコに来てすぐの頃、静電気を受けたと言うつもりで "Me dio un calambre" と言ったらめちゃくちゃ心配されたことがあります。不思議に思っていると、実はメキシコでは calambre は静電気という意味では使われず、ひきつけという意味でしか使われないと教えてもらいました。痛みの種類は似てるけど、メキシコでは誤解を生んでしまうので注意です :)
⑤ 筋肉痛 ー agujetas
上と同様、スペインとメキシコで意味が異なる単語。スペインでは例えば「朝起きたら全身筋肉痛だった」は "Me he despertado con agujetas en todo el cuerpo." のように言います。DRAE には、
7. f. pl. Dolor muscular tras un esfuerzo no habitual e intenso.(agujeta)
訳)女性名詞. 複数形で. 習慣的なものでない激しい運動による筋肉の痛み
とある通り、複数形とするのが普通です。
スペインで当たり前のように使っていたこの単語ですが、メキシコで、運動した翌日に "Tengo agujetas por todo el cuerpo." と言った際にその意味は伝わらず、メキシコでは「筋肉痛」という意味では使われないと知りました。どうやらメキシコでは「靴ひも」という意味で使われているそう。ちなみに、この意味も DRAE に載っているのですが、、、
5. f. Esp. y Méx. Cordón de los zapatos.(agujeta)
メキシコだけでなく、スペインでもこの意味で使われているとありますが、スペイン人の友だちによるとスペインでは「筋肉痛」の意味でしか聞かない、とのことです。
"Tengo agujetas por todo el cuerpo." という文はスペインだと「全身が筋肉痛」と理解してもらえますが、メキシコでは「全身にひも」という意味になるので、もしかしたら「全身亀甲縛り」というトンデモナイ変態だと勘違いされるかもしれませんネ ;)
⑥ 愛嬌 ー salero
この語もまた、後に別の意味を持っているということを知った単語。
スペイン語一年生の時に台所用品のスペイン語を学ぶ中で、sal - salero, azúcar - azucarero のように調味料に -ero を付けることで「(その調味料)の容器」という意味になることを学びましたが、これまたスペインで、しかも想像できないような意味を持つことを知りました。
ある友だちが別の子のことを "Ella tiene mucho salero" と言ったのです。「彼女は塩入れをたくさん持ってる」?文脈ムシでとち狂ったのかと思って、どう意味か聞くと「"tener salero" で ser agradable, simpático, gracioso とかって意味だよ」と教えてもらいました。すごくポジティヴな意味を表すのは分かりましたが、もっと具体的なニュアンスを知りたかったので西和辞書で調べると、この表現には「愛嬌がある」という和訳が充てられていました。
また、今回改めて辞書を引いていて初めて知りましたが、形容詞はそのまま saleroso,a だそうです。ちなみにですが、これも今回初めて知ったのですが、スペイン人の友だちとこの単語の話をしていると、"ser salado,a" も同じ意味を表すそうです。「彼/彼女はしょっぱい」だと日本語には「塩対応」という言葉があるのでなんだか冷たい人のように感じてしまいますが、それでもスペイン語では「愛嬌がある」を意味するようです。
⑦ 語呂合わせ ー mnemotecnia
以前、黙字について調べて書いた記事「letra MUDA」の中でも出しましたが、やっぱりこの mn- から始まる稀有な単語にとても惹かれますし、その意味も面白いので再登場です。
実はこの単語の日本語訳に少し頭を悩ませました。というのも、その意味は日本語の「語呂合わせ」と完全に一致しているわけではないからです。DRAE での定義を見てみると
Del gr. μνήμη mnḗmē 'memoria' y -tecnia.
1. f. Procedimiento de asociación mental para facilitar el recuerdo de algo.(mnemotecnia)
訳)女性名詞. 何かを記憶することを容易にするための頭の中での関連付け作業
そして、西和中辞典ではどういう日本語訳が充てられているか見てみると
記憶術(mnemotecnia)
そう、つまり「記憶するのを助けるあらゆる方法」というのが正確な意味であるので、31日までない月の覚え方「西向く侍」などの語呂合わせはその一つであり、他にも太陽系惑星の順番の覚え方「水金地火木土天海冥」のような頭文字を取って暗記する方法もまたこの mnemotecnia に当てはまります。
ちなみに、スペイン人の友だちに何か mnemotecnia ないか聞くと惑星の順番の覚え方として "Mi Vieja Tía Marta Jamás Supo Untar Nada al Pan" というのがあると教えてもらいました。それぞれの頭文字が Mercurio, Venus, la Tierra, Marte, Júpiter, Saturno, Urano, Neptuno, Plutón から取られて作られた文ですが、どうやら地域によっては全然違う文が有名であったりするそうです。それにしても「私の年老いたおばのマルタはパンに何かを塗ることが一度もできなかった」て(笑)
⑧ 駄々(をこねる)ー berrinche
これはメキシコで教えてもらった単語。
会社の同僚の中に絵に描いたような自己中心的で考えが幼い人がいました。その人が気分を損ねて幼児のように振舞うたびに周りがひっそりと "Está haciendo berrinche jeje" と言っており、意味を尋ねると「小さい子どもが自分の思い通りにならなくて怒り出す」という意味であることを教えてもらいました。DRAE では次のように説明されています ↓
1. m. coloq. Irritación grande que se manifiesta ostensiblemente, y sobre todo la de los niños.(berrinche)
訳)男性名詞. 口語. 表に出る激しい苛立ち、特に幼い子どもの苛立ち
まさに日本語の「駄々(をこねる)」が相当しますね。
ちなみに、似た意味を持つ言葉として chípil という語を同じくメキシコで教えてもらいました。この単語は、お父さんお母さんが新しく生まれた赤ちゃんにばかりかまって、自分に関心や愛情を注いでくれないと感じた小さい子がしつこく甘えたり、弟や妹にやきもちを焼いて拗ねている様子を意味するそうです。日本語でいう「赤ちゃん返り」って現象ですね。上の同僚が恥も外聞もなく拗ねている際によく berrinche とともに "Esta niña está chípil jeje" と言っていました。
DRAE には記載されていませんが、Diccionario de americanismos にはメキシコで使用される語として記載されており、ナワトル語に語源を持つようです。
⑨ ネタバレ ー destripe
メキシコで映画の話をしているとよく spoiler という語を聞きます。英語らしいですが、発音はスペイン語読みで「スポイレル」です。spoil は「ダメにする、甘やかす」という意味がありますが、「ネタバレする」という意味もあるようです。お隣がアメリカということでメキシコではスペインと比べると英単語や英語をそれっぽくスペイン語化したような単語がかなり使われています。
さて、そんな spoiler ですがぼくがスペインで習ったのは destripe という単語。動詞は destripar 。「切り離す」を意味する接頭辞 des- と「腸、内臓」を意味する tripa から成ると思われる単語に何だか恐怖を覚えますが 、その通りにこの単語の DRAE での第一の意味は「腹を裂く」のようです。「ネタバレする」という意味では4番目に記載されていました。
4. tr. coloq. Interrumpir el relato que está haciendo alguien de algún suceso, chascarrillo, enigma, etc., anticipando el desenlace o la solución.(destripar)
訳)他動詞. 口語. 結末や答えよりも先に、ある出来事、笑い話、謎などの話を邪魔する
西和中辞典には
4 ⦅話⦆〈話の〉腰を折る ; ⦅スペイン⦆〈笑い話の〉落ちを先に言ってしまう
と載っています。スペインでは友だちと映画の話をしていると、よく "Ya no te digo más por no destripar la peli."「映画のネタバレをしないようにもうこれ以上は話さないでおくよ」のように言っていました。
⑩ ミステリーサークル ー agroglifo
メキシコにはUFOが火山口に入っていったことで有名なポポカテペトルという山があります。メキシコ人の友だちとこの魅惑の山とUFOの話をしている時、ふと「ミステリーサークル」の話をしようとしたのですが、なんせこんな単語をスペイン語で何て言うか知るはずもないわけで。何となく伝わるかなと思ってそのまま círculos misteriosos と言ってみるとなんと伝わりました!ただ、別の言い方もあるよということでこの agroglifo という語を教わりました。
今回扱った10単語の中で唯一 DRAE に載っていないのですが、意味を知った上で聞くとその語構成は明白です。頭部分の agro- は agricultura にもあるように「農業」を意味する造語要素。ただ、agro 単体でも存在する語のようで「農地」を意味するようです。
お尻部分の -glifo は DRAE には glifo という単語で載っていました ↓
2. m. Ling. Signo mínimo de la escritura maya, que equivale a una palabra o una sílaba.(glifo)
訳)男性名詞. 言語学. 一単語または一音節に相当する、マヤ語文字の最小の記号
形が少し違いますが「象形文字、ヒエログリフ」を意味する jeroglífico にも見られるように、言語として何かしらの意味を有する文字や記号という意味を表すようです。
ぼくがこの語が面白いと感じるのは、単純に「不思議な円」と呼んでいる日本語とは違い、スペイン語では農地 (agro) に現れた「文字・記号 (glifo)」として捉えられている点です。glifo を使うことで何だかミステリーサークルを宇宙人からの何らかのメッセージと考えているのかなと深読みしてしまいます :)
【まとめ】
① | 処世術 | mundología |
② | 相乗効果 | sinergia |
③ | 手相占い | quiromancia |
④ | 語呂合わせ | mnemotecnia |
⑤ | 静電気 | calambre, toque |
⑥ | 愛嬌 | salero |
⑦ | 駄々 | berrinche |
⑧ | 筋肉痛 | agujetas |
⑨ | ネタバレ | destripe |
⑩ | ミステリーサークル | agroglifo |
一つでも皆さんの新しい知識になっていれば幸いです :)