イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

Cuando las ranas críen pelo

かの皇帝ナポレオン一世は「我が辞書に不可能の文字はない」と言ったとか。

ルパン三世の映画「ナポレオンの辞書を奪え(1991年)」ではナポレオンの辞書を手に入れたルパンがページをめくった瞬間にスローで確認すると、一瞬だけちらっと "impossible" の文字が見えます。
しかし、名探偵コナンの映画「銀欲の奇術師(2004年)」では灰原の哀ちゃんが「ナポレオンが言ったのは『不可能という文字は愚か者の辞書にのみ存在する』だったみたいだけどね」と言っています。

ぼくはこの哀ちゃんの言う説はこの映画を観た時に初めて知りました。スペイン語では何て言うのか気になったのでネイティヴに「ナポレオンの有名な言葉は?」に聞いてみたところ、次の二つが出てきました。

"La palabra imposible no está en mi vocabulario"
"Imposible es una palabra que se encuentra sólo en el diccionario de los tontos"

日本でよく知られている方の「我が辞書に不可能の文字はない」は一つ目にあたりますね。元のフランス語がどうかは分かりませんが、「辞書」の部分は vocabulario だったんでしょうか?「語彙」とせずに「辞書」と日本語に訳した人のセンスが光っています。
そして、二つ目の方はまさに哀ちゃんが言っていたものですね。

 

【きっかけ】

中学校の英語の授業で "When pigs fly" という表現を習って以来、この表現が好きです。「豚が空を飛ぶとき」が何なのか想像も付きませんでしたが、豚が飛ぶなんて不可能であり、現実では起こり得ないことから「何かが起こることは絶対にない、ありえない」といった意味を表します。
スペインで出会ったアメリカ人の友だちにこの表現を使った例文ちょうだいと言うと、

Donaldo Trump will be elected president!... When pigs might fly!!

見事に彼の希望は外れたものの、これはアメリカ大統領選の直前だった2016年の10月のことだったのでなんともタイムリーな例文をもらいました。
お気に入りの表現なので、スペイン語を学び始めていの一番に英西辞典でスペイン語では何というのかを調べました。それが今回の表題。
今回はぼくがスペイン語で最も好きなこの表現についてです。

 

【意味】

"cuando las ranas críen pelo"

英語の「豚が飛んだら」に対して、スペイン語では「カエルに毛が生えたら」!?
確かにカエルに毛は生えないでしょうけど、、、発想がなんとも独創的(笑)
ですが、Diccionario de la lengua española にはしっかり記載されています ↓

cuando las ranas críen pelo
1. expr. coloq. U. para dar a entender el tiempo remoto en que se ejecutará algo, o que se duda de la posibilidad de que suceda.(rana)

「何かが実行される遠い未来を示す、もしくは何かが起こる可能性が疑問視されることを示す」とありますが、要するに「何かが起こることは決してない」という意味で、imposibilidad「不可能性」もしくは improbabilidad「ありえないこと」を表し、一言で言うなら nunca となります。
例えば、、、

- "Te invitaré... cuando las ranas críen pelo jaja"

- "Los políticos de nuestro país cumplirán sus promesas cuando las ranas críen pelo..."

- "Tu 'ahorita' es cuando las ranas críen pelo."

一つ目の「おごってあげるよ、、、カエルに毛が生えることがあったらね」の場合だと、「カエルに毛が生える」というあり得ないことを条件にしており、そもそもおごるつもりはない、つまり "Nunca te invitaré a nada." ということになります。
他二つも「この国の政治家は約束を果たすことは決してない」「君の言う ahorita(今すぐ)は絶対にやって来ない」という意味をユーモアを込めて言っているわけです。


スペイン人の友だちに他に似たような表現があるか聞いてみると Cuando caigan ranas del cielo「カエルが空から降ってきたら」という確かに起こりそうものないことを例えた言い方もあると。
また、他にも英語と同じように cunado vuelen los cerdos という表現も使われるとのことです。英語とスペイン語、どちらが先なんでしょうかね?

ちなみにメキシコ人とコロンビア人の友人に聞いてみると、どちらも "cuando las ranas críen pelo" という表現は聞いたことないそうで、どうやら主な使用地域はスペインのようです。
この二ヶ国で使われているのは「豚 (cunado los cerdos vuelen)」か「牛 (cuando las vacas vuelen)」が空を飛ぶという言い方らしいです。もう何でも飛ばしゃあええ感じになってきました。。。

 

【起源】

残念ながら、この表現の起源に関する記述はどこを探してもありませんでした。
ただそれだけで引き下がることはできないので、せめてこの表現が使用されていた時代を割り出してみたいと思います。

頼るのはもちろん我らが Real Academia Española から、当ブログでは初登場となるコーパスを使ってみます。
個人的には大学の卒論で Corpus de Referencia del Español Actual(通称 CREA)を用いました。しかし、Español Actual というその名の通り、この CREA1975年から2004年までの資料ですのでここでの目的には適しません。なので、今回は個人的にも初めて別のコーパスを使ってみようと思います。それがこちら ↓

Corpus del Nuevo Diccionario Histórico del Español

この通称 CNDHE はなんと12世紀から2000年までの間の膨大な言語資料を検索可能な代物。早速、"cuando las ranas críen pelo" で検索してみると、最古の使用例は意外にも(?)1916年。なんだか最近な気もしますがとにかく使用例を見てみます。

c1916 BLASCO IBÁÑEZ, VICENTE, Traducción de Las mil y una noches [España] [Miami, Omega Internacional, 2003]

Y he aquí que, cuando el kadí vió y oyó a la joven, quedó locamente enamorado de ella, y le dijo: "Con mucho gusto me interesaré por tu hermano. Pero empieza por entrar en el harén y esperarme allí. Y entonces hablaremos del asunto. ¡Y todo saldrá a medida de tu deseo!" Y se dijo la joven: "¡Ah hijo de alcahuete! ¡como no me poseas para cuando las ranas críen pelo!"

カディはその若い女性を見て、話を聞いた瞬間に彼女に一目惚れし、彼女に言った。「喜んで君の兄上のことを尋ねてやろう。しかし、その前に君はハーレムに入ってそこで私を待っていなさい。そこでこの件の話をしようじゃないか。全て君の思うがままにいくだろうぞ!」すると、その若い女性は思った。「クソ野郎め!カエルに毛が生えた時のために私を取っておくだと!」

引用した部分の前後も読んでみたところ、この若い女性は不正に投獄されてしまった兄を助けるために二人の権力者(その内の一人がカディ)を自分の家でかち合わせようとしているシーンのようです。しかし、カディは彼女を自分のハーレムに入れて抱え込もうとします。そんなカディに対して女性は心の中で「どうせこの件の話をするつもりもないくせに、私をハーレムに入れるだけ入れさせるのか!」と怒っています。すなわち、ここでの「カエルに毛が生えた時」というのは「この件(=兄を解放すること)の話をすることは絶対にない」ということを示していると思われます。


さて、この使用例は今から約100年前の1916年が最古ということになりますが、これはあくまでこのコーパスでの "cuando las ranas críen pelo" という形での初出です。ということで、検索ワードから cuando を取って探してみると新たに二つ出てきました。
一つは上と同じ作品内のもので ↓

(同上)
Mas comprendiendo ella lo que pretendía él, se dijo: "¡Por Alah ¡oh barba de pez! que no me tocarás hasta que las ranas críen pelo!"

二つ目は1911年の作品 ↓

1911REZ GALDÓS, BENITO, La Primera República [España] [Biblioteca Virtual Miguel de Cervantes, Alicante, Universidad de Alicante, 2002] Novela

el Gobierno espera que las ranas críen pelo para federalizarnos;

hasta que...esperar que... に続けて応用的な使い方もされています。それでも1911年が最古というのは眉唾です。そこで、動詞 criar を切って今度は "cuando las ranas" の部分だけで検索してみるとこれが大当たり。なんと1634年に criar に代わって tener が使われている用例が見つかりました ↓

1634 QUIÑONES DE BENAVENTE, LUIS, «El guardainfante (segunda parte)»(Jocoseria) [España] [ Madrid, Universidad de Navarra. Iberoamericana. Vervuert, 2001] Verso

Juan Porque esperan del malo que será bueno, para cuando las ranas tengamos pelo. Y ya se ha cumplido, pues soy Rana, y con pelo todos me han visto.

文脈から今回の意味で使用されているのかを探ろうと思ったものの、よくわからないので断念。。。
ただ、一縷の望みを託してネットで探していると望んでいた答えを見つけました!!
Fundación Biblioteca Virtual Miguel de Cervantes というスペイン語の古典作品に無料でアクセスできるサイトのこのページに ↓

Vv. 216-217: Cuando las ranas tengan pelo: frase que da a entender que algo se ejecutará a largo plazo, dudándose de que en realidad se haga (DA). Expresión frecuente en entremeses. Vid., por ejemplo, en El Guardainfante, de Quiñones (Cotarelo, t. II, p. 530): «Porque esperen del malo / que será bueno / para cuando las ranas / tengamos pelo.»

"Cuando las ranas tengan pelo" という表現の意味の説明の後、太字部分の「幕間劇にて頻繁に使われる表現」とあり、その例として上で見た1634年の作品での用例が載っています。"críen pelo" という言い方ではないものの、約400年前の作品での使用が確認された瞬間です!
ただ、この作者によって創造された表現なのか、それともすでに存在していた表現として作中で用いたのかは不明です。しかし、少なくとも17世紀前半には「カエルに毛が生えたら」というこの表現が確認されるということは事実です!


また、念のため ranas を単数形にして "cuando la rana" でも検索してみるとこれまたビンゴ。さらに時代を遡った作品内での使用が確認されました ↓

1559 TIMONEDA, JUAN DE, La comedia de los Menemnos. Traducción de Plauto [España] [ Madrid, Sociedad de Bibliófilos Españoles, 1948] Teatro

Aud. Calla, mal criado, y anda allá, que tú y él entonces seréis buenos cuando la rana terná pelo.

アウダシア:うるさい、悪ガキ、もういい!お前とあいつは絶対に良い子にはならないよ!」

ここでもまたナゾが。terná という動詞が何を指しているのかが不明。。。4世紀以上前のものなので諦めるしかないのかと思いながらも、血眼になってネットで調べていると見つけました!!
José Alemany Bolúfer が1928年に記した Estudio elemental de gramática histórica de la lengua castellana の115ページに当該内容があり、簡潔にまとめると、

現代スペイン語では tener の未来形は tendrá だが、古スペイン語では d が入っていない tenrá であった。しかし、発音する際に n が後ろの r に同化して terrá となることもあれば、nr が音位転換 (metátesis) した terná という形になることもあった。

てな具合で、上の1559年当時のスペイン語では tendráterná という形を取っていたという事実が分かりました!接続法ではなく、直説法未来が使用されている点はここでは不問としますが、要は "cuando la rana tenga pelo" ということですね。先ほどの例もそうですが、昔は criar ではなく tener が使われていたようです。


また、上記のもの他にも様々なパターンで検索してみたところ、"la rana tenga" という組み合わせで、今回の検証でおそらく最古と思われる用例がありました ↓

1549 VALLÉS, PEDRO, Libro de refranes [España] [Jesús Cantera Ortiz de Urbina/Julia Sevilla Muñoz, Madrid, Guillermo Blázquez, 2003]

1026. De que la rana tenga pelo: sereis vos bueno.
3220. Quando / la rana tenga pelo: sereys bueno.

Libro de refranes とあるのでどうやらことわざを集めた本のようで、その中に二つ載っていました。そして、この本の出版年が1549年
今回使ったコーパス CNDHE における "cuando las ranas críen pelo" と同義の表現の最古の出現はこの1549年になります。しかし、ことわざ本ということはすでに存在していたことわざを集めたものであるはずなので、この表現もこの本が出版された時代よりも前の時点で存在していたはずです。ここでの結果は、あくまで文字としての最古の出現であって、この表現が生まれた時代の特定ができたわけではありません。
ただ「少なくとも1549年には存在していた」というのが今回確かめられました。


さて、せっかくの機会なので別のコーパスも使用してみようと思い、2001年以降の資料を集めた Corpus del Español del Siglo XXI (CORPES XXI) で検索してみると、おもしろい資料を見つけました。

Villegas Saurí, Sara: Marketingdencias: Curiosidades y anécdotas sobre el marketing y la publicidad de tu día a día. Barcelona: Planeta, 2014.
Clasificación CORPES:
Año: 2014. Criterio: Primera edición. Medio: Escrito. Bloque: No ficción. Soporte: Libro. Tema: Política, economía y justicia.
País: España. Tipología: Divulgación.

Bueno, corrijo, me gustaba, ahora lo odio. Me gustaba hasta el día que juré que empezaría a hacer ejercicio cada día cuando las sandías fueran cuadradas. Mira que podía haber dicho que lo haría cuando las vacas volaran, cuando las ranas criaran pelo, cuando las gallinas tuvieran dientes o hasta cuando los sapos bailaran flamenco. Pero precisamente tuve que decir cuando las sandías fueran cuadradas...  

「カエルに毛が生えたら」や「ウシが飛んだら」という表現に加えて、

 cuando las sandías sean cuadradas「スイカが四角になったら」
 cuando las gallinas tengan dientes「鶏に歯が生えたら」
 cuando los sapos bailen flamencoヒキガエルがフラメンコを踊ったら」

といった確かにあり得ないような表現が。
ただ、四角いスイカは見たことあるような気がして調べてみると、日本は香川県善通寺市にて栽培されており、中にはハート型のスイカもあるみたい。人間が想像できることは実現できると言いますが、これが人類の叡智か。もういっそのこと cuando las sandías vuelen にして、豚・牛と一緒にスイカも飛ばしてしまえばいいんじゃないんでしょうか?
また、「ヒキガエルがフラメンコを踊ったら」はこの引用作品がスペインのようなので、らしさがでていますね。おもしろいのでいつかどこかで使ってみようと思います、ヒキガエルがフラメンコを踊ることがあれば、ですが :)

 

【まとめ】

● 意味 ... "cuando las ranas críen pelo"という表現は「カエルに毛が生える」というようなありえないことを表し、絶対に起こらないと分かっている際に冗談っぽく使う表現。

● 使用地域 ... ほとんどスペインに限られる。(少なくともメキシコとコロンビアでは使われていない)

● 初出年代 ... RAE のコーパスにて1549年のことわざ本に "De que la rana tenga pelo; Quando / la rana tenga pelo" という今回の表現の源流と捉えられる表現があるため、少なくとも16世紀前半にはすでにこの表現が存在していたと考えられる。"cuando las ranas críen pelo" という形では1916年が初出。


ここまで調べてきて最後に衝撃の事実を見つけました。
なんと四角いスイカに続いて、毛の生えたカエルも存在しているとのこと!主に西アフリカに生息しているようで、その学術名は Trichobatrachus robustus で、rana peluda もしくは ranas con pelo と呼ばれているそう。今回の表現を生み出した人もさすがに毛の生えたカエルが遠く離れた西アフリカの地に実在しているなんて思いもしなかったでしょうね。

英語とスペイン語の両方で使われている空飛ぶ豚の方はさすがに今後も現れないでしょうが、ただ何事も "Nada es imposible"。つまり「ありえないことなんてない」はずなので探せばどこかにいるかも、空飛ぶ豚も。

f:id:sawata3:20200622071047j:plain

メキシコのNETFLIXではジブリが観れる!

となると、フラメンコを踊るヒキガエルをみんなで探しましょう ;)