イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

新婦はフライパン。。。?

前回からの続き。
さてさて、ここからが今回の本題になります。

 

【考察】

marsartén のようなどちらの文法性も許容する名詞群についてです。
引き続き、Nueva gramática からの引用です。

el mar/la mar, el tizne/la tizne のように基本的には非生物を表し、男性形でも女性形でも用いることができる名詞を SUSTANTIVOS AMBIGUOS EN CUANTO AL GÉNERO と呼ぶ(§2.1g)

前回見た名詞群とは異なり、この「文法性に関して曖昧な名詞」は生物ではなく、モノであると。
生き物であれば自然性を持っているのでそこから文法性が選択されるという流れに対して、モノの場合は自然性を持たないのでもちろん生き物の場合と同じような流れは辿らないですよね。そのため、自然性というヒントを持たないモノの単語に関しては「-o で終わるなら男性名詞、-a なら女性名詞」という枠に入らない際に文法性の選択が曖昧になってしまうのは理解できます。ただ、このような「曖昧名詞」の数は非常に少ないということは忘れてはいけませんが。

もう一つこの曖昧名詞に関する記述を引用します ↓

§2.1g で確認した "los sustantivos comunes en cuanto al género" は AMBIGUO EN CUANTO AL GÉNERO もしくは単に AMBIGUOS と呼ばれる名詞と区別される
これらの名詞も二重の文法性を持つが、文法性が変わっても意味は変わらない
これらの名詞の多くは非生物である(§2.4g)

"los sustantivos comunes en cuanto al género" とは el artista/la artista のような単語の形は全く変わらないものの、その単語を修飾する語によって性を表す名詞群のことでしたね。
曖昧名詞も男性名詞・女性名詞の両方になり得るという点でこの名詞群と同じですが、この「文法性に関して共通な名詞群」の方は文法性が変わればその単語が表す自然性も変わるという点で異なります。それはすなわち、「男性の」アーティストと「女性の」アーティストといったように自然性の部分で意味が変わるので、そもそも自然性を持たないモノである曖昧名詞とは一線を画します。


また、両文法性を有する名詞の中にはこれらとは別で、語形は変わらずとも文法性が変わると意味が変わる語というのもありますよね。

el capital「資本」~ la capital「首都」
el claveチェンバロ」~ la clave「鍵」
el cóleraコレラ」~ la cólera「怒り」
el coma「昏睡」~ la coma「コンマ」
el corte「切ること」~ la corte「宮廷」
el cura「司祭」~ la cura「治療」
el editorial「社説」~ la editorial「出版社」
el frente「正面」~ la frente「額」
el orden「順、秩序」~ la orden「命令」
el parte「伝達」~ la parte「部分」
el pendiente「イヤリング」~ la pendiente「坂」
(§2.8r)

この種の名詞はこの項では homonimia同音異義語」もしくは polisemia「多義語」といった名称で表されています。
これらはもちろん「曖昧名詞」には分類されませんし、非生物である時点で "los sustantivos comunes en cuanto al género" にも当てはまりませんね。


さて、Nueva gramática 内に今回のキーワードである marsartén に関しての個別の記述も見つけたので引用します。

曖昧名詞の文法性の選択に関しては地域差が影響することが多々ある
名詞 mar は船乗りの間では la mar, mar bravía のように女性名詞として用いられる方が多いが、一般的には el mar, mar bravío のように男性名詞として用いられる方が普通である
en alta mar「沖で、遠洋で」, mar arbolada「高波6mの荒海」, hacerse a la mar「出航する」, pelillos a la mar「和解」, la mar de「大量の」などの表現では女性名詞として扱われる
しかし、複数形の場合は los mares del sur のように男性名詞とすることの方が多い
bajamar「干潮」, pleamar「満潮」は女性名詞のみである(§2.4h)

これら曖昧名詞の文法性の選択は、地域によって傾向が変わってくるようです。
mar の場合は、船乗り (las gentes de mar) の間では女性名詞とされることが多いとありますが、一般的には男性名詞扱いですよね。しかし、mar を使う表現では女性名詞扱いされることが多いという、これまさしく「曖昧名詞」ですね。

一方の sartén は、

名詞 sarténsauna はスペインのスペイン語では女性名詞だが、ラテンアメリカでは両性ともなりうる(§2.8l)

sauna とともに、スペインでは女性名詞ラテンアメリカでは両性扱いでOKという記述。

ということで、メキシコのスーパーに行った際に、フライパンコーナーで注意して見てみると、、、

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左の写真には "Cuida tu bienestar desde el sartén"、右では "SARTÉN MEDIANO" とあり、男性名詞として扱われていました!
女性名詞として扱われている表記はなかったのですが、そもそも無数にあるフライパンの中で冠詞や形容詞からその文法性が明確になっているのはこの二つのみでした。
そして、この二つのフライパンのメーカーCINSAは調べてみるとメキシコの会社のようなので、上の引用内の記載にあてはまりますね。

上に貼ったメキシコのスーパーで見つけたフライパンが男性名詞扱いされている証拠もあるので、この記述通りであることが確認できます。
念のため、メキシコ人の友だち(メキシコシティ出身)に確認してみると「sartén は男性名詞でしか聞いたことない」とのこと。ただ、別の州出身の人に聞いてみると「基本 EL sartén だけど LA sartén も聞かないことはない」といった具合でした。なので、メキシコ国内でも地域差はあるものの、男性名詞とするのが多数派のようです。
一方、スペイン人の友だち複数人にも確認したら「スペインでは EL sartén とは聞かない」そうで、Nueva Gramática の記述通りにスペインでは女性名詞一択のようです。


せっかくなので、marsartén に加えて、他にも一般的に使われている単語で曖昧名詞であるものについての記述も見ていこうと思います。

曖昧名詞 azúcar の文法性は地理によって変わる
男性名詞として azúcar blanco, azúcar moreno とする話者もいれば、女性名詞として azúcar blanca, azúcar morena とする話者もいる
また、En la dieta no debe haber muchos azúcares refinados のように複数形では男性名詞とする方が好まれる(§2.4i)

フライパンと同様に、砂糖の文法性もどうなっているのかをスーパーで確認してきました。

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ともに黒砂糖を意味する azúcar morena(左上)と azúcar mascabado(右上)はそれぞれ女性名詞と男性名詞として扱われており、文法性が異なっています。
値札部分に書かれた「カロリー控えめ」という文言は azúcar baja en calorías(左下)、azúcar reducida en calorías(右下)のように女性名詞として扱われていました。

スペイン人の友人に聞くと、スペインでは男性名詞なので el azúcar moreno であると。
一方でメキシコ人の友人に聞くと、メキシコでは基本的には男性名詞だけど el azúcar morena という形も見られると。
どうやらこの azúcar も調べがいのある単語のようで、Diccionario panhispánico de dudas によると、、、

両方の文法性での使用が有効であるが、形容詞を伴わない場合は男性名詞として扱われることが多い: «Mientras revolvíamos el azúcar, Alfonso tomó la palabra» (Ibargüengoitia Crímenes [Méx. 1979])
形容詞を伴う場合は両文法性として扱うことが可能であるものの、この場合は女性名詞として扱われる方が優勢である: «Les preparaban una exquisita compota acaramelada con azúcar prieta» (Sarduy Pájaros [Cuba 1993])
複数形では形容詞を伴う・伴わないにかかわらず、男性名詞として扱われる方が多数派である: «Ponga el agua a calentar e incorpore ambos azúcares» (Domingo Sabor [Esp. 1992])(azúcar. 1.)

形容詞が付く・付かない、または単数・複数によってどちらの文法性がよく用いられるかに差があるようです。ただ、それが地域差によるものなのか、それ以外の要因なのかについては言及されていません。

しかし、上に書いた el azúcar morena というナゾの構成についての記述がありました ↓

azúcar という語は、語頭の /a/ にアクセントが落ちないにもかかわらず、定冠詞 el と女性形に活用された形容詞の組み合わせを認めるという特殊性を有する: «Se ponen en una ensaladera las yemas y el azúcar molida» (Ortega Recetas [Esp. 1972])
これはアクセントが落ちる・落ちないにかかわらず、母音から始まる女性名詞の前での定冠詞 el の古い用法の名残であり、中世スペイン語では普通の用法であった(azúcar. 2.)

例えば、完全なる女性名詞である agua は語頭の a にアクセントが来るので、定冠詞を付ける時は el agua となりますよね。しかし、定冠詞は el になっても女性名詞であることは変わらないので、形容詞が付く場合は el agua fría のように形容詞は女性形で修飾します。
どうやら、これと同様のことが azúcar でも起きるようですが、それは「特殊」であると。
それはそうですよね?だって、azúcar を男性名詞として扱うのであれば定冠詞はそのまま男性形の el となり、形容詞も男性形で付いて el azúcar moreno となり、他方で女性名詞として扱うならすべて逆となり、la azúcar morena となるはずです。

問題の el azúcar morena という特殊な形になるための条件は二つ。
まずは azúcar が女性名詞であること。そうすれば当然形容詞は女性形である morena となります。もう一つは azúcar が ázucar のように語頭の a にアクセントが来ること。女性名詞でありながら agua の例のように定冠詞が el になるためには必要な条件です。
すなわち、el ázucar morena であれば正当であると説明がつきます。

しかし実際は azúcar であり、それならば上に書いた通り el azúcar moreno もしくは la azúcar morena のはず。。。
Dpd によると、特殊な形になる理由は、語頭の a にアクセントが落ちなくても、母音から始まる女性名詞には定冠詞 el が用いられた中世スペイン語における用法の名残であると。
ということは、azúcar は中世では女性名詞だったということになりますよね。時代の流れとともに文法性が変化するということもあるようですが、現代では地域差はあるものの曖昧名詞に属しているこの azúcar はもっと時代が進めば完全なる男性名詞に落ち着くんでしょうか?今はまだ女性名詞から男性名詞の過渡期にあり、曖昧名詞に甘んじているだけなのかもしれませんね。


他にも calor も実は曖昧名詞であるようで、、、

calor を女性名詞として用いるのは一般的なスペイン語の用法ではなく、スペイン南部、ラプラタ川流域、アンティル諸島などで使用されている
スペインのアンダルシアでは空気の暑さという意味で calor を用いる場合は男性名詞と比べて女性名詞として用いられる傾向がある(§2.8b)

まさか、こんな日常的な単語まで曖昧名詞だったようです。
DRAEcalor を引くと意味が7つ載っており、、、

1. m. Sensación que se experimenta ante una elevada temperatura. En And. y algunos lugares de Am., u. t. c. f.(calor)

その内で一番目の意味にだけ、「アンダルシアとラテンアメリカのいくつかの場所では女性名詞としても用いられる」と表記されています。
さらに、Dpd でも引いてみると

中世・古典スペイン語においては通常であった女性名詞としての使用は今日では俗語と見なされており、その使用は避けられるべきである
しかし、古風なニュアンスを表すことを目的に文学作品などでも見られることがある(calor.)

azúcar と同様にこの calor も元々は女性名詞だったようで、敢えて女性名詞として用いることでそのように使われていた時代の雰囲気を出すことができるようです。しかし、ここにははっきりと「避けられるべきである (debe evitarse)」と明記されており、上で見てきた他の曖昧名詞とは許容に関して差が見られます。


最後に、ややこしいケースについて。

形態音韻論的要因による女性名詞への定冠詞 el の使用は、元は女性名詞であった arte が経験した文法性の変化や再調整に影響を与えた
今日では単数では男性名詞 (el arte chino, el arte romántico)、複数では女性名詞 (las artes marciales, las artes plásticas, las bellas artes) と見なされる傾向がある
現代とは異なり、20世紀までの文書では複数形でも男性名詞として頻繁に扱われていた
el arte culinaria, una bella arte, el arte cisoria, un arte decorativa, el arte métrica といったグループの存在は、この arte という名詞が単数形の場合は文法性が女性を維持していることを示す
そのため、DRAE には文法性について曖昧名詞として記載されている(§2.8h)

形態音韻論的要因 (factores morfofonológicos)」という難解な言い方がされていますが、要は上でも述べた発音的な心地悪さ (cacofonía) を避けるために la agua ではなく、el agua になるルールのことです。
元々は女性名詞だった arte ですが、このルールに則したら el arte という形になるために、本来の文法性がどちらなのかが曖昧になってしまったんでしょうか?
確かに、el aguael alma のように男性形定冠詞が付いても語尾は a なので女性名詞であるということが容易に分かりますが、arte のように e で終わっていると純粋に arte が男性名詞だから定冠詞 el が付いているのかとも考えてしまいますよね。

実際に DRAE で arte を引いてみると、

1. m. o f. Capacidad, habilidad para hacer algo.(arte)

のように合計9つの意味が掲載されていますが、全てに "m. o f." (nombre masculino o femenino) とあり、完全に曖昧名詞として扱われているのが分かります。


そう言えば、よく見たら曖昧名詞とされている単語は一目で文法性が分かる oa で終わってないですね。だからこそ、男性名詞なのか女性名詞なのかが不明瞭で曖昧にものになってしまったんじゃないでしょうか。
加えて、azúcararte のような語頭が母音によることで生じる混乱もこれらの語を曖昧名詞に陥れる要因となっていると考えられますね。

個人的には、数世紀後にこれら曖昧名詞が依然として文法性が曖昧であり続けるのか、それともどちらかの文法性のみとして受け入れられるようになるのかが非常に気になります。ぼくの考えとしては、やはり calor ように元は女性名詞でありながら現在は限られた一部地域を除いて男性名詞と認識されている例こそが、曖昧名詞が辿る運命だと思います。
「言語とは時代とともに簡素化されていくものである」と大学時代の言語学の授業で聞きましたが、曖昧名詞のような「曖昧さ」というものはやはり時の流れの中で淘汰されるものなんじゃないかなと。ただ、こういうのは数百年単位での出来事だと思うので少なくともぼくが生きている間に答えが出ることはないデショウ。。。
しかし、語源やスペイン語の歴史などの過去について触れることは多々あれど、今回のようにスペイン語の未来について考察することはあまりないので、答えが手に入らないとしても、これまた一興ですね :)

 

【今回の結論】

ambiguos en cuanto al género ... 非生物を表し、意味を変えることなく、両方の文法性扱いが可能であるもの (el/la mar, el/la sartén)

mar はスペイン・メキシコともに一般的には男性名詞扱い。しかし、女性名詞として用いられている表現は多い。

sartén はスペインでは女性名詞扱いで男性名詞として扱われることはほとんどない。一方で、メキシコでは男性名詞扱いが多数派ではあるが、女性名詞として扱われることもある。

azúcar は基本的には男性名詞扱いであるものの、中世スペイン語での用法の名残から el azúcar morena と特殊な形が見られる地域がある。

calor は一部地域のみで女性名詞として扱われているが、一般的には避けるべきである。

arte は単数形では男性名詞、複数形では女性名詞として扱われる傾向がある。元々は女性名詞であったが、el arte という形の影響から男性名詞としても扱われる曖昧名詞となった。


最後に、前々回の記事で見たことわざ Dijo la sartén al cazo という犬猿の仲ならぬ「フライパン鍋の仲」の二つを例にして、

"Imáginate, se casan SARTÉN y CAZO. ¿Cuál crees que es una novia?

とスペイン人とメキシコ人複数に聞いてみました。もちろん文法性どうこうの前置きはなしで直感で答えてもらったところ、「なんとなく」とか「形から」という理由もあったものの、今回の核心を突く答えもありました。

スペイン人の一人は「sartén は女性名詞だから "LA sartén es una novia."」という期待通りの答えが!

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スペイン人にはこう見えてる?

ただ、別のスペイン人は cazo「鍋」を勝手に olla に変えてしまって "LA olla es una novia." という斜め上からの回答をくれました。「そうなると sarténnovio?」と聞くと、"LA sartén también es una novia jaja" というどっちも新婦になっちゃうパターンも(笑)
ただ、いずれにしろ女性名詞であるという影響から新婦に当てはめたと言えますよね。


一方のメキシコ人側の一人は「新婦はどっち?」という質問に対して

"El sartén, aunque ambos son hombres jaja"

メキシコではどちらも男性名詞なので「フライパン」と答えつつも、「どちらも男性だけど(笑)」という答えが。こっちはこっちでどっちも新郎に(笑)
フライパン(男)と鍋(男)が結婚するというまた別の話が始まってしまいそうなので、今回はこれにて ;)