イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

W

メキシコに来て2回目の新年を迎えました。
このブログではスペインとメキシコでのスペイン語の語彙の違いや文法上の違いを取り上げることがありますが、今回はもっと「根本的な部分」での違いについての記事です。

 

【きっかけ】

外国で日本人が直面する問題の一つ。それは「名前」だと思います。
聞き馴染みのない外国の苗字や名前は一回では聞き取れないことが多々ありますが、これは逆の場合も同じで、外国の人にとって日本人の名前が難しいということもしばしば。
そんな時は deletrear、つまり「綴りを言ってもらう、もしくは言う」という解決法が常套手段ですが、スペインで何百何千回と使ってきたこの必殺技をメキシコで初めて使ったとき、まさかの不発に終わりました。

どういうことか?
メキシコに来て間もなく、役所関係か何かしらの契約かの場面で名前を聞かれたので、ぼくの苗字 SAWADA を "ese, a, uve doble, a, de, a" とスペインで何千回と唱えてきたこの文字の羅列を言いました。そして、相手が書いた文字を「これでいいか?」と見せてきたので確認してみると、そこには

SAVADA

おい、サバダになっとるやんけ。uve doble やて。
指で宙に w の文字を書いて何とか伝えると、「あ〜、"doble u" ね!」と言われました。

¿doble u?
 ↓
ダブル ユー...
 ↓
ダブリュー!!

w って uve doble やないの!?doble u なんて初めて聞いた。。。
頭の中で doble u から w への変換が完了するまで約10秒。これがアハ体験ってやつか :o

まさか、言語の基礎の基礎の部分であるはずのアルファベットが同じ言語でも海を渡れば違う呼び方をされているなんて想像もしませんでした。
実は、この w の文字以外にもスペインとは異なる呼び方をされている文字をメキシコに来て知りました。どこまでも奥が深い言語ですね。
今回は、そんなアルファベットの名称の差について書いていきます。

 

【考察】

さて、今回のテーマはアルファベットということで、お世話になるのは Ortografía de la lengua española。久方ぶりの登場です!

まずは、w の文字の混乱を解きましょう。
スペインとラテンアメリカ方面での名称がこちら ↓

              España           América

  w - uve doble - ve doble
                                     doble ve
                                     doble u
                                     doble uve

上で述べた通り、メキシコで最も優勢なのは doble u です。
これに関する記述がこちら ↓

ラテンアメリカでの w の文字の名称に関して特記すべきは、doble u という呼び方は特にメキシコ、加えて中米・カリブ地域のいくつかの国で用いられており、英語での言い方 double u の直訳借用‹1›である(5.4.3.1 Letras con varios nombres b, v, w)

‹1› 直訳借用 ... 原文では calco。借用元の外国語を直訳または意訳して自国語に取り入れること。例)英語の basketballbasket (=cesto) と ball (=balón) が訳されてスペイン語になった。

スペインではグローバル化に伴って英語から単語が取り込まれつつも、RAE を筆頭にできるだけ英語を使わずスペイン語で言い表すという風潮が強いのですが、アメリカと隣接するメキシコではやはり英語の影響は多大で、よく英単語を使っているのを耳にします。
それでも、まさか文字の名称さえも英語圏から影響を受けているなんて!実際に住んでみないと分からないことは多々ありますね :)

続いて、Diccionario panhispánico de dudas も覗いてみます。

名詞としては女性形を取り、la uve doble となる
ラテンアメリカでは ve doble, doble ve のように他の名称があり、メキシコや中米のいくつかの国では英語の double u の直訳借用から doble u という呼び方がある
v の文字の推奨される名称は uve であるため、w の文字の推奨される名称は uve doble である(w. 1.)

メキシコ人の友人複数に調査したところ、やっぱり doble u が圧倒的に使用されてますが、doble ve も聞くそうです。
ちなみに、スペインでの uve doble という名前については、「uve doble って言われたらそのまま vvv 二つ)を書く」という人もいれば、「教養がある人だったら uve doble = w が結び付くんじゃないかな」という意見をもらいました。
実際、ぼくは「メキシコでの w の文字の名称調査」のためにわざと uve doble と言うのですが(笑)、ほとんどの場合聞き返されるか v と間違えられます。そのくらい認知度が低いので注意が必要です!


さて、次の混乱を生む文字は w にも含まれている v の文字。
みなさんはどう言いますか?ぼくは w の文字の読み方にも入っている通り uve と発音しますが、メキシコで他の呼び方を知りました。
スペインとラテンアメリカ方面での名称はこちら ↓

         España     América

  v - uve - uve
                          ve
                          ve corta
                          ve chica
                          ve pequeña
                          ve baja


注目すべきは ve です。この呼び方だと b (/be/) と発音が同じになって、これまた混乱を生んでしまいますよね。。。
一方、そんな同じ呼び方を持つ b の地域差はというと ↓

         España     América

  b - be - be
                         be larga
                         be grande
                         be alta

気になる点が多々あるとは思いますが、まずはこの二文字に関する記述を引用します。

ラテンアメリカでは v の文字は習慣的に ve と呼ばれているため、bv の文字の名称を発音の際に区別できるように呼び方に変化を加える必要がある
be alta, be grandeve baja, ve chica という名称は bv の文字の高さを表している
アルゼンチン・パラグアイウルグアイ・チリ・コロンビア・ベネズエラグアテマラキューバドミニカ共和国では be larga/ve corta という対が最も普及している一方で、メキシコ・中米・アンデス地方では be grande/ve chica, chiquita, pequeña という形が一般的である
be alta/ve baja というペアはアルゼンチンとベネズエラでのみ多少の使用が見られる(5.4.3.1 Letras con varios nombres b, v, w)

v の文字は、メキシコではスペインと同様に uve という呼び方は一般的です。ただ、ve という風にも呼ばれているため、引用内にあるように be と区別するために ve chica という呼び方も耳にします。感覚的には uve と同じくらいの頻度かなと思います。
一方で、bbe ですが、v との区別の際は be grande がメキシコでは一般的で、それ以外はあまり聞かないです。
長々と ve chica - be grande なんて言わずに uve - be でええやん。。。といつも思ってしまいますが、明確に区別するためなのでヨシとしましょう。

ちなみに、今働いている会社では商品モデルの名前に v が入っている場合、仮に SVH という名前だとメキシコ人の人たちは "ese, ve, hache" のように発音するので、v なのか b なのか名前を聞いただけでは判断できず、初めて聞いたら SBH なのかと思ってしまいます。ヤヤコシイ。。。

上には出てきませんでしたが、メキシコ人の友人に少し学術的な呼び方がそれぞれ別にあるそうで、

  v - ve labiodental
  b - be labial

というのを教えてもらいました。
vlabiodental は「唇歯音」、つまり英語の v のように歯で唇を噛んで発音する「ヴェ」のこと。
blabial は両唇を合わせて「ベ」の音を発する「唇音」です。
こういうカックイイ呼び方もあるようです!


最後の文字は

スペイン語一年生の最初の授業でアルファベットの名前を習った時、y の名前「イグリエーガ」てめちゃくちゃカッコええやん!なんかツヨそう!と思いましたが、そのイカした名称だけが先行してしまい、綴りが i griega のように "i" と "griega" の二つから成っていることに気付いたのは少し経ってから(笑)
そして、後に griego,a という単語を知った際に、 i griega は字義通りにはつまり「ギリシャ(語・文字)の i」を意味していたことを知った時にはなるほど!と思ったのを覚えています。

メキシコ人の友だちにこの話をしたら、「私も小さい時に文字を初めて習ったとき、"i griega" のように二単語から成っているとは思わず、一続きで「イグリエーガ」だと思った」とのことで、全く同じことを経験していました!年齢や母国語は違えど、普遍的な現象のようです :)

さて、この y の名称についての記述がこちら ↓

i vocal に対して y consonante と呼ばれていた時期もあるが、RAE の定める正書法では19世紀の後半まで yi griega という名称を与えていた(当初は y griega と表記されていた)
i griega という伝統的な名称はその起源を反映しており、ギリシャ語から借用された y の文字のラテン語での名称がそのまま残ったものである
しかし、1869年に RAE がこの文字に対して、他の子音の名称パターンと同様に ye という名称を辞書に登録し、この名称は20世紀後半まで好まれた
最近の学術作品では i griega という伝統的な名称が再び好まれるようになったが、今日ではよりシンプルな形である ye が、スペイン語圏全域で唯一推奨される名称とされ、その使用が望ましいとされている(5.4.3.1 Letras con varios nombres y)

i vocal - y consonante の対は、上で書いた ve labiodental - be labial のように「言語学」感満載の呼び名でぼくは好きです ;)

この引用文によると、19世紀後半までに y の文字が i griega という名前を得ていたとのことで、明確な年代は不明です。ただ、比較的新しい名称であることには間違いないですね。

そして、ye という名前が正式に与えられたのが1869年。
大学時代にスペイン人の先生が「2010年に RAE が y の文字の名称を i griega から ye に統一した」と言っていたのを覚えています。ただ、RAE が名称を変えたとしても、「それまで人生で何十年も i griega と呼んできたのに急に『ye が正式な呼び方だから ye って呼べ』ってなってもそれはムリでしょ?」って熱弁してました(笑)
スペイン語教師としては一応、y の呼び方は"正式"には ye だけどまだ多くの人が旧式の i griega のままで呼んでます、と毎回新入生に説明しているそうです。大変ですね。。。
ただ、これはスペインでの話のようで、メキシコ人に聞いたらメキシコでは i griegaye もあまり使用差はなく、どっちも使うとのことでした。

v のところで言った会社の商品モデルの名前に関して、この y の文字も曲者といいますか。。。
SYH という名称だとすると "ese, ye, hache" と発音されるので、i griega に慣れきって油断していたぼくは、最初「間の『ジェ』ってなんや!?」と狼狽してしまいました。

ちなみに、Diccionario panhispánico de dudas を見てみると ↓

la i griega (más raro, ye)(y. 1.)

"más raro, ye"。。。

1869年に i griega に加えて ye という名前が与えられ、2010年に i griega を外して ye のみを正式な名称として推奨する、という変遷を辿ってきたこの y の文字。ただ、Dpd には「(i griega に対して)使用頻度が低い ye」とあります。
RAE もずいぶんと横暴に y を扱ってますね(笑)

i griegaye という名称に加えて、y は接続詞としては /i/ と発音しますよね。
実際、i vocal に対して y consonante と呼ばれていた時期もあったそうですが、ぼく個人的には、スペイン留学中に大学の授業で先生が y と区別するために i の文字のことを i latina と呼んでいて「ラテン(語・文字)の i」という言い方を知りました。

一応、Ortografía から引用しておきます ↓

y と明確に区別するために、i という名称に加えて i latina とも呼ばれる(5.4.3.1 Letras con varios nombres i)

 

【今回の結論】

文字   España          México              América
 w  uve doble   doble u, (doble ve) ve doble, doble ve
doble u, doble uve
 v  uve  uve, ve chica uve, ve, ve corta, ve chica
ve pequeña, ve baja
 b  be  be, be grande be, be larga
be grande, be alta
 y  i griega  i griega, ye i griega, ye



今回はスペイン語の文字の呼び方の違いを取り上げましたが、この記事を書いている最中に一つ思い出したことがあります。

みなさんは日本語の「を」の文字をどう発音されますか??

高校生の時にテレビで「を」の発音は「お」と同じということを知って、それまでの自分の人生がひっくり返った経験があります。。。会話する時に別に意識したことありませんでしたが、「を」という文字単体を発音するならぼくは「ウォ」だと思ってました。
それまでの自分の人生が否定されたような気がして、悔しさと恥ずかしさ、そして何より衝撃に打ちひしがれました。。。

が、調べてみると地域によって「お」と「ウォ」の発音に分かれるそうで、「ウォ」と教えている小学校もあるとか。ぼくは『「を」の発音は「ウォ」』と教えられた記憶はないので、じゃあどこで「ウォ」というのがインプットされたのかはナゾですが。。。
でも、とりあえず地域による違いということを知り、胸ウォなで下ろしました。。。

メキシコでは uve doble がほとんど通じず、doble u という呼び方が一般的というのもかなり衝撃でしたが、やはり母国語で起きた「ウォ事変」には及びません(笑)

では、良い週末ウォ! :)