イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

"SUPERvivir" vs "SOBREvivir" (ii)

前回からの続き。

 

【考察】

実は、Diccionario panhispánico de dudas の sobrevivir のページに次のような記述がありました。

sobrevivir に比べて)使用頻度はかなり低いが、supervivir という cultista後述› の形も存在している
動詞と異なり、名詞 supervivenciasobrevivencia に対してその使用頻度は優勢となっている
形容詞の supervivientesobrevivienteculto後述› の使用法においてともに用いられる
superviviencia という形は間違いである(sobrevivir)

使用頻度については、前回調べた結果の通りの内容となっています。

また、引用部最後に「superviviencia という形は間違いである」とありますが、ぼくはまさにこの通りに間違えてて、使用頻度を聞いた友だちに「"-vivencia" だよ」と修正されました。動詞の sobre-/super-vivir、形容詞の sobre-/super-viviente はともに "-vivi-" とあるので、それに引っ張られて名詞でも sobre-/super-viviencia となると勘違いしてました。
ただ、RAE に記述されるくらいなのでネイティヴも間違えるんだと思いますし、聞いてみると実際そうらしいです。


さて今回のテーマは引用内で‹後述›と示した "cultista, culto" についてです。
実は、スペイン語を勉強している中でこの cultismo というものをよく目にします。特に語源やスペイン語の歴史などを調べている際に出てくる言葉ですが、正直に言って今まで見て見ぬ振りをしてきました :p
スペイン語学上の概念を表す単語であるために日本語訳が見当たらない、という言い訳を胸に超絶スルーしてきましたが、スペイン語を学ぶ上で非常に重要なテーマですし、今後のためにも今回一念発起して調べてみます。

 

【CULTISMO】

調べていると、"Semper libertatem habui potiorem quam pecuniam" という、どうやらラテン語学習のサイトに辿り着きました。
そこで "Latinismos, cultismos y patrimonialismos" というスペイン語の単語の起源について書かれたページがあり、cultismo については次のように説明されていました ↓

一般的にギリシアラテン語に起源を持つ語で、文学や学問などで使われる語である
古典語に由来しながらも音声的変化を経ずに現代語に入ったため、起源となるラテン語と比べてその形はほとんど変わっていない
cultismo のその他の特徴として、スペイン語がすでに確立されて強固になっていた時期に、文化・文学・学問的な理由によってスペイン語に入った
そのため、多くの cultismo は専門用語と関係がある
また、科学分野での名称のほとんどが cultismo から造られているように、新語を造る際にも使われる(Cultismos)

sobrevivirラテン語の "supervivĕre" に由来すると前回見ましたが、super- という接尾辞も現代スペイン語に存在していることを考えると、supervivir の方がより起源に近い形ですよね。つまり、元となるラテン語と語形が近いままのこの形こそが cultismo ということです。


さて、この cultismo の日本語訳ですが、それに関しては次の論文を参考にします。

題 : 「二重語からみたスペイン語の語彙体系
著者 : 岡本信照 先生
掲載 : 京都外国語大学「研究論叢」85号(131-153頁)
発行 : 2015年7月

こちらの論文によると、cultismo には「教養語」という日本語訳が使われています。
一般庶民が書物や文字とはまだ無縁だった時代に、読み書きができる知識人たちが古典文献から語彙を採取し、スペイン語に翻訳・導入したものが今日の教養語となっており、教養語導入の最盛期は14-16世紀。基本的にラテン語に由来するため、ラテン語での語形を維持している単語のことを指します。

そして、この「教養語 (cultismo)」に相対する概念が「民衆語 (vulgarismo)」。
一般庶民にとって言語が「話しことば」であった時代、ラテン語からスペイン語に入った語彙は口語によって受け継がれたため、文法の簡略化と同様に、その語形も簡略化し、その意味も民衆の日常語へ変化。そのため、民衆語は起源となるラテン語とは語形に隔たりがあります。

簡潔に言うと、

教養語は主に抽象的・学術的・専門的意味を有する文語体
民衆語は主に具体的・物質的・日常的意味を有する口語体

ということになるようです。
これはつまり、supervivir は教養語で文語体である一方で、sobrevivir は民衆語で口語体という関係性ということですね。

 

【その他の概念】

上のラテン語学習サイトには他の概念についても記述があるので、せっかくなので一気に勉強します。
まずは semicultismo

教養語 (cultismo) と同様にラテン語に由来する語
単語がラテン語からスペイン語へ入る際に通常経る変化を一旦は始めたものの、何らかの理由でその変化が完了する前に止まってしまったもの
例えば、ラテン語saeculum からスペイン語siglo が生まれ、その変遷は saeculum > seculo > seglo > sieglo > siglo
しかし、本来の変化を経ていれば *sijo という形になるはずであった
また、スペイン語frutoラテン語fructus に由来するが、本来であれば *frucho という形になるはずであった(Semicultismos)

岡本先生の論文内では「半教養語」と呼ばれており、その名前が示す通り、教養語と民衆語の中間に位置する語を指します。
この半教養語にはキリスト教に関する用語が多いそうで、抽象的かつ専門性の高い意味(=教養語的要素)を持つ語彙である一方で、キリスト教の布教や礼拝を通して一般民衆の耳に触れることが多かったため俗語への導入時期が早く民衆に近しい語彙(=民衆語的要素)でもあったそうです。
そのため、どちらの要素も含んでいて片方に振り切れることがなく、中間に留まったまま現代に伝わった語彙となっています。


次は patrimonialismo

ラテン語からスペイン語になる際の音声的変化を完了させた語
ローマ人が自分たちの言語に取り入れてから現代まで使われ続けている「歴史の長い」単語である
スペイン語における音声(発音)の最も大きい変化は16・17世紀に起き、それ以来ほとんど音声的変化はない(Patrimonialismos)

このラテン語学習サイトでは patrimonialismo という名称で紹介されていますが、その内容からして先に見た「民衆語 (vulgarismo)」のことを指していると思われます。
語彙がラテン語からスペイン語に入る際に、その発音の変化やそれに伴う表記の変化、すなわち「スペイン語化」が完了して民衆の日常生活に溶け込んだ語彙が民衆語 (patrimonialismo = vulgarismo) であり、上で見てきた教養語・半教養語の二つはそのスペイン語化というプロセスが不完全な状態のままスペイン語の語彙となったものを指すということです。
前者が話しことばの口語であるのに対して、後者が書きことばの文語であるということを踏まえると、日常と学問での語彙という差があることが納得できます。


最後は Latinismo

ラテン語において使用されていた単語や表現
表記はラテン語、発音はスペイン語となる
例)album, status; verbi gratia(Latinismos)

これはスペイン語風に発音しているだけで、結局はラテン語の語彙をそのままスペイン語に取り込んだ語彙です。
岡本先生の論文内では「ラテン語」という風に呼ばれています。


最後に、ラテン語学習サイトから以下の例を引用します ↓

   ラテン語

 latinismo 

          民衆語

 patrimonialismo 

  教養語

 cultismo 

 rotam     rueda  rotación
 annum     año  anual
 pedem     pie  pedestal
 oculum     ojo  oculista
 insulam     isla  insular
 ferrum     hierro  ferro-carril
 capillum     cabello  capilar
 lactem     leche  lácteo
 nocte     noche  nocturno
 mensem     mes  mensual

こう見ると教養語は難しい単語ですね。pedestal なんて言われても分からないです。教養を見せびらかしてないで、del pie って簡単に言ってくれた方がありがたいです(笑)

岡本先生の論文の「3-1 民衆語名詞 vs 教養語形容詞」という章で「民衆語名詞-教養語形容詞」という関係性が紹介されています。
例えば、hijo, lluvia, mes といった単語は民衆語ですが、これらの民衆語に対応する教養語での名詞形はないそうです。その代わりに、これらの単語には教養語に基づいた形容詞 filial (<filialis), pluvial (<pluvialis), mensual (<mensualis) が存在しているとのことです。
確かに上の表を見てみても分かる通り、民衆語の名詞と教養語の形容詞という組み合わせが多いですね。

 

【今回の結論】

● 接頭辞 sobre- と super- の使用優劣は以下。

「生存する」     SOBREvivir > SUPERvivir
「生存」       SUPERvivencia > SOBREvivencia
「生存者」(スペイン)SUPERviviente > SOBREviviente
     (メキシコ)SOBREviviente > SUPERviviente

逆成 (derivación regresiva)
... 語の一部を接辞として解釈し、その語が派生語であるかのように捉えられることによって、その"本来は接辞ではない接辞部分"を取り除いて新しい語が生まれること

ラテン語 (latinismo)
... 表記はラテン語、発音はスペイン語ラテン語語彙

民衆語 (patrimonialismo, vulgarismo)
... ラテン語からの導入に際してスペイン語化を完了した話しことば・口語体

半教養語 (semicultismo)
... スペイン語化が半端に終わった語彙。民衆語と教養語どちらの要素も含む

教養語 (cultismo)
... スペイン語化がほとんど起きず、ラテン語と語形が変わらない語彙。学問分野での語彙に多く、書き言葉・文語体


今回はスペイン語言語学の色が濃い内容となりました。ただ、これらの内容はスペイン語の語源や歴史を調べていく中で絶対に切っても切れないものなので、今後に生かせることを期待しています! :)