イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

Esto me recuerda a la pesadilla...

今回のタイトル「あの悪夢を思い出しちゃったよ」。

違和感ありますか?ぼくはアリアリです。
先に言っておくとこの文は100%正しい文なので、違和感を覚えない方がセンスありなのですが。。。

 

【きっかけ】

スペインにいた時、日本語を勉強していた友だちに言われて日本語能力試験一級の過去問を解いてみたことがあるのですが、それはもはや日本語という言語の問題ではなくて読解力の問題でした。なので解いている時にふとその数年前に受けたセンター試験の国語の試験を思い出しました。ぼくにとっては -おそらく、ほとんどの人にとっても- センター国語は pesadilla だったのではないでしょうか?なので「日本語能力試験一級を解いたら、悪夢(=センター国語の撃沈)を思い出しちゃった」という意味で

"Esto me recuerda la pesadilla de la selectividad."

とその友だちに言ったら、recuerda の後に前置詞 a を入れた方がいいよと訂正してくれました。でも、この a はなんや?pesadilla は動詞 recordar の直接目的語だし、ヒトではなくてモノなんだから前置詞 a は付かないでしょ?

今回も留学中に出逢った疑問を文法的にしっかり解決していきます。

 

【考察】

まずは、動詞 recordar に前置詞 a を必要とする用法がないかを DRAE で確認します。

1. tr. Pasar a tener en la mente algo del pasado. Ahora lo recuerdo: ella no vino ese día. U. t. c. intr. Aquí jugábamos de niños, ¿recuerdas?
2. tr. Tener algo o a alguien en la mente o en consideración. Recuerden que está prohibido hablar.
3. tr. Dicho de una persona: Hacer que otra recuerde algo. Recuérdame que compremos leche.
4. tr. Dicho de una persona o de una cosa: Parecerse a otra, o evocarla. Sus ojos recuerdan dos luceros.
5. intr. p. us. despertar (‖ dejar de dormir). U. t. c. prnl.(recordar)

基本的には他動詞で「1. 思い出す」「2. 覚えている」「3. 思い出させる」「4. 似ている、連想させる」という意味で、前置詞 a が必要な場合は見当たりません。そもそも「他動詞+前置詞」という形があり得ない(受動態なら可能ですが)ので、そりゃそうですよね。

ただ、自動詞でありながら前置詞を伴って「〇〇を〜する」という意味を表す表現も多々ありますよね。例えば、"renunciar a mi tranajo"「仕事辞める」や "carecer de originalidad"「想像力を欠く」、"recurrir a la violencia"「暴力に訴える」などは「自動詞+前置詞」の形で他動詞のように機能しています。
日本語で訳すと「〇〇『を』〜する」となるので直接目的語を取る他動詞っぽいのに実は自動詞である動詞も存在するということを考えると、今回のテーマの recordar にも自動詞的な用法があり、前置詞 a を伴って「悪夢『を』思い出させられた」のようにいう言い方があるのかなと思いましたが、DRAE を見る限りそうではありませんでした。

五つの定義の中で一つだけ自動詞としての意味が載っていますがその意味は「目を覚まさせる」なので今回のテーマとは関係ないですね。てか、"p. us." (=poco usado) とはありますが recordar にそんな意味があったんですね。新たな発見です。


次に Diccionario panhispánico de dudas を引いてみると一見に値する内容がありました ↓

ヒトやモノが他のものに似ている('asemejarse [a otra]')という意味ではモノであってもヒトの場合と同様に直接目的語に前置詞 a が付くことが多々ある
«Su tocado recuerda a los tocados clásicos» (Gala Ulises [Esp.] 1975)(recordar(se). 2. d))

「彼女の髪飾りは古典的な髪飾りと似ている」という例文ですが、これは上で見た DRAE の4.の意味ですね。類義語が自動詞の "asemejarse a" であり、日本語でも「〜『に』似ている」ということから、実際は他動詞ですが自動詞的に a が後続することがあるとのことです。(上の DRAE の例文では a は入っていませんが。)

もしかしたら、意味によっては他動詞が自動詞のように扱われる場合があるのかもしれません。しかし、今回の表題での recordar は「〜を思い出させる」という意味の完全なる他動詞で、この引用部での「〜に似ている」という意味とは異なるため、前置詞 a を伴う理由が全く見えてきません。この内容に関しては参考までに頭に入れておくことにします。

どうやら今回問題にしている意味では、動詞 recordar 自体に a を導く理由があるわけではないようです。となると、前回の記事同様、前置詞 a 側に視点を移すしかないですね。a の用法に中に今回の疑問を解くものがあるのかを Dpd で調べていきます。
ただ、前回もちらっと書きましたが、この前置詞 a のページの記述が膨大で膨大で。。。そんなに用法あったんやって圧倒されます。とりあえず、気合を入れて「直接目的語がモノにもかかわらず a が付く場合」の用法をいくつか見ていきます。

後続するモノを擬人化する場合に用いる
Esperó (a) la muerte con serenidad.(a2. 1.2. f))

今回の表題では別に「悪夢」が擬人化されているわけではないと思いますが、muerte が擬人化されるなら pesadilla が擬人化されても不思議ではない気がします。一般的に擬人化される傾向があるような単語もある程度存在するとは思いますが、そもそもどういった類のものが擬人化が許されて a が付くのかといった明確な基準がなく、話し手の裁量による部分も大きいと考えます。なので仮にこのルールが適用されて "a la pesadilla" となっていたとしても、なんだか曖昧で納得には至らないかなと。。。

とりあえず、モノの直接目的語に付く前置詞 a の用法をどんどん見ていきましょう ↓

通常ヒトを直接目的語に持つ動詞や利害を表す動詞にモノの名詞が直接目的語として続く場合、前置詞は使用してもしなくてもどちらでもよい
El tabaco perjudica (a) la salud; La humedad afectó (a) los cimientos del edificio.(a2. 1.2. h))

これも今回のテーマには当てはまらないですね。
次 ↓

順序を表す動詞 (preceder, seguir)、文法的に付加詞‹1›もしくは目的語として機能する動詞 (acompañar, complementar, modificar)、他のモノに取って代わるという意味の sustituir などの動詞の直接目的語がモノの場合に用いられる
El otoño precede al invierno; La calma sigue a la tempestad; El adjetivo modifica al sustantivo; El aceite sustituye a la mantequilla en esta receta.(a2. 1.1. l))

‹1›付加詞 (adjunto) ... 修飾語と同じ。

ここで言及されている種類の動詞にも recordar は当てはまらないですね。
次 ↓

前置詞の有無によって対象である目的語の意味が変わることがある
En este país no se respeta nada A LA JUSTICIA (‘institución’「司法、裁判、警察」)
En este país no se respeta nada LA JUSTICIA (‘virtud’「正義、公正さ」)

また、動詞の意味が変わることもしばしばある
Admiro A LA IGLESIA [= siento admiración por la institución「教会を尊敬する」]
Admiro LA IGLESIA [= contemplo con deleite el edificio de una iglesia「教会という建物を見て楽しむ・鑑賞する教会という建物を見て楽しむ・鑑賞する」]
(a2. 1.2. g))

これに関しては、そもそも recordar 自体に前置詞 a が付く用法がないので当てはまらないですね。
次 ↓

主語と目的語が動詞の後に位置する場合、曖昧さを避けるためにモノの名詞の前で用いられる
Venció la dificultad al optimismo.
しかし、直接目的語の前に前置詞を必要としない動詞の場合は主語を動詞よりも前に置く方が好ましい(a2. 1.1. k))

主語と目的語が動詞の後に位置する場合」とは明記されていますが、とにもかくにも曖昧さを避けるために前置詞 a が現れる場合があるようです。
例えば、英語であれば主語は必ず文頭に来るという厳格な規則がありますが、スペイン語はこの引用内の例文のように主語の位置はかなり自由ですよね。となると、原則として前置詞 a が現れないはずの "Esto me recuerda la pesadilla" や "Este juguete me recuerda mi infancia" のような文においても主語が文頭ではなく、動詞の後ろに来る可能性がありますし、会話の場合ならもっと文構造が崩れることがあります。
この点を考慮すると、今回のテーマはこの引用部にある「主語」と「目的語」を明確にする前置詞 a の用法だと言えるかもしれません。

本命の Nueva gramática で前置詞 a の用法をしゃかりきに調べていると、類似した内容を見つけました ↓

直接目的語を動詞の他の補語、特に主語と区別するために前置詞 a を用いる使用法は USO DISTINTIVO DE LA PREPOSICIÓN A と呼ばれている
動詞 caracterizar などは前置詞 a が出現する場合としない場合がある
Su canto es todo el clamor agrio que caracteriza a la música indígena (Cardoza, Guatemala); Cuando hablamos de americanismo, entendemos algo distintivo de los americanos, algo que caracteriza su gobierno, su civilización y su cultura (Palma, R., Alma)(§34.10ñ)

「前置詞 a の区別用法」なるものがあるようで、上で確認した内容に当てはまる「主語」と「直接目的語」を区別するために a が出現するケースがあると述べられています。
一応、引用内の例文二つを日本語に訳してみると、「彼の歌は先住民音楽を特徴づける辛辣な叫びである」、「アメリカニズムについて話すと、アメリカ人に特徴的な何か、彼らの政府、文明、文化を特徴づける何かを理解する」という風になります。両文とも動詞 caracterizar に後続する部分がその直接目的語ですが、前置詞 a の有無の違いが見られます。
前者の場合、もし a がないと動詞に後続する la música indígena が主語で el clamor agrio が目的語と解釈することも可能になります。つまり、「先住民音楽『を』特徴づける辛辣な叫び」ではなく、「先住民音楽『が』特徴づける辛辣な叫び」とも理解することができるため、どちらが主語でどちらが目的語かが曖昧になり得ます。そのため、ここに a を挿入することで後続する部分が目的語であるということを明確にする役割を果たすことになりますね。

この内容を動詞 recordar に当てはめて考えてみます。
例えば、"algo que me recuerda el juguete que tenía en mi infancia" という文の場合、「子どもの頃に持っていたおもちゃ (el juguete...)」が主語なのか目的語なのかが明確ではありませんよね。
主語として解釈するなら「子どもの頃に持っていたおもちゃ『が』私に思い出させるもの」となり、そのおもちゃを見ることで当時住んでいた家や一緒に遊んだ友だちを思い出すという様子が想像されます。
一方で、目的語とするなら「子どもの頃に持っていたおもちゃ『を』私に思い出させるもの」となるので、例えば街中で見かけたスポーツカーを見て、小さい時に大切にしてたミニカーを思い出すといった具合になります。

このように主語と目的語のどちらとも解釈可能であり、場合によっては曖昧さを生む可能性もありますよね。そのためにも、後者のように el juguete を目的語とするのであれば前置詞 a を入れて "... me recuerda al juguete..." とすることで、前者の解釈と区別することができます。

a の使用は疑問文にするともっと大切になってくるかもしれません。
"¿Qué te recuerda ese juguete?" という文もまたすごく曖昧で、「そのおもちゃ『は』君に何を思い出させるの?」なのか「何がそのおもちゃ『を』思い出させるの?」という二つに理解できます。
なので、明確にするために前置詞 a を入れてみるとそれぞれ "¿A qué te recuerda ese juguete?" と "¿Qué te recuerda a ese juguete?" となり、その曖昧さを消すことができますよね。

さらに、この a の出現は名詞だけではなく、cuando から始まる名詞節の場合にも見られるようで、スペイン人の友だちとカフェテリアで話している時に店内にある曲が流れてきて、"Esta canción me recuerda a cuando tenía 12 años" と確実に a を入れていました。ちょうどこの "me recuerda a..."  に関して疑問を持った直後に出くわしたネイティヴの実例だったので鮮明に覚えています。


最後に、Googleでフレーズ検索をして、前置詞 a のアリとナシの場合の検索結果数を比較してみます。(2020/09/19検索実施)
検索するのは今回の表題である「悪夢」に加えて、思い出す代名詞とも言える「子どもの頃」を表す infancia、そして名詞節である cuando の場合も調べてみます。結果は以下 ↓

"me recuerda la pesadilla"    - 19,900件
"me recuerda a la pesadilla" - 27,800件

"me recuerda mi infancia"    -   46,300件
"me recuerda a mi infancia" - 109,000件

"me recuerda cuando"    - 168,000件
"me recuerda a cuando" - 172,000件

a が付く方が多いという求めていた通りの結果に大満足です :)

 

【今回の結論】

● 動詞 recordar は「〜を思い出させる」という意味では本来前置詞 a を伴わないはずだが、"Esto me recuerda a la pesadilla..." のようにモノを示す目的語の前でも a が出現する場合がある。これは主語と直接目的語の区別を明確にする uso distintivo de la preposición A という前置詞 a の用法に起因すると考えられる。


前回の記事 "¿Me podrías presentar a tu familia?" では「直接目的語」と「間接目的語」の区別を明確にするために、ヒトを示す場合でも直接目的語から前置詞 a を省略することが可能であるというルールが存在することを学びました。
そして、今回は「主語」と「直接目的語」の区別を明確にするために、本来なら出現しない前置詞 a が出現する場合があることを学びました。

本来必要であるものを省略する前者と、本来必要ないものを追加する後者。真逆のケースを導く前置詞 a にはいやはや脱帽。前回と今回でこの a について調べた量は相当なもので、もうしばらくは Nueva gramática は開きたくないデス。。。もはや悪夢。。。

La preposición a me recuerda a la pesadilla...