イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

¿Me podrías presentar a tu familia?

スペイン語アラビア語を学び始めて母国語の日本語に対しても言語学的に敏感になっていた頃、YouTubeのある動画のタイトルにひっかかりました。

安倍晋三首相が嫌いな有名人」

安倍政権に批判的な意見を持つ人は少なくなかったので「安倍さんのことが嫌いな人」つまり "los famosos que odian al primer ministro Abe" という風に最初に理解しました。
しかし実際は逆で、安倍さんのことをテレビやSNSなどで猛烈に批判する有名人が多数いる中で「安倍さんが嫌っている有名人」つまり "los famosos a los que odia el primer ministro Abe" という内容を表したタイトルでした。

安倍晋三首相『が』嫌いな有名人」という文の中の「が」が前者の解釈では目的語を表し、後者では主語を表しています。ここでは助詞の「が」がいくつかの用法を持っているからこそ起きてしまう曖昧さですね。

以前、動詞 gustar について書いた "Si gustas, yo te espero ahí." という記事の中で「〜が好き・嫌い」という文における主語どうこうについて少し触れました。そこではスペイン語gustar と日本語の「〜が好き」はともに「文法上の主語」と「意味上の主語」が混合しているために、どれが主語なのかが分かりにくくなっているのではないかと考えました。
そして「〜が好き・嫌い」と表す際に助詞の「が」が使われていることが主語の特定に勘違いを引き起こしていたわけですが、上に挙げた安倍さんの文に関してもこの助詞「が」こそが、安倍さんが主語なのか目的語なのかを曖昧にしている犯人です。

こういった曖昧さって困りますよね、特に外国語の場合は。。。

 

【きっかけ】

今回の表題 "¿Me podrías presentar a tu familia?" をどのように理解しますか?「私を君の家族に紹介してよ」?それとも「君の家族を私に紹介してよ」?理論上は両方の解釈が可能ですよね。
上で見た日本語文では「が」が示すのが主語なのか目的語なのかが曖昧でしたが、このスペイン語文では metu familia のどちらが直接目的語でどちらが間接目的語かが曖昧で、どちら「を」どちら「に」紹介するのかが不明確です。

今回はこのスペイン語における曖昧さを打破することができる一手があるのかどうかを探っていきたいと思います。

 

【考察】

Nueva gramática から、まずは今回のテーマである曖昧さを生む動詞に関する記述から見てみましょう ↓

entregar, presentar, proponer, recomendar などの動詞グループはヒトを直接目的語と間接目的語として認めるという特徴があるため、Me presentó a Andrés という文中の下線が引かれた二つの目的語はどちらも直接目的語または間接目的語として機能しうる
me が直接目的語で a Andrés が間接目的語の場合は me が紹介される人で、Andrés が紹介先となり「彼は私をアンドレスに紹介した」という意味を表すが、目的語を逆に捉えることも可能で、その場合は「彼はアンドレスを私に紹介した」となる
これらの場合、文脈や状況がどちらの解釈が正しいかを判断する助けになる(§35.8r)

この種の動詞は presentar の他に recomendar くらいしか思い付きませんでしたが、確かに proponer や entregar も同時に二人のヒトを目的語に持つことができるので、誰「を」誰「に」推薦する、または引き渡すのかが曖昧になる可能性がありますね。例えばそれぞれ  "proponer a Juan a Juana como candidato de gerente"、"entregar al rehén a la policía" という例文が作れます。ネイティヴに聞いてみると、やはりこれらの文も曖昧にはなり得るそうで、話す時はトーンや言い方で「どちらをどちらに」なのかを区別を付けるそうです。ただ基本的には動詞の直接目的語は動詞に近い位置に置かれるので、ここで挙げた proponer と entregar の例文も例にもれず、基本的には「動詞→直接目的語→間接目的語」という語順として暗黙のうちに(というか無意識に)理解されます。

なので、proponer の例文は順当に解釈すれば「フアンを部長候補としてフアナに提案する」となります。しかし、例えば「係長として長年頑張ってきたフアナを昇級させるために社長のフアンに提言する」という背景がある上でこの例のような文が出てきたら「フアナをフアンに...」という解釈になりますよね。例文の語順でも言い方次第でそっちの意味を持たすこともできるそうです。これこそ、引用部の最後に述べられている「文脈や状況がどちらの解釈が正しいかを判断する助けになる」に当てはまりますね。
ただ、文脈がなくても entregar の例文の方は万人が「人質を警察に引き渡す」と理解するでしょう。まさか「警察を人質に引き渡す」なんてトンチンカンなことはないでしょうから(笑)

ただやはり「直接目的語が先に来る傾向がある」というだけで、ヒトの目的語を同時に二つ持つことができる構文が生み出す曖昧さを完全に打ち消すことはできません。ではどうすればよいのでしょうか?
ここで少し視点を変えて、ヒトの目的語を表す際に不可欠な前置詞 a 側からこの問題を見てみます。Diccionario panhispánico de dudas に載っている膨大な a の用法をしらみつぶしに読んでみたら、関連する内容を見つけました ↓

前置詞 a を伴うヒトの直接目的語が同節内で同じく a を伴うヒトの間接目的語と同時に現れる場合、混乱を避けるために直接目的語に付く前置詞は省略してもよい: Presentó (A) SU NOVIO a sus padres
しかし、直接目的語が固有名詞の場合は前置詞 a の重複はやむを得ない: Presentó A JUAN a sus padres(a2. 1.2. d))

なんと、混乱を避けるための特例的措置がありました。su noviosus padres もともにヒトを表す目的語なので本来なら a が付くべきですが、直接目的語の方は省略することが可能とのこと。
これは前置詞 a が本来方向を表す意味を持ち、間接目的語に付いて「〜に、〜へ」という意味を示すことから、本来の役割である間接目的語の方は省略できないからじゃないでしょうか?むしろ、基本的には直接目的語に a は付かないものの、ヒトを表す直接目的語の場合は a を付けるという方が例外と考えると、ここで省略が許される理由の説明が付きます。

スペイン語一年生の初期の初期は直接目的語に a を付けることに違和感があり、"Estoy buscando el profesor" のような間違いを繰り返しながら「直目でもヒトの時は a を付ける」と頭に叩き込んだものです。しかし、後に "Estoy buscando alguien que hable inglés" のような目的語のヒトが不特定の場合は a が付かないというスペイン語学習者泣かせなルールを知り、ナンヤネンとへそを曲げたりしましたが、あれから6年経ってまた別の「前置詞 a が消える(=省略可能)」というルールを知りました。今回は曖昧さを消すためのルールということで、むしろ学習者にはありがたいルールなのでへそを曲げる必要はないですね ;)

というわけで、ヒトの目的語が二つ並列する場合はその語順に注目するのに加えて、直接目的語に付く前置詞 a を省略することで曖昧さをなくすことができるということです。ただ、このルールが適用されるのは一般名詞だけで、固有名詞の場合は省略できないようなので注意が必要です。

ただ、ヒトの目的語の場合でも省略可能なルールを見つけたばかりですが、Nueva gramática の方で水を差すかのような記述を見つけてしまいました。。。 ↓

動詞の中には recomendar, presentar, enviar のようにヒトを直接目的語と間接目的語の両方で同時に持つことが可能なものがある
Di a Diana a don Sancho porque loco / con desigual amor, ofensa hacía / a mi palabra (Tirso Molina, Celoso) のように時折文学作品では見られるものの、二つの目的語が両方とも固有名詞である文の場合、このような文構造はまれである
伝統的な規則としては直接目的語の前への前置詞の使用を避けることを推奨していたが、現在は固有名詞でも一般名詞でも、直接目的語にも前置詞を付ける方が優勢となっている: Fue él quien le presentó a mi madre a Nicolás Blanch (Ribera, Sangre)(§34.10r)

どうやら上で見た Dpd の内容は「伝統的な規則」だったようですが、現在では一般名詞であっても a を付ける方が優勢とここには記載されています。
これについてネイティヴに聞いてみると「それが優勢かどうかは分からないけど」と前置きした上で「文脈がなかったり、文字で書かれているだけの場合だったら、直接目的語と間接目的語を明確に区別したいなら前置詞 a を省く他ない」と教えてもらいました。やっぱり基本的に会話の中であれば、その文脈や言い方から誰「を」誰「に」なのかは分かるので省略する必要はないようです。


さて、本当の問題はここから。
今回のタイトルや上の引用部に出てきた Me presentó a Andrés のように片方は人称代名詞 me または te で、もう片方は a +人名 (Andrés) またはヒトを表す名詞 (tu familia) という構造の場合だと直接目的語と間接目的語が曖昧になってしまいますよね。この問題はどう対応すればいいんでしょうか?

スペイン人、コロンビア人、メキシコ人2人の計4人のネイティヴに文脈なしで "¿Me podrías presentar a tu familia?" という文を聞いたらどういう風に解釈するのかを調査してみました。すると結果は以下です。

 -①「私『を』君の家族『に』紹介してくれる?」・・・1人
 -②「君の家族『を』私『に』紹介してくれる?」・・・1人
 -③「二つの解釈がある」・・・2人

①と②と答えてくれた2人はそれぞれ、文を聞いたときにまずそのように理解したそうですが、逆の解釈もできるか聞いたところ、やっぱり可能とのこと。
③と答えた2人に、ぱっと文を聞いた時に先に思い浮かんだのは①か②かを尋ねてみましたが、どちらにも「考えれば考えるほど分からなくなってきた」と頭を抱えてしまいました(笑)

そんな中、③と答えたスペイン人の友人が①と②を区別するための解決策を教えてくれたのですが、それがまさに上で確認した「前置詞 a を省略する」というものでした。つまり、①としたいなら "¿Me podrías presentar a tu familia?" のままですが、②と言いたいなら "¿Me podrías presentar tu familia?" と言うと、どちらをどちらに紹介したいかを明確にできると。やはり、直接目的語から a を取ることでそれが直接目的語であることを示すことが可能になるようです。

そして、もう一つ。
"Preséntame a tu hermano" という文を上で①と②と異なる解釈をした2人に見せてどう解釈するかを聞いたところ、興味深いことにこちらは2人とも「私『を』君のお兄さん『に』紹介してよ」と捉えました。この文も逆の「君のお兄さん『を』私『に』紹介してよ」とも理解可能とのことですが、やはり前置詞の a があることによって「〜に」という意味が強くなり、tu hermano の方が間接目的語として捉えられる傾向があるのでしょうか。

同じ2人に "Presenté a mis amigos a mi familia" という文も聞いてみたところ、2人とも「友だち『を』家族『に』紹介した」という風に理解しました。これは「直接目的語が動詞の直後に来る」という傾向が影響していると考えられます。ただ、繰り返しますが、言い方や状況によってこの文も「家族『を』友だち『に』...」となる可能性もあるとのことです。

その区別を明確にする方法はやはり a を取って "Les presenté a mis amigos mi familia" とする方法。文頭の les を付けることで a が付いている方が間接目的語であるということがより分かりやすくなる、と教えてもらいました。
そしてもう一つの対策は「メキシコでは」という前置きありで "Presenté con mis amigos a mi familia" という風にも言うと教えてもらいました。この言い方で「家族『を』友達『に』紹介した」という意味になるそうです。

ここで ¡¿con!? と驚きましたが、実は思い当たる節があります。いつかメキシコ人の友だちが「レストランであいつがウェイターに...って文句言ってた」と言った際、そのスペイン語は "se quejó con el mesero diciendo que..." でした。その瞬間「ここで a じゃなくて con を使うんや」と違和感を覚えました。「人何かの文句を言う = quejarse de algo a alguien」だったはずと思いながら、自分だったら "se quejó al camarero diciendo que..." と言うかなと考え、後でスペイン人に友だちに尋ねてみると「ここで con は使わない。そこは a が来る」とのこと。思った通り、この con の使用は mexicanismo もしくは latinoamericanismo だなと確信しました。

こういった前置詞の使い方でさえも地域差があるなんて驚きです。
一応 Nueva gramática で説明されてないかなと思って調べてみるとなんとありました。さすがの実力。

一般的なスペイン語では a を被制辞‹1›に取る目的語は間接目的語と交換される
quejarse a la autoridad > quejarse a ella (ante ella) ~ quejársele
presentarlo al director > presentarlo a él ~ presentárselo
メキシコやグアテマラ、その他の中米やカリブ海の地域では a に代わって con が選択肢として認められており、presentar a alguien con alguienquejarse con alguien という形で使用されている
この形は recomendar (a) una persona {a ~ con} otra (Se lo voy a recomendar ~ Lo voy a recomendar con él) のように動詞 recomendar にも広がっている
Ahí mismo, no me lo va a usted a creer, aposté un mes de sueldo a que presentaba a Mariana con mis padres en Acapulco (Alatrsite, Vivir); Me quejé con la empresa local porque en la factura aparecieron números de ciudades a los que nunca he llamado (País [Col.] 19/5/1997); La había recomendado con el dueño de la cadena televisora del país (Victoria Zepeda, Casta)(§36.4k)

‹1› 被制辞 (régimen) ... ある語によって支配される別の語。例えば、"referirse A" や "depender DE"、"preocuparse POR" や "fijarse EN" などの動詞によって決まっている前置詞などが当てはまる。「動詞-前置詞」という組み合わせだけでなく、これらの名詞句や形容詞句 "dedencia/dependiente DE" や "preocupación/preocupado POR" のように「名詞-前置詞」「形容詞-前置詞」といった組み合わせもある。

スペインでは見られない用法のようですが、別の前置詞を使うというのも分かりやすい対策ですね。

 

【今回の結論】

● "¿Me podrías presentar a tu familia?" のように一つの動詞がヒトを表す目的語を二つ取る場合に生じる「どちらが直接目的語でどちらが間接目的語か」という曖昧さを防ぐために、ヒトを表す目的語であっても、直接目的語に付く前置詞 a を省略することが可能。省略することで直接目的語と間接目的語の区別を明確にすることができる。


文法に従って文を形成したら曖昧さが生じる。だから、曖昧さをなくすため本来の文法に反する特例がある。
なんだか不思議な構図ですが、今回見たテーマはまさにそれですよね。言語って"不完全な"ものなんだと思うと同時に、だからこそ改めておもしろいと感じました :)