イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

¿el sartén? o ¿la sartén?

スペインの大学でおもしろいことを学びました。

スペイン語学の授業で先生からクラスに唐突な質問が。

"Imaginaos, chicos, que se casan una cuchara y un tenedor. ¿Cúal creéis que es una novia y cuál creéis que es un novio?"

スプーンとフォークを擬人化してカップルと考える場合、どちらが男でどちらが女と思うかという質問ですが、みなさんはどう想像しますか?
ぼくはなんとなく直感で、丸みを持ったスプーンに女性っぽさを、尖りがあるフォークに男性っぽさを感じましたが、クラス内のスペイン人のみんなも同様にスプーンが新婦でフォークが新郎という答え。
スペイン人のみんながそのように考えた理由としては、先生曰く、

"Porque una cuchara es un nombre femenino y un tenedor es un masculino."

なるほど、ぼくにその考えはありませんでした。ぼくを含めスペイン人以外の留学生はその形から性別を想像したと答えていましたが、スペイン人のみんなは文法上の性からそのように答えたと。

実はこれは「スペイン語の文法性 (género) が与える影響」についての実験だったのです。スプーンとフォークに生物学上の性 (sexo) はないけど、スペイン語では生き物でなくてもすべての単語が男性名詞か女性名詞に属し、いずれかの文法上の性を有していますよね。
「スプーンとフォークの結婚実験」を通して先生が強調されていたのは、このように文法上の性は必ずしも生物学上の性に対応しないので「género と sexo を混同してはいけない」ということ、しかし一方でスプーンを新婦に、フォークを新郎に感じるように「género が sexo に与える影響もある」ということ。

残念ながら、この感覚は文法性というものが存在しない言語を母語とする我々には持ちえないですよね。ただ、上の実験の中でスペイン人の中にも「その形状から新郎新婦を振り分けた」と発表していた人もいたので、スペイン語ネイティヴであっても文法性を意識して男女を選択しているわけではなく、むしろスペイン語という自分の言語習慣から染み込んだ文法性が無意識下で UNA cuchara = novia, UN tenedor = novio という選択に導いたというようです。


また、もう一つ「género が sexo に影響を与えた」と考えられる場面に出くわしました。今回の記事を書こうと思っていた矢先、スペイン語字幕であるアニメを観ていると、童謡「うさぎとかめ」の冒頭の「もしもしカメよ、カメさんよ~」の部分が

"¡Hola, señora Tortuga! ¡Hola, señora Tortuga!"

と、señora Tortuga となっていました!
これは上のスプーンの例と同じで、カメは tortuga という女性名詞なので、生物学上ではなく文法上の性から女性(メス)として見なして señora tortuga という形になったんだと考えます。

この género と sexo の関係も調べていくとなんだかおもしろそうなニオイがしてきませんか?

 

【きっかけ】

ある映画をスペイン語字幕で観ていたら、「虎穴に入らずんば虎児を得ず」という故事成語が "Quien no se aventura, no pasa la mar" と訳されていました。

どこか違和感を覚えませんか?
ぼくは "la mar" の部分にひっかかりました。mar は男性名詞で el mar となるんじゃないんでしょうか?

また、前回の記事にも出てきた sartén という単語も、女性名詞だと思っていたらメキシコで el sartén という風に男性名詞として扱われている場面に何度も遭遇したことがあります。メキシコ人の友人にも聞いてみると、「男性名詞でも女性名詞でもどっちでも大丈夫だよ」とのこと。そんな曖昧なことがあってイイノ?

それぞれを DRAE で確認してみると ↓

1. m. o f. Masa de agua salada que cubre la mayor parte de la superficie terrestre.(mar)

mar は "m. o f. (nombre masculino o femenino)"、つまり男性名詞でも女性名詞でもあると。
一方の sartén は、

1. f. Recipiente de cocina, generalmente de metal, de forma circular, poco hondo y con mango largo, que sirve sobre todo para freír. En muchos lugares de Am. y Esp., u. c. m.(sartén)

"En muchos lugares de América y España, usado como masculino"「ラテンアメリカとスペインの多くの場所で男性名詞として用いられている」とあります。
今回はこのような男性名詞にも女性名詞にもなり得る曖昧な文法性について学んでいきます。

 

【考察】

本題に入る前に、まずはスペイン語における文法性について Nueva gramática から軽く学んでおきます。
一つ目はこちら ↓

生物を表す単語において、文法上の性は生物学上の性別を区別する意味情報を与えるが、スペイン語では生物学上の性別の違いを示すためにいくつか手段がある
多くの名詞は gato/gata, duque/duquesa, poeta/poetisa のように語幹に形態素‹1›を加えて文法性を示すが、一方で toro/vaca, yerno/nuera, caballo/yegua などのように異なる語根から成る語で性を区別する HETERÓNIMOS と呼ばれる種類もある(§2.1g)

‹1› 形態素 (un morfema) ... 意味を持つ最小の単位。接辞や活用なども形態素であり、男性名詞であることを示す語尾の o と女性名詞の a も文法上(または生物学上)の性を表すという意味を持っているので、形態素になります。すなわち、ここでは gato, duque, poeta の語幹 gat-, duqu-, poet-形態素 -a, -esa, -isa を付けて文法性を女性に変えるということを述べています。

今回のテーマを通して何度も登場することになる「文法上の性 (el género gramatical)」は今後「文法性」で統一します。加えて、上の引用でぼくが訳した「生物学上の性別 (sexo)」というのはどうやら日本語での言語学界では「自然性」と呼ばれているようなので、ここでもその名称を採用します。また、どちらも同時に含める場合は単に「性」と記します。

gato/gata のように語尾を o から a に変えることで男性名詞から女性名詞に変わる一番オーソドックスな名詞群に対して、toro/vaca のように自然性が変われば単語の形もすっかり変わる、すなわち自然性の男女で語形が異なり、片方の自然性しか表さない名詞群を heterónimos と言います。引用内で「異なる語根から成る語」とある通り、そもそもの語の成り立ちが異なるので語形が全く似ていないのは当然ですが、できれば yernacaballa のようにシンプルであってほしいと願うのはぼくだけじゃないはず。

また別の例も見ておきます。

生物を表す単語の文法性と自然性の関係は、異なる形の名詞を用いて表す場合があり、この種の名詞を HETERONIMIA と呼ぶ
hombre/mujer, macho/hembra, padre/madre, marido/mujer, toro (o buey)/vaca(§2.3f)

他にも caballero/dama の組み合わせもこの名詞群にあてはまりますね。


次の名詞群はこちら ↓

el artista/la artista, profesionales destacadaos/ profesionales destacadas, este testigo/esta testigo のように語の形を変えることなく、その語に付く限定詞や形容詞によって間接的に性を明確にする種類の名詞を COMUNES EN CUANTO AL GÉNERO と呼ぶ(§2.1g)

「文法性に関して共通」、つまり語形は変わらず、同じ形のままで男女両方の自然性を表すということで、両方の文法性になり得る名詞群です。
語の形が変わらないので冠詞や形容詞に頼らないと性をはっきりさせることができないという多少の厄介さを持つこのグループ。artistapianista のような接尾辞 -ista を持つ名詞がその代表例ですね。


次の名詞群は、

人間または動物を表す名詞の中で、文法性が男性のみ (el personaje, el rinoceronte, el vástago)、もしくは女性のみ (la lechuza, la persona, la víctima) のように文法性を一つしか持たないものを NOMBRES EPICENOS と呼ぶ
動物や植物を表すこの種の名詞の多くは macho, hembra で形容することでその自然性を明確にすることができる: el hipopótamo {macho~hembra}, el espárrago {macho~hembra}
人間を表す名詞の場合はこれを許容しない: *la víctima {macho~hembra}, *el personaje {macho~hembra}
人間の自然性を明確にする必要があれば、masculino, femenino で形容するのが好ましい
Sin embargo, la adaptación cinematográfica modifica sustancualmente el carácter de ese personaje femenino (Paranaguá, Ripstein); En la contraportada del álbum está la foto de un chico desmayado con la cara besuqueada, otra víctima masculina de las roqueras (País [Esp.] 2/2/1986)(§2.1h)

生物を表す単語なのでもちろんその語が示す生き物は人間であれば男女、動物や植物であれば雌雄といった自然性があるはずですが、自然性よりもその単語自体の文法性が優先される名詞群のことを epicenos と言います。
こちらは上二つの名詞群とは違って自然性の対をなす語というものがそもそも存在せず、語が表す生き物の自然性を無視して文法性のみに重きを置いているグループになります。文法性を一つしか持たないので、例えば persona という単語であれば、男性を表しているとしても冠詞は una, la となるし、修飾する形容詞も女性形となるのは明白ですよね。

ただ、今では生意気にも「明白ですよね」なんて言ってますが、スペイン語一年生の時に作文の授業で「ぼくは自分がすることを後悔するような人間じゃない」と書きたくて "Yo no soy una persona que se arrepienta de lo que hace." と書いた際に、"una persona" って書いたらなんだか自分が女性みたいに思われるんじゃないかとふと思ったことがあり、先生に正しいのか尋ねたことがあります。
今思えばですが、これも「文法性が自然性に影響を与える」ケースの一つじゃないでしょうか?もちろん、UN persona にはならないので影響を与えているわけではないです。しかし、ぼく(男)を表すために女性名詞を用いるという違和感を感じたのは事実なので、一種の「文法性からの影響」として捉えられると考えます。


さて、文法性について見てきましたが、同じく個人的な経験からヤヤコシイ場合もあるかなと。
例えば「頭が空っぽなヤツ」を表す cabeza de chorlito という語。初めて聞いた際にスペイン人の友だちが "Él es un cabeza de chorlito." と言ったのですが、cabeza は女性名詞のはずなのに男性 (Él) を指す時は un が付いて男性名詞となる、というのがこれまたなんだか腑に落ちない気がしました。

同じ cabeza が使われている cabeza rapada「スキンヘッド」という語が Diccionario panhispánico de dudas に載っていたので覗いてみると、、、

英語の skinhead からの借用語
el/la cabeza rapada のようにこの語は común en cuanto al género である
«Los cabezas rapadas provocaron y amedrentaron al resto de los pasajeros» (Vanguardia [Esp.] 2.9.95).(cabeza rapada.)

自然性よりも文法性を優先する epicenos に対して、文法性よりも自然性を優先して un/una を使い分けるのが común en cuanto al género でしたが、この cabeza rapada もそのグループに含まれると。
ということは、cabeza de chorlito も同様に común en cuanto al género に属すことになり、男性を指す時は un が付いて男性名詞として扱われるようです。

記事冒頭の「スプーンとフォークの結婚実験」では cucharatenedor をそれぞれ擬人化した際に『文法性が自然性に影響を与える事象』を示すものでした。
一方で、cabeza (de chorlito/rapada) の例では、本来は女性名詞の cabeza ですが、「頭の空っぽな男」や「スキンヘッドの男」を表す時は文法性にではなく、自然性に従って男性名詞扱いとなるわけですから、こちらは逆に『自然性が文法性に影響を与える事象』と捉えることができますね。

 

【ここまでの結論】 

heterónimos ... 同一の生物を表すものの、自然性が異なると単語が変わるもの (hombre/mujertoro/vaca)

comunes en cuanto al género ... 同じ語形で両性を表し、修飾語によって性を明確にするもの (el/la artista, el/la testigo)

epicenos ... 二つの自然性を持つ生物を表すものの、文法性を一つしか持たないもの (el personaje, la víctima)


「文法性」というテーマの中にもいくつかの種類があり、なかなか深いですね。
実は今回見た内容は「スプーンとフォークの結婚実験」が行われたスペイン語学の授業で習ったんですが、当時は初めて聞くゴリゴリの文法用語に半ベソかきながら、同じく難しすぎて半ベソかいてた周りのスペイン人の生徒に教えてもらってました :'(

さて、長くなりそうなので本題の「文法性の曖昧な名詞」については次回見ていきます。