イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

ドリアンとクローサ

前回は「地震津波、火山」を扱いましたが、今回はまた別の自然の驚異について学んでいきます。

 

【きっかけ】

この記事を書き始めた9月4日現在、ハリケーン Dorianバハマで多大な被害を出しています。ただ、メキシコは被害がなかったということで一安心です。

日本も今年の夏は大雨や台風が凄まじかったというニュースを見ましたが、CNNやBBCなどでスペイン語でニュースを見ていると、おもしろいことを知りました。

ちょうどお盆の時期に日本を襲った台風10号ですが、スペイン語のニュース媒体では el tifón Krosa と呼ばれていました。
なんやこれは!?と思い調べてみると、実は日本に上陸する台風も、アメリカ方面を襲うハリケーンのように毎回名前が与えられているようです。まさかの事実で!みなさん知ってましたか?
日本では「台風〇号」という囚人を呼ぶかのような冷たい言い方しかぼくは聞いたことがなかったのでかなり驚きです。

なんでも、日本を含む東アジア方面の14の国々から成る「台風委員会」が140個ある名前を永遠ループで使いまわして毎回付けているそうで、Krosa という名はカンボジア語で「鶴」という意味だそうです。
二十数年生きてきて初めて知りました。圧倒的勉強不足です。

さて、ニュースを見ているとアメリカ方面のものは huracán、日本の台風は tifón という風に呼ばれていますが、今回はこの世界各地で生じる暴風雨の違いを語源とともに調べてみます。

 

【語源】

では、早速 De Chile.net の DEEL で引いていきます。
まずは、今回バハマで猛威を奮いに奮った Dorian が当てはまる huracán(ハリケーン)から。

「風の中心 (hura - viento + can - centro)」を意味するタイノ語に由来する(HURACÁN)

タイノ語とは、タイノ族というキューバ、ハイチ、ドミニカ共和国プエルトリコ、ジャマイカなどのカリブ海地域の先住民が使用していた言語で、タイノ族地域を写真で見るとこの辺りです ↓

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赤で囲んだとこがタイノ族の地域です

また、ネットで色々と調べてみると別の説がいくつかありましたが、その内のひとつが、マヤ族の民衆の書である Popol-Vuh(ポポル・ブフ)に記されたマヤ神話に登場する火 (fuego)・風 (viento)・嵐 (tormentas)の神 Huracán が由来という説です。

一応、マヤ文明の位置がこちら ↓

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黄色で囲んだところ

ぼくはこのポポル・ブフをメキシコに来てから何度か耳にしたことがあるんですが、この神話によると人間は「トウモロコシ」からできたとのこと(笑)
ぼくは、トウモロコシというのがメキシコひいては中米の"らしさ"が出てて、かわいくて好きです。

さて、この huracán ですが、その定義は「大西洋北部、カリブ海、太平洋北東部で発生する最大風速が秒速33m(時速119km)以上の熱帯低気圧」となっています。
Dorianカリブ海バハマを通ってアメリカのフロリダへ向かったということで、その最大風速は驚異の82m!ちゃんと定義通りですね。


次に、実は Krosa という素敵な名を持っていた台風10号が当てはまる tifón です。
DEEL によると少なくとも3つの説があるそうで、、、

① 「つむじ風」を意味するラテン語typhon に影響を受けた古典アラビア語で「洪水」を意味する طوفان (tufan) から来たポルトガル語tufao に由来
ギリシャ神話に登場するテューポーン(スペイン語 Tifón;ラテン語 Typhon)と呼ばれる怪物に由来
③ 中国語の「大風」に由来
(TIFÓN)

3つともかなりありえそうな説に思えます。

①はアラビア語を経由したとのことですが、元となったラテン語typhon でその意味が「つむじ風」という時点で、現代スペイン語tifón に確実に繋がっていますよね。

②はやはり出てきた「ギリシャ神話」!スペイン語で Tifón というテューポーンという名のギリシャ神ですが、あの全知全能の神ゼウスに匹敵する力を持つ存在なんだそうです。そんなイカツイ奴いたんですね、全然知りませんでした。

③の中国語「大風(たいふう)」に由来するという説ですが、中学生のときに英語の typhoon という単語を習ったときに「タイフーン、、、そのまま台風やん!」と思ったのを覚えています。なので、ぼくは個人的に tifón は中国語(もしくは日本語?)から来ているのかなと思っていました。だって、ここまで似てることなんてありますかね?
高校の朝読書で英和辞書を読んでいる時に覚えた英単語で tycoon というのがあります。聞いたことありますか?意味は「将軍、大物」なのですが、その語源は日本語の「大君(たいくん)」だそうで、日本語から英語になった単語なんてあるんだなと衝撃を受けたので今でも鮮明に記憶にあります。そんな「大君→ tycoon」が存在するなら「台風→ typhoon」があったってなんら違和感はないという考えでしたので、ぼくはこの③の説を押していきたいです!

まあ、語源も歴史も、なにが真実かなんて現代の我々は知る由もないもので、あれやこれやと議論し空想に耽るのが楽しいですよね。
特に tifón のようにひとつの単語の語源が、いくつかの異なる言語から来ているというのはやはりロマンがあり、シビれますね。

さて、この tifón(台風)の定義は「太平洋北西部で発生する最大風速が秒速17.2m(時速62km)以上の熱帯低気圧」です。
このクローサの最大風速は秒速41mで西日本を襲ったので、もちろん定義通りです。


次に思い浮かぶ嵐の種類はサイクロン。ciclón ですね。

風雨を伴う巨大な竜巻が周りに回っている低気圧の中心地(目)を指す
「回る、回転する」を意味するギリシャ語 κυκλών (kyklon) に由来
これは「丸、円」を意味するギリシャ語の κύκλος (kyklos) から来ており、bicicletam ciclismo, cíclope, encíclica などの起源でもある(CICLÓN)

元のギリシャ語の形がそのまま残っていますね。
ぼくは「ciclo(周期、循環)+ 拡大辞 -ón」という形から来ていて、「回転するデカいもの」ということで自然の驚異サイクロンを表すに至ったのかなと考えました。
しかし、よく考えたら英語で cyclone ということで、別に語尾がスペイン語の拡大辞ということではないですよね。。。深読みしすぎでした。

さて、サイクロンの定義は「インド洋、太平洋南西部で発生する最大風速が秒速17m(時速61km)以上の熱帯低気圧」です。
サイクロンのニュースはあまり聞いたことない気がしますが、調べてみると今年の6月にアラビア海で発生し、インド西部の沿岸に沿って北上した el ciclón Vayu(やっぱり名前ある!)というサイクロンのニュースがありました。
20年ぶりの強さを持った大型サイクロンですが、幸運にもインドには上陸しなかったので大きな被害はなかったようです。


最後に、思い浮かんだのはトルネード (tornado) です。

英語の tornado に由来する
しかし、元はスペイン語tronar(雷が鳴る)が英語に入り tornado となり、その英単語がスペイン語に戻ってきた際に元の「雷鳴」に関する意味はなくなっており、「回転する」を意味するラテン語tornare から来た tornar により近い「暴風の回転」を表すようになった(TORNADO) 

英語に由来するとありますが、元はスペイン語でした!なんかうれしい!!
後知恵ではありますが、よく考えてみると英語で -o で終わっているのは珍しいですよね?これを考慮したらスペイン語(もしくはラテン語起源の言語)から来た、ということも想像できたかもしれません。。。

それにしても、この単語は数奇な歴史を経ていますよね。
スペイン語が英語に入って、改めてスペイン語に逆輸入してみると元来の意味とは違うものとなっていたと。

でも、トルネードって「竜巻」ですよね。
確かにめっちゃ回転 (tornar) はしているでしょうけど、起源となったスペイン語は雷が鳴るという意味の tronar 。でも、竜巻ってあんまり雷鳴や雨とか伴っているイメージはないですが、実際どうなんでしょう?
個人的には、だからこそ逆輸入でスペイン語に戻ってきた際に、「雷が鳴る」という tronar ではなく、「回転する」を意味する tornar の方が竜巻を表すのにより適しているということで tornado がトルネードを表すようになったんだと考えます。

定義は「アメリ中南部で発生する最大風速が秒速100m以上の上昇気流(竜巻)」です。
秒速100mってめちゃ回転してる!だったら、雷どうこうではなく、回転の方を重視しますよね。とすると、tronado より tornado の方が合っていますね。

 

【まとめ】

 スペイン語     定義    発生地域
  ciclón  秒速17m  インド方面
  tifón  秒速17.2m  日本方面
  huracán  秒速33m  アメリ方面
  tornado (秒速100m)  アメリ中南部 

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ciclón-緑 tifón-青 huracán-黄 tornado-赤

大体ですが、色で分けてみました。

場所や風速によって呼び方が変わるということですが、いずれにしろ甚大な被害を与えることに違いはありません。
前回に続き、天災を扱いましたが、やはり人力ではどうにもできない自然現象には神の名前が当てられていましたね。

さて、次回は3連続で語源記事となってしまいますが、関連として「大災害・大惨事」を表す単語の語源を調べてみようと思います。
「災害編」最終章です!