イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

La ocasión la pintan calva

今回は久しぶりの paremiología 。そう、スペイン語のことわざについて調べます。

今回の表題を耳にされたことはありますか?
このことわざを聞いたことない人は意味を想像してみてください。

 

【きっかけ】

数年前の留学中に今回のことわざを知りました。
ただ初めて見た時、その意味を想像することができませんでした。だからこそことわざはおもしろいと思うのですが、ここまで全く分からなかったらツマラナクもありますが。
直訳すると

「好機はハゲとして描かれる」

。。。いや、ドユコト??
calvo,a に「ハゲ」以外の意味があるのかなと思い辞書で引いてみるも、びっくりするくらい「ハゲ」の意味しかなく。唇を噛みながら、辞書で直接意味を調べました。

 

【意味】

RAEDiccionario de la lengua española によると、

1. expr. U. para indicar que se deben aprovechar las oportunidades cuando se presentan.(la ocasión la pintan calva)

「好機が現れたらその好機を利用すべきであるということを示す」。つまり、チャンスが到来したらそれを活かすべきだという意味ですね。
でも、なんで「ハゲ (calva)」がチャンスと関係あるんでしょうか?その起源を見ていきましょう。

 

【起源】

調べてみると想像もしていなかった事実がありました。それは、、、

ここで言う ocasión とは神様のことでした!
小文字で書かれているので名前であるとは考えもせず、普通に「機会・好機・場合」とかのいつもの意味の ocasión だと思ってました。
ただ、「ハゲ (calva)」がその神様 Ocasión を表しているということが分かりましたが、どうしてハゲた神様が「好機を逃すな」ということわざに関係があるのでしょうか?
調べてみると、人間の想像力に驚かされました!


ローマ神話に Ocasión という名の女神がいました。
Ocasión は美しい女性の神様で、衣類は身にまとっておらず裸で、足もしくは背中に翼が生えており、右手にナイフを持ち、車輪の上でつま先立ちしている姿でよく描かれる女神です。その写真がこちら ↓

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かかとに翼!?

Ocasión はその翼で素早く飛び去っていくため「儚さ」の象徴とされています。
また、作品によっては車輪ではなくボールの上に乗っているものもあり、その場合は「不安定」を象徴しています。

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ボールの上バージョン

そして、女神 Ocasión の容姿で最も特筆すべきはその髪の毛。写真を見て分かる通り、前髪が前方になびいてますよね。上の写真を拡大してよく見てみると、、、

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。。。

この女神、前頭部には長い美しい髪の毛を有していますが、実は後頭部は完全にハゲ上がってしまっているのです。
そんな女神います?逆ラーメンマンみたいな?

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ラーメンマン??

この Ocasión が主役のことわざでは、女神の髪の毛、ひいては女神自身がその名の通り ocasión(=チャンス)を体現しています。
髪の毛が前頭部にしかない Ocasión が正面から来たらその髪の毛を、つまりチャンスを掴むことは容易です。しかし、Ocasión が過ぎ去ってしまったら、後頭部には髪の毛がないため掴まえることができなくなってしまいます。
すなわち、好機がやってきたらその瞬間を逃してはならない、そのチャンスを掴むのを考えすぎてためらっていると、好機は早々に去ってしまうため決定的な瞬間を失うことになると。そのため「時すでに遅し」とならないように、目の前にチャンスがあったら迷わずモノにしなさい!という意味です。

このことわざは、"A la ocasión la pintan calva" と文頭に a が付く場合もあります。
これだったら、ocasión が大文字でなくても人名である可能性が頭をよぎったかもしれませんが、、、下種の後知恵ですね、すみません。


さらに、調べてみると "La oportunidad es calva en la nuca" という言い方も存在するようです。もはや、ocasión がいなくなっちゃってますが。
また、

"(agarrar, asir, coger, tomar) la ocasión por los pelos / por los cabellos / por la melena"
「わずかなチャンスをものにする、好機をやっとのことで捕まえる」

といった表現も辞書で見つけました。「髪を掴んで好機を手に入れる」ということで、これも女神 Ocasión の描写から来ている表現であるということが分かります。
どちらの表現も今回のことわざの起源を知っていれば想像がつきますね。

あと、せっかくの機会なので ocasión という単語の語源も調べてみようと思います。

 

【語源】

DeChile.netDEEL から今回もまた興味深い事実を見つけました!少しずつ分けながら見ていきます。

ocasión は「前から向かってくる好都合な状況」を意味するラテン語occasio に由来
この単語が持つ接頭辞 ob-/o- は「正面の状況」を表す
occasio という単語はラテン語の動詞 cadere の語根から生まれた
この動詞は caer, suceder を意味し、また比喩的には sucumbir‹1›, morir を意味する(OCASIÓN)

‹1› sucumbir ... 降伏する; 死ぬ; 滅びる

どうやら ocasión の語頭の o は「正面で起きる出来事」を表す接頭辞 ob-/o- なんですね。ちなみに、同じく DeChile.net によるとこの接頭辞は

enfrentamiento u oposición (OB)

を意味します。
つまり、向き合って対立することを示すことから「正面」という位置を表すんですね。女神 Ocasión のところでも「正面」だったら掴まえられる、のように「正面」の話がありましたが、ocasión という単語の語源をしっかり踏まえた表現だったということが分かりましたね。

そして、ocasión という単語はラテン語で「起きる、死ぬ」を意味する cadere から来ているようですが、文字面も意味も共通項が見えません。どういった経緯で変化していったのか気になります。

続きにはこうありました ↓

ラテン語には cadere (caer) と caedere (matar, hacer morir) という非常に似た二つの動詞がある
この二つの動詞は接頭辞 ob-/o- を取り込む際に、語根中の母音が i に変化し、語根の形が -cid- になるという同じ変化を経た
そのため、動詞 cadere に由来して sucumbir, caer muerto を意味する occidere と、動詞 caedere に由来して matar を意味する occidere が存在する
後者の方から matanza, muerte, carnicería‹2› を意味する occisio, occisionis が生まれ、似た意味を持つ occisión‹3› という単語がスペイン語で生まれた(OCASIÓN)

‹2› carnicería ... 殺戮; 精肉店
‹3› occisión ... 横死, 変死; 殺人(cf. occiso,a ... 変死者; 変死した, 殺害された)

新出単語が全て物騒デスネ。。。
ここで言及されている発音の変化を段階別に示すと、

 cadere
  ↓ (接頭辞 o- 獲得)
 ocadere
  ↓ (母音変化)
 occidere

「死ぬ」を意味する cadere と「殺す」を意味する caedere が発音上の変化を経ることで、ともに occidere という単語に落ち着いたと。
そして、「殺す」を意味する caedere を起源にする流れの方から「殺戮、死」を表す occisio, occisionis という単語が生まれ、そのラテン語スペイン語に切り替わった時に「横死、変死、殺人」を意味する occisión というオソロシイ単語になったんですね。
(てか「横死」ってなに!?語感コワい。。。)

ですが、どうやら ocasión 自体はそこまで物騒なものではないようで ↓

しかし、ocasión という単語は(caer を意味する cadere から来た)一つ目の occidere と語源的には関係あるが、実際はこの単語から派生したわけではなく、語根の母音交替‹4›が起きる前の cadere から直接派生した
cadere は caer, ocurrir, suceder といった意味であるため、そこから直接派生した ocasión は「死」に関係する意味を持つことはなかった(OCASIÓN)

‹4› 母音交替 (apofonía) ... その名が示す通り、語中の母音が別の母音へ変化する現象のこと。動詞 hacer の活用での hice, hecho への変化などもこれに当てはまり、また日本語で「雨 /ame/」が「雨雲 /amagumo/」となるものも母音交替に当てはまります。
この引用内では一つ前の引用部で見た、caderecaedere の語根の母音 a, ae が occidere のように i に変化したことを指しています。

occiderecadere 方面から「(比喩用法で)死ぬ」という意味を、caedere 方面から「殺す」という意味を持つに至りました。
ocasión という単語はその語源の歴史の中でオソロシイ意味を有する occidere を経由こそしていますが、意味的に見ると直接の起源は母音交替する前の「(物事が)起きる」という意味の cadere であると。

それにしても、本来「何かが起こる」という意味の cadere は、比喩的にはその「何か」とは「死」を表しており、そこから「死ぬ、殺す」を意味する単語 occidere に繋がるなんて。。。平和じゃないですね、この単語。
ただ、ocasión は純粋に本来の cadere を起源としており、むしろ「好機・チャンス」といったポジティヴな意味を持っているとのことなので、一安心です :)


また、この引用部分の最後に ↓

ocasión は「方向を示す接頭辞 ad-/a- を持ち、偶然にある人「の方へ」起きる出来事」である accidente という単語とも関係がある(OCASIÓN)

語源的には accidente とも関係があるんですね!これまた、予想もしていませんでした!おもしろい!
ですが、accidente って「(不慮の)出来事、事故」ですよね。こっちはオダヤカじゃないね。。。


最後に、同じ ocasión のページ内にあった興味深い内容も引用します ↓

類似性が見られる単語 ocaso‹5› も ocasión と同じ語源を持ち、太陽が「死ぬ」つまり「沈む」瞬間を指し、「日の入り」を意味する
そこから西方を表す occidente という単語が生まれた(OCASIÓN)

‹5› ocaso ... 日没, 日の入り; 終焉; 西方

やっぱり、「語源の旅」はオモシロイですね!
「日没」を意味する ocaso という単語をぼくは初めて知りましたが、これもまた ocasión と同じ流れから生まれて、「太陽が死ぬ」所、すなわち「太陽が沈む」方角ということで「西、西方」を表す occidente になったと。

それにしても、この単語はやっぱり物騒な意味が追随してきますね。
語源の歴史を見た後だと、引用下の ocaso の意味の中でも「終焉」という言葉がなんだか幅を利かせているように見えてきます。

 

【まとめ】

● "La ocasión la pintan calva" の ocasión は同名の「好機」を体現する女神を表しており、正面からやってきた Ocasión(女神=好機)をその前頭部の髪の毛で掴むことができるが、一度過ぎ去ってしまうと後頭部はハゲているためその Ocasión を掴まえることは難しいことから、このことわざは「タイミングを逃さず、チャンスをものにすべし」という意味を表す。

● ocasión は「落ちる、起きる、(比喩的に)死ぬ」を意味するラテン語の動詞 cadere に由来する。他にも accidente(何かが起きること→事故、出来事)、ocaso(日が落ちること→日没)、occidente(日没する方角→西方)の由来ともなっている。


今回もまた、関連で調べた内容が非常に興味深いものでした。まさか ocasiónoccidente と語源的に繋がっていたなんて!
余談ですが、上でも書いた通り今回初めて ocaso という単語を知りましたが、この単語が「日の入り」と、そして「西(方)」の意味を持つと辞書で引いて知った時、アラビア語のモロッコを思い出しました。

というのも、アラビア語でモロッコは「المغرب /al-maġrib/ アル-マグリブ」というんですが、この単語を解体してみると、、、

 ال /al/ ... 定冠詞
 م /ma/ ... 場所を表す接頭辞
 غرب arb/ ... 西

この三つが組み合わさって、アラビア語の発音の規則に沿って音が変化して「(アル)マグリブ」という発音になるのです。つまり、マグリブとはアフリカ大陸の西方に位置し「太陽が沈む場所」、すなわちモロッコを表すのです。言語は違えど考え方は同じですね。


最後に、くだらない話ですが太陽関連でひとつ。
スペインにいた頃、話のつかみとして言っていたのが

"Yo vengo del País del Sol Naciente, para estudiar español en este País donde nunca se pone el Sol."

そして、モロッコに旅行に行った後には

"Visité el País donde se pone el Sol."

が加わり、そして今はメキシコで

"Yo nací en el País del Sol Naciente, aprendí español en el País donde nunca se pone el Sol, vía el País del Sol Poniente y ahora estoy aquí en este país donde me mata el Sol."

これがぼくの自己紹介です ;)