イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

「オランダ」はスペイン語で...?

今回のテーマは前回からの関連で topónimo(地名)について書きます。

 

【きっかけ】

Países Bajos という言葉を初めて聞いたとき、まず頭に思い浮かんだのは「低い国々」。

。。。はて?
何が低いの?海抜?物価?それとも、、、民度

最後はアレですが、自分の中で一番可能性があると思ったのが「地図で見た時に、ある地域の下の部分、つまり南側に位置する数ヶ国から成る地域」。
南アメリカ大陸の南側 (Sur) の逆三角形 (Cono) の部分で、チリ・アルゼンチン・ウルグアイ(と時にパラグアイ)を含む地域を指す Cono Sur のように数ヶ国を表すものかなと考えました。

しかし、Países Bajos とはまさかの「オランダ」!
あれ?オランダって Holanda じゃないの?てか、neerlandés もそういえば「オランダ(人)の」って意味じゃなかったっけ?

¿¿アレ、ドユコト??

結局、「オランダ」はスペイン語でなんというんでしょうか?
今回は、このナゾ多き国について調べてみることにします。

 

【語源】

まずは「オランダ」を表す topónimogentilicio の語源をいつも通り De Chile.netDEEL で調べます。
まずは topónimo の Holanda から。

HolandaHollandt という形で1064年5月2日付けの文書に現れている
オランダ語で「低地、盆地」を意味する hol と「大地」を意味する landt から成り「低地 (tierras bajas)」を指す
その後、14世紀には「低木」を意味する holt が用いられて Holt Land と書かれた(HOLANDA)

約1000年前にはすでに、現代で使われている Holanda とほとんど変わらない形が使われてたんですね。
そして、二つの単語が組み合わさってできたこの名称は「低地 (tierras bajas)」。何かが低い Países Bajos につながってきました。低かったのは「土地」だったようです!

次に、gentilicio の neerlandés の語源はというと、

オランダ (Países Bajos) の住民または言語を指すこの単語は、ゲルマン諸語で Neder (bajo) と Land (tierra) から成る Nederland に由来
そこからフランス語で néerlandais となり、スペイン語へ入った(NEERLANDÉS)

こっちも Holanda と同じで「低地」を意味していただなんて!!
それにしても、異なる言語に語源を持ち、同じ意味を表している単語が同じ一国のことを指しているってなんだかロマンを感じるのはぼくだけでしょうか?

ここで少し言語学よりの話になりますが、二点ほど。

まず、音声学上の現象として「語中音消失 (síncopa)」というものがあります。
具体的には、例えば貴族階級と平民の間に位置する身分である「郷士」を意味する hidalgo という単語。元は hijo de algo を表す hijodalgo という形でしたが、語中の -jo- が時代を経るにつれて消失して hidalgo になりました。このように語中の音がなくなる現象のことを「語中音消失 (síncopa)」と言います。
ちなみに、grande の語尾の -de が消えて gran となる「語末音消失 (apócope)」や、主にラテン語語彙がスペイン語に入る際に起きる語頭部分の音が消失する「語頭音消失 (aférisis)」といった現象もあります。
上の引用部では、ゲルマン諸語の Nederland がフランス語に入った時に一つ目の d (Nederland) が消失して néerlandais となっていますが、これはこの「語中音消失」にあたるのでしょうか?

そして、もう一点は「翻訳借用 (calco)」。
例えば、英語の basketball をスペイン語に取り入れる際に basket→cesto, ball→balón のように単語を構成するの要素を翻訳して baloncesto という単語を形成して導入することを指します。
上で見た通り、Holanda も neerlandés も語源的には「低地」を意味しており、そこからスペイン語独自の呼び方 Países Bajos になったと考えられますが、これは「翻訳借用」にあたるのでしょうか?

これら二点に関してはぼくの推測に過ぎないですが、おそらくそうかなと。
スペインの大学に留学した際に、先生のスペイン語が聞き取れなくて半べそかきながらこのテーマの授業を受けたのを覚えてます(笑)


さて、次は「オランダ」の歴史からその名称について探ってみます。

フランス革命以前は「ネーデルラント連邦共和国 (La Repúbilca de los Siete Países Bajos Unidos)」であったのが、1795年に皇帝ナポレオン率いるフランス帝国の衛星国「バタヴィア共和国 (La República Bátava)」となり、1806年にはナポレオンの弟を王とする「ホラント(オランダ)王国 (Reino de Holanda)」となりました。

「オランダ」= Holanda という名称はもともとネーデルラント連邦共和国時代からある「ホラント州」と呼ばれる地域に由来するそうで、この地域が当時経済的に最も国家に対して貢献しており国の中枢であったことから、その名前が国全体を指すようになったそうです。
これってすごいことですよね?一都市の名前が国名になるって。どれだけ貢献してたんでしょう?

余談ですが、世界中で国名とその首都名が同一であるのは、日本語では以下の6ヶ国のみです ↓

  日本語   スペイン語
 クウェート  Kuwait
 ルクセンブルク   Luxemburgo 
 パナマ  Panamá
 サンマリノ  San Marino
 シンガポール  Singapur
 ジブチ  Yibuti


そして、スペイン語ではこれに Túnezチュニジア)が加わります。(日本語では首都名は「チュニス」)

あと、やっぱりさすがですね。RAEDiccionario panhispánico de dudasPaíses Bajos の項目がありました ↓

オランダの正式名称であり、通常定冠詞を伴う
形容詞は neerlandés
Holanda という名称は厳密にはオランダ国内の西側の地域(北ホラントと南ホラントの2州)を指すが、日常会話では一国全体を指すことが多く、それが容認されている
そのため、一般的に holandés という形容詞もオランダを表す形容詞として用いられている
しかし、公式文書での使用は避けられるべきである(Países Bajos.)

スペイン語における「オランダ」の正式名称は Países Bajos であり、その形容詞は neerlandés であると。この二つが正式ではあるものの、日常的には Holandaholandés の使用も広がっているとのことでした。

正式名称と言いましたが、実際は Reino de los Países Bajos が正式ですが、一般的には日本語でも「王国」を省くようにスペイン語でも los Países Bajos と呼ばれます。Holanda という呼び方は俗称ということになりますね。

英語では国名として Netherlands という呼び方がありますが、スペイン語では Irlandaアイルランド)と Finlandiaフィンランド)のように NeerlandaNeerlandia といった言い方はありませんので、勝手に新語を造ってしまわないようにご注意を!


そして、もう一つ気になることが。
オランダ一国を指しているのに、なんで los Países Bajos と複数形となっているんでしょうか?
調べてみると二つの説を見つけました。一つ目は、「低地の国々」を意味する Nederland という言葉が元来ベネルクス三国 (Benelux: lgicaNederland, Luxemburgo) を表していた歴史的な名称であり、その名残であるからという説。二つ目は、オランダは海外に飛び地をいくつか所有しており、それらの海外領地を含めた上での「オランダ王国」であるからという説。
いずれにせよ、複数形であることは忘れないようにしましょう。

 

【まとめ】

スペイン語で「オランダ」は国名は los países bajos、形容詞は neerlandés,a の使用が正式であるが、一般的には Holanda, holnadés,a という名称の使用も認められている。


【きっかけ】で書いた、los países bajos と初めて聞いた時のぼくの直感は深読みしすぎて大外れでした ;p
例えば alta mar という言葉を聞いてバカ正直に「高い海」という想像するのは「直訳の愚産物」ですよね。普通は直訳して分からなかったら、その直訳の「先」を考える必要がありますが、まさか本当にそのまま「(土地が)低い国々」だったとは!
「直訳だけじゃなくてもっと柔軟に訳そう!」という考えに縛られて逆に柔軟性を失ってました。皮肉なものです。

では、最後にオランダに関するジョークを一つ。

 A : "Yo hablo neerlandés."
 B : "No te creo. Pues, habla un poquito."
 A : "Heineken."

この手法だと他にも "Yo hablo alemán. - Weizen." など色々といけますが、知ってるお酒の銘柄が先行してしまって "Yo hablo belga. - Hoegaarden." とか言ってしまわないように注意です。ベルギー語というものはないので(笑)

 

【追記 2020/04/16】

みなさん、オランダのことを Holanda と呼べなくなるニュース知ってますか?

2019年12月26日付けのEL PAÍSの記事 "Países Bajos no podrá llamarse más Holanda a partir de 2020" によると、オランダ政府が2020年からこの「チューリップの国」の名称を Países Bajos に統一すると発表したそうです!
25年前にオランダの観光業界は国を Holanda という名称でプロモーションしていくことを決めたそうなのですが、Holanda という名称は本来国内12州の内の2州のみを指すものであるため、国外に対してオランダの一部にしか過ぎない Holanda だけを振興するのはおかしい(記事内では "queda un poco extraño" とあります)というのが理由のようです。

この名称の変更に関してですが、日本では「オランダ」という名前が日本語の言葉として定着しているため、日本に対しては変更の要請はないそうです。
ただ、スペイン語では Países Bajos が正式であると公式に発表されたので、スペイン語を話す際は考慮していきましょう :)