イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

más bueno que el pan

今回のタイトルはいかがでしょう?違和感アリ?

もしかしたらご存知かもしれませんが、実は今回のタイトルはスペイン語の慣用句です。
"ser más bueno que el pan" で「とても人が良い」という意味なのですが、ぼくは留学中にこの表現を知ったとき違和感アリ×2でした。

 

【きっかけ】 

初めてこの表現を見たとき、"más bueno" という言い方に違和感を覚えました。

"mejor" じゃないの?と。

más grande - mayor や más pequeño - menor のように程度を表すものによってどちらも存在する、なんて習いましたが más bueno なんて言い方存在していいの?

ただ、この表現が慣用句であることを忘れてはいけません。
外国語の慣用句やことわざ、さらには歌の歌詞に「文法的正確さ」を求めることに意味はないということは中学生の頃から経験しているので痛いほど理解しています。
これらに文法の疑問を持ったところで答えがないことがほとんどです。それは昔の言い方であったり、韻を踏む方を重要視していたりするためです。
なので今回もそのパターンだったら、黙って甘んじることしかできないのですが。。。

 

【考察】

今回は RAEDiccionario panhispánico de dudas で以下の記述を見つけました。

bondadoso という意味では bueno の比較級として mejor よりも más bueno が優先的に用いられる
Nunca he conocido a nadie más bueno que él≫ (Valladares Esperanza [Cuba 1985])
また、gustoso o apetecible という意味での más bueno という形の比較級の使用も正しい
Algunas personas piensan que, cocidos [los garbanzos] en la misma agua del remojo, salen más buenos≫ (Domingo Sabor [Esp. 1992])(bueno -na. b) más bueno.)

全く知りませんでした!
「『人』と『味』が良い」という意味での bueno の比較級は mejor ではなく más bueno だったんですね!
ですが mejor が使われないというわけではなく、この意味では más bueno という形の方が支配的ということらしいです。

なるほど、今回の表題の "Es más bueno que el pan" は「とても人が良い」という意味を表すので más bueno になると。
さらに、直訳すると「パンより(味が)良い」ということで、この意味で捉えたとしてもやはり mejor より más bueno の方が当てはまりますね。

「人柄」と「味」という意味で bueno を使用する場合、その比較級はみんなが習う mejor ではなく más bueno ということを知りましたが、今回の表現はその二つをしっかり踏まえた上で生まれたのでしょうか?
というのも、その表現では「人柄」の良さを言い表すので más bueno という形が用いられるのに合わせて、同じ más bueno という形が使われる「味」の要素を取り込んで食べ物であるパンと比較 ("que el pan") させたのかなと。。。(伝われ!この気持ち!)
考えすぎでしょうか?でも、たまたまにしてはよく考えられている気が。


また、この表現を調べていると EL ESPECTADOR という媒体で "Más bueno que el pan" という記事を見つけました。この記事のジャンルは Gastronomía であり、メインはあくまでパンのレシピに関するものだったのでそこは引用はしませんが、豆知識として何とも興味深いことが書かれていました。なんと compañero という単語の起源に「パン」が関わっている、とのこと!

その語源の詳細に関しては、いつも通り deChileDEEL を引いてみます。
どうやら、3つの説があるようです。

compañero という単語はラテン語comedere (comer) と panis (pan) に由来し、「同じパンを食べる (comer del mismo pan)」関係にあるという意味であり、acompañarcompañía も同様の起源を持つ

compañero という単語は comer (comedere) からは来ていない
接頭辞 con (p, b の前では com) は confiar, conllevar, combatir といった単語のように「〜と同時に ("al mismo tiempo que")」という意味を表す
そのため、俗ラテン語companio から来ており、「(誰かと一緒に)自分のパンを食べる者 ("el que come su pan con")」を意味する

compañero という単語は comer ではなく compartir から来ており、com は「〜と一緒に ("junto a")」を表し、pañero は pan に由来し、その二つが繋がり「二人以上で一緒に同じパンを共有している」状態を指す
すなわち compañero は日常的にパンを共有する人であり、それはつまり生活や会話、さらには挑戦をともにする人のことである(COMPAÑERO)

これらの3つの説、少しずつ異なりますが共通するのは「パンを共有して食べる」という点。
compañero の "com" の部分が何から来ているかに諸説あるようなので、ひとまずラテン語comedere に由来するという動詞 comer の語源を調べてみようと思います。

comerラテン語comedere が由来であり、その動詞は接頭語 com- (con-) と動詞 edere から成る
comedere は 接頭語 com- (con-) を含んでおり、それは「食事は一人でするものではない」ということを内含しており、この動詞は "comer todo (devorar)" を意味していた(COMER)

なんだか心温まる語源じゃないですか!??
動詞 comer の "com" の部分は「一緒に」を意味する接頭辞の com- であり、「食事は一人でする行為ではなく、みんなで一緒にするもの」だなんて。
高校生の時、「ぼっち飯」なんて言葉をよく耳にしましたが、本来こんな言葉なんて生まれるべきではないですね。


ちなみに、音声学の話になってしまいますが、いつか知識として役に立ちそうな情報も載っていたのでその部分も引用しておきます ↓

ラテン語からカスティーリャ語へ発展する流れの中での発音のルールとして、有声閉鎖子音‹1›である b, d, g は消失傾向があり、また不定詞の語末の -e も同様である
そのため、comederecomer へと変化した(COMER)

‹1› 有声閉鎖子音 (consonantes oclusivas sonoras) ... 閉鎖音は「破裂音」と同義と捉えて大丈夫だそうです。おそらくそっちの方が聞き覚えがあると個人的には思います。口の中のどこかに閉鎖を作ってから呼気を一気に放出して発する音であり、この音の有声は引用にもあるように [b, d, g] で、それぞれに対する無声音は [p, t, k] です。


そして、スペイン語comer の由来となったラテン語の comedere は接頭語 com- (con-) と動詞 edere が組み合わされているようですが、このラテン語の動詞 ederecomer を意味するそうです。
すなわち、comedere は "com + edere" であり、それは「一緒に (com-: junto) 食べる (edere: comer)」ということです。

deChile の説①では compañero の "com" は comer から来ていると言っていながら、説②では「ソレは違う」と真っ向から否定しちゃっています。
ただ、comer の語源を辿ってみたら、その元となるラテン語の動詞 comedere も語源的には "com + edere" に分けることができるということで、結局のところ遡る先が同じということでどっちも正しいと言えますね。
そして、説③にあるように compañero とは「日常的にパンを共有する人」であり、ヨーロッパ文化圏におけるパンの日常性・重要性は他の表現からも分かります。

例えば、辞書で pan を含む慣用句を調べてみると、、、
「日常茶飯事」を意味する "el pan nuestro de cada día" や 好きな人となら貧乏暮らしもいとわないという意味の「手鍋提げても」に当たる "Contigo, pan y cebolla" のようにスペインにおいてパンがどれだけ生活に欠かせないもので当たり前だったかが窺える気がします!

あと、「朝飯前」に当たる "pan comido" も、「(他の食料に比べて苦労なく)誰にでも手に入るパンを食べることくらいのこと」ということでパンになったんじゃないでしょうか。

compañero の語源を知った時、ふと日本語の「同じ釜の飯を食う」という表現が思い浮かびました。日本では「飯(=米)」、西洋では「パン」が主食であり、それを共に食す間柄というのは"仲間"であるという考え方が全く同じですね!
遠く離れた全く異なる文化を持つ言語圏どうしにこういった類のシンクロニシティを見つけると、バックボーンは違えど人間考えることは同じなんだなと、なんだか感動を覚えます。

 

【今回の結論】

● 形容詞 bueno を「人の良さ」と「味の良さ」について言及する際は、その比較級は mejor ではなく más bueno の方が優勢である。

● 動詞 comer は語源的には「誰かと一緒に食べる」という意味。

● compañero という単語の語源はラテン語で "com (edere) + pan" で「パンを共に食べる人=生活を共にする人」。


今回は「慣用句に(スペイン語言語学が通用するのか」といったとこから始まりましたが、全く想像していないところからすごく興味深くて、そしてとてもグッと来る語源を知ることができました。今回も勉強させてもらいました!

今回の記事を書くにあたってネイティブの友だちと話していたら、
"ser más bueno que el pan" は「優しい人、他人に気が利く人」だけど、
"estar más bueno que el pan" になると「(身体が)セクシーな人、身体的に魅力的な人」っていう意味になるそうです!

これも含めて、どんどん周りに言い散らかしていこうと思います!
また、みなさんも周りに言い広めていってください ;)