イスパニア語ブログ

FILOLOGÍA ESPAÑOLA

色男

日本語の「色」という漢字は恋愛や性的な意味合いを持っており、そこから「色っぽい、色気、色事、色恋沙汰」などの言葉が存在しています。
「プレーボーイ」と似たような意味を表す「色男」という言葉にも「色」が含まれていますね。

語源由来辞典によると、この「色男」という言葉の語源は歌舞伎界にあるそうで。
男女の濡れ場を演じる「濡事師」という役が、色白の美男子に見せるために顔を白く塗っていたことから「色男」と呼ばれるようになり、美男子や男前を意味するようになったそうです。

ちなみに、「男前」という言葉の語源もまた歌舞伎界から来ているようです。
男の役者は動いている姿の美しさが評価の大きな基準だったため「男」という文字に、歌舞伎の世界で「動き」を意味する「前」を付けて、「男前」と呼ばれるようになったとか。
歌舞伎由来の言葉だったんですね。

 

【きっかけ】

日本語の「プレーボーイ」は女たらしや色男のように女性関係がくっついて来ますが、英語で playboy というと「お金持ちで時間が有り余ってるから何かしらの快楽を求める人」を表し、恋愛に限らず趣味とかでの「遊び人」も表す、ということをつい先日知りました。

ふと、「プレーボーイ」に当たる日本語の言葉はなんだろうと思い調べていくと、アイルランドの劇作家ジョン・ミリントン・シングの戯曲 The Playboy of the Western World が出てきて、この作品の日本語タイトルは「西国の伊達男」。
なるほど、確かに粋でいなせで女性にモテる「伊達男」はプレーボーイの和訳に適していますね。

その語源はというと、戦国武将の伊達政宗から来ている説があります。
豊臣秀吉に謀反の疑いをかけられた際には伊達政宗切腹時に着用する白装束を身に付けて秀吉のもとに弁明に赴いたり、また絢爛豪華な戦装束を自軍に身に着けさせたなど、人の目を引くことを数多く行っていたことから、人目をひく男性のことを指す「伊達もの」という言葉が生まれたそうで、さらにそこから、江戸時代の歌舞伎役者の派手な格好と伊達者を結びつけ「伊達男」となったという説があるようです。
ここでも、また歌舞伎が少し関係あるようですね!

この「伊達男」という言葉は歴史上の人物である伊達政宗に由来を持つようですが、歴史上の人物が由来の「プレーボーイ」を意味する単語がスペイン語にもありますよね。
ということで今回は、スペイン語での「色男」を表す Don Juan、そして Cananova の由来を調べてみます。

 

【語源】

まずは、数年前に日本でもあるニュースを通して広まった(?)「ドン・ファン」について。
ぼくは何も考えずに上で Don Juan と書きましたが、Diccionario panhispánico de dudas には綴りについて次のようにありました ↓

don juan のように分けて書く表記も認められているが、donjuán のように一単語としての表記の方が使用されており、この表記が推薦される
複数形も認められている «No olvides que los donjuanes tienen la vejez muy triste» (Pozo Novia [Esp. 1995])(donjuán )

どうやら続けて書く方が良いみたいですね。
さて、この単語の語源を De Chile.net の DEEL で見てみるとこうあります。

donjuán という単語はスペイン人作家 Gabriel Tellez (1571-1648) の El Burlador de Sevilla y convidado de Piedra (1630) という作品内の人物 don Juan Tenorio に由来する
José Zorrila y Moral (1817-1893) の Don Juan Tenorio (1844) によって有名になった(DONJUÁN)

スペイン語圏で「プレーボーイ」の代名詞となった男を生み出したのは、スペイン文化の黄金世紀の戯曲家 Gabriel Tellez。彼は Tirso de Molina というペンネームで活動していたそうで、日本語訳された本にも「ティルソ・デ・モリーナ作」とあります。
そして、ドン・ファンが生まれた作品 El Burlador de Sevilla y convidado de Piedra の日本語タイトルは「セビーリャの色事師と石の招客」(岩波文庫/佐竹謙一訳)。

タイトルがカタイナ。。。

「色事師」はそのまま「いろごとし」と読み、色事、つまり恋愛や情事の巧みな女たらしを指します。ちなみに、歌舞伎で色事を演じるのが得意な役者のことも色事師と呼ぶそうです。また歌舞伎!!
そして、「招客」の読み方は「まろうど」で、稀に来る人ということから客人という意味だそうです。「石の招客」とは何なのでしょうか?作品を読んでいくとその意味が分かります。。。

 

【作品のあらすじ】

主人公のドン・ファンは作中で四人の女性を誘惑します。

まずは、イタリアのナポリ王の城内にてオクタビオ公爵になりすましたドン・ファンは女公爵のイサベラを誘惑して枕を交わした後、召使のカタリノンとともにスペインへ逃亡。

タラゴナ沿岸で難破したところを漁師の娘ティスベアに助けてもらいますが、カタリノンが他の漁師に助けを求めに行っている間、ティスベアと二人きりになったところでドン・ファンは彼女を誘惑し、その夜に枕を交わし、再び逃亡。

その後セビーリャへ渡ったドン・ファンは知り合いのモタ侯爵が愛人のドニャ・アナが一番のセビーリャ美人であると聞き、彼女を誘惑、そして枕を交わします。このことがドニャ・アナの父親のドン・ゴンサロにバレてしまい決闘することになりますが、ドン・ファンはドン・ゴンサロを殺し、セビーリャ内にあるドス・エルマナスへ逃亡。

そこでアルミンタとバトリシオという庶民のカップルに出逢ったドン・ファン。二人の結婚式の夜、ドン・ファンはアルミンタと結婚をしたいと思うようになり、アルミンタに対して愛を告白し、婚約を取り付けて枕を交わします。

再びセビーリャへ戻ったドン・ファンは、そこで国王の命で建立されていたドン・ゴンサロの墓と石像を見つけ、からかってこの故人を夕食に誘います。すると、なんと夕食の場に石像となったドン・ゴンサロが来るのです。彼はドン・ファンを夕食に誘い返し、翌日約束の礼拝堂に現れたドン・ファンを、罪の許しを請う時間さえ与えずに地獄へ引きずり落とし、復讐を果たします。これにより、辱められた女性たちの貞節は取り戻され、彼女たち全員が求婚者と結婚することとなりました、とさ。


タイトルにある「石の招客」とはドン・ファンに業火を与えた故ドン・ゴンサロの石像ということだったんですね。
ドン・ファンは恋人がいる女性に対しても誘惑するというプレーボーイさが仇となって最終的には地獄に落とされてしまします。身を滅ぼすほどのプレーボーイさを誇ったドン・ファンは作品が生まれてから400年近くの時を経てなお、プレーボーイの代表格として君臨し続けている超ド級のプレーボーイだったようですね。

 

【語源】

続いて、もう一人の「プレーボーイ」の代名詞 Casanova について。
先に言っておくと、なんとこの人は実在した人物のようで、語源はというと ↓

Giovanni Giacomo Casanova de Seingalt (1725-1798) の人生は冒険に満ちており、その多くは色恋沙汰であった
彼は兵士・宮廷人・策略家・財界人・外交官・フリーメーソン会員であった
Casanova はヨーロッパ中を旅し、イタリアに帰国した際に魔法への関心とそれによる宗教冒涜のために訴えられ、Piombi de Venecia に投獄された
また、多作な作家でもあり、作品の多くを当時の国際語であったフランス語で書いた
彼が誘惑した女性は何人だったのか?それは不明であるが、、、今日までその名を残している(CASANOVA)

名前からも想像が付きますが、この Casanova はイタリア人で18世紀を生きた人物です。
ドン・ファンと同様に、後世に語り継がれるほどのプレーボーイさからその代名詞として現代で使われるようになったようですが、彼の人物像を知ると、納得がいくと思います。。。

 

【人物像】

1725年にヴェネツィアで生まれた Casanova は、その73年間の人生で122人の女性を誘惑したと自身の書 Historia de mi vida で述べています。
上に出てきた職業の他にも、枢機卿の秘書、バイオリニスト、スパイ、エンジニア、哲学者、数学者、化学者、地理学者としての経歴もあり、さらに法学博士号も取得するなど非常に教養があった人物でした。
190センチの高身長に加えて身に着ける洋服にも気を遣っており、身体的・外見的にも魅力的であり、さらには国営の宝くじを創始したり、ギャンブルなどで財を成し、そのお金を女性を喜ばすために惜しみなく使うなど、経済的にも恵まれていたようです。
つまり、彼は「知力・外見・経済力」という三つの強みを兼ね揃えており、彼自身も女性を誘惑していましたが、女性にとっても魅力的であり、女性から誘惑されることもあったとか。

そんな Casanova はこんな言葉を残しています。

"El matrimonio es la tumba del amor."

「結婚は愛の墓場である」
女性を誘惑し、女性に誘惑もされた Casanova らしい言葉とでも言いましょうか。調べてみたものの、Casanova が生涯独身を貫いたのか否かは分かりませんでしたが、この言葉を発したということは一度も身を固めなかったということでしょう。

 

【その他の「プレーボーイ」】

「プレーボーイ」や「女たらし」を意味するスペイン語でまず思い浮かぶのは mujeriego じゃないでしょうか。ここでふと一つの疑問が。
「じゃあ、『プレーガール』は hombriega?」になるのかと思いネイティヴの友だちに聞いてみると、「言うとしたら hombreriega になるかな」とのことでした。

¡¡hombreriega!!

なんで hombriega にならないんだろうと思ったので調べていくと、あるツイートに辿り着きました。

hombreriego/a という単語は RAE には記載されていない。次回の辞書編纂の際に加えられるか?それとも来世紀まで待たないといけない?

というツイートに対して、@RAEinforma の返答は

hombreriego≫という単語は形態論的に正しい形ではなく、RAE は正しく連結されている語しか記載しません。
mujeriego (MUJER + 接尾辞 -IEGO)≫という語は規則に則った派生語ですが、≪hombreriego≫はそうではないです。

と返答しています。
ということは、やはり hombriega という方が文法的には正しいんじゃないでしょうか?
ただ、実際にメキシコ人の友だちに言われた通り、hombriega よりも hombreriega の方がしっくりくるようで、Googleでフレーズ検索してみると、、、

  "hombriega"    119件
  "hombreriega" 9,030件

圧倒的な差が見受けられますね。
現時点ではなぜ hombreriega という形になるのかは不明です。。。今後、機会があれば調べてみようと思います!


さて、他には picaflor という単語を聞いたことありますか?
colibrí と同じで、高速で羽ばたいて空中で静止できる「ハチドリ」のことなのですが、ラテンアメリカでは「プレーボーイ」を指す単語としても使われます。"picaflor significado" で検索するとこのように出てきます ↓

f:id:sawata3:20200224211716j:plain

picaflor

女性を花に例えています。「花をつつく」→「女性に手を出す」というような流れでこの意味を表すようになったのではないでしょうか。
ちなみに、"ir de flor en flor" という表現があり、継続的に何かを変えるという意味を持ちます。直訳すると「花から他の花へはしごする」ということで、色んな女性に現を抜かすプレーボーイはまさに picaflor ですね(笑)


最後の単語は galán 
プレーボーイという意味もあるのですが、どちらかというと「イケメンで女性にモテる男」というニュアンスだそうです。日本語だと「色男」よりも「二枚目」とか?
語源はというと、

"devirtirse" を意味するフランス語の動詞 galer から派生した名詞 galant に由来
楽しむ者、すなわち "playboy" を意味する(GALÁN)

まさに「遊び人(=プレーボーイ)」ということですね。

 

【まとめ】

ちなみに、「二枚目」という言葉も歌舞伎の世界に語源を持つようですヨ。図らずとも歌舞伎まみれになってしまいました :)

今回は、「色男・プレーボーイ」を表す単語について色々と調べました。
ただ、donjuánCasanova の話を知ると、これらの単語はそう簡単に使えなくないですか?生半可なプレーボーイに "Eres todo un donjuán" や "Estás hecho un Casanova" と言うのは役不足になってしまいますからね。
逆にそう言われたら、誇りに思うべきなのかもしれませんネ ;)